曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

カテゴリ:出雲暮らし > おツルさん

鶴のおばあさんが亡くなった。享年90歳。
去年からみるみる気力と体力が衰え、いつもおツルさんに餌をやっていた家の近くの橋まで「来るだけでもやっとなんです」と喘ぎ、おツルさんが飛んでくる方を見ながら「今年を越えるのはもう無理なような気がするの」と、とても気弱なことを言っていた。
私もいつかはこんな日が来るのだろうなあと覚悟していたが、とうとうその日が来てしまうとは。
3月31日に入院された事だけは以前に記したが、実はその日の異常に気付いたのは私と犬の散歩友達の近所の奥さんHさんだった。偶然、犬の散歩をしていて、おばあさんの家の前で会ったのだ。
私たちは夕方なのに郵便受けから新聞が出ていることに気が付き、玄関灯も点きっぱなしに気が付いた。こんなことはこれまで一度もなかった。Hさんが窓から呼びかけたが返事がない。カーテンも閉まったまま。Hさんはすぐに鍵を取り出して玄関を開けた。Hさんはおばあさんとは付き合いが古く、鍵を預かる仲だった。だがドアにはチェーンが掛かっていて開けることができない。
Hさんが大声で叫ぶとやっと小さな声で返事があった。
「動けないんです」それだけ言うのが精一杯で様子がさっぱりわからない。Hさんは大家さんを捜しに行くので、私はHさんの犬とマルコと一緒にとどまる。しかし、Hさんはなかなか帰って来ない。おばあさんを励ますために、大家さんを探してドアを開けてもらうからもう少し待っててと伝えるだけしかできない。おばあさんも「はい」と答えるだけ。しばらくしてヘルパーさんが二人、駆け付けて来る。Hさんが連絡してくれたのだ。みんなで励ましていると、ようやく大家さんとHさんが工具をもってやって来る。
大家さんがバールの一撃でチェーンを吹っ飛ばし、ヘルパーさんが飛び込む。
ベッドで寝た切りのおばあさんの着替えをして、救急車を要請したところで、Hさんが後は任せてくれと言うので、私も夕食の支度があるので引き上げる。
翌朝、Hさんから報告。
脚の骨折が二か所あり、心臓が考えられないくらい肥大していて、4月を乗り越えることが出来るかどうかだと言う。
そんなに悪かったとは。いつどうして骨折したかはヘルパーさんもわからない。私は今年になって一度も顔を合わせていなかった。Hさんもしばらく顔をみていなかったと言う。
Hさんはよく見舞いに行き、お見舞いに鶴の大きな写真を届けたらとても喜んでいたと教えてくれた。4月を乗り越え、転院の話も出たので私は乗り越えることが出来たのかと思っていたが、一昨日、急に悪くなり、大阪から駆けつけて来た息子さんに看取られ眠るように息を引き取ったと言う。
私は昨日の夕方、散歩の帰りにおばあさんの家の玄関に手を合わせていたら、Hさんが来て家の中に居た息子さん夫婦を紹介してくれる。
息子さん夫婦はおばあさんは田舎で寂しい一人暮らしをしていると思っていたので、犬友達や鶴友達がいたことを喜んでいた。おばあさんからおツルさんに餌をやったり、写真を撮って見せてくれる人がいることは聞いていて、それが私とわかって感謝してくれた。
今日が葬式だったが家族葬で家族以外で参列したのはHさんだけ。
私は張場へ香典を届ける。Hさんはとてもやすらな顔だったと言っていたが、それを聞いたら私も最後のお別れはしたかったなあと思った。
あの人と出会わなかったら、おツルさんとも出会わなかったし、毎日のようにおツルさんに会って、餌をやり、話しかける、浮世離れした生活はできなかったのだ。
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         ↑
↑の先に、小さく白い丸い物が見える。軟式野球のボールだと思う。
今朝、おツルさんが抱卵している場所に餌をやりに行ったが、おツルさんは不在。だが、ボールを抱いていることは分かった。
夕方、餌をやりに行く。
遠くから抱卵場所を見たら、おツルさんの姿はなく、おばあさんが亡くなった報告は出来ないのかと思っていたのだが、不意に上流の方角から飛来すると、私の頭上を飛び去り、Uターンして私の前方に舞い降りると、すぐ近くまで寄って来る。
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お腹が空いていたのだろう、勢いよく食べていた。
「おばあさんが死んじゃったよ。もう会えないんだよ。寂しいね。おばあさんのまねはできないけれど、俺とマルコが来るからね。仲良くしような」
おツルさんにはわからないだろうけど、おばあさんには聞こえたような気がした。
おばあさん、あなたは本当にたいした人だったね。
あなたが餌をやっている時、おツルさんがあなたのすぐそばでうたた寝をしていたことがあったよね。
忘れられない光景でした。無償の愛情とはどんなものか教えられました。
さようなら、鶴のおばあさん。

寒波は来るけど出雲は鳥取ほど積もることはなく助かっている。
それでも朝は寒い。散歩の時間を7時半まで遅くしたがホッカイロは必需品。
ここ数日は鶴に餌をやるために田圃コース。
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夜にちょっと雪が降ったらしく田圃は真っ白。
鶴を捜してマルコと歩いていたら、突然、前方をものすごいスピードで駆け抜けて行くものがいる。犬かと思ったがすぐに狐と分かる。先日も誰かが田圃を走る狐を見たと言っていた。私も狐を見るのは3年ぶりぐらいだろうか。
するとその狐の上空を追いかけるものがいる。カラスだ。一羽のカラスが一匹の狐を追いかけていたのだ。急降下して威嚇するカラス。何があったのか分からないが、怒ったカラスが追いかけているようだ。突然のことでスマホを取り出して撮影できなかったのが残念。
狐は写真の右上部の民家のこんもり茂った立木の中に逃げ込んだ。
静かな田圃に戻る。
今朝は鶴は来てないのかと思っていたら、狐が逃げて来た方向からひょこひょこと鶴が現れる。どうやら狐とカラスの追いかけっこに驚いて隠れていたようだ。
私の姿を見つけてやって来たので、この4日間、餌をやっているこの場所で餌をやる。
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左)早速、おこぼれにあずかろうとカラスが2羽来る。2羽ぐらいだと鶴も平気だが、4羽、5羽と来られると鶴も嫌がる。怒って威嚇するが、集団にはきかない。
右)いつものように食パンと発芽玄米をやる。食パンはカラスに奪われるが、その分を考慮してやっている。カラスは発芽玄米は食べないので最悪全部取られてもいいのだ。
この鶴、私は2年以上餌をやり続けているが、2ヶ月前から、突然いつも餌をやっている川のそばの餌場に来なくなった。それが数日前から姿を現したのだ。
私は餌をやりながら話しかける。
「どうしたの、おばあさんが寂しがってるぞ。いつもの餌場に戻っておいでよ。おばあさん、もう会えないんじゃないかと泣いているぞ」
何度かブログでも紹介したが、このお婆さんは十何年この鶴に餌をやり続けているのだ。それが突然姿を見せなくなり、こんなことは初めてだと嘆いているのだ。毎日、夕方、いつもの餌場に弱った足腰を励ましてやって来るのだが、鶴が来ないので、がっくりと肩を落として帰って行く。遠くからその姿をみると気の毒でならないのだ。もうすぐ90歳になるはずだ。
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去年の秋の写真。お婆さんが餌をやりに来ると、鶴は橋の途中まで迎えに来て、それからお婆さんを案内するように橋を渡り、そこでお婆さんから餌を貰うのだ。またこの光景がもどってくることを願っている。

七夕におツルさんがいつもの餌場に戻って来てから、この暑い夏は朝は6時ごろ(最近は7時前)に私が犬の散歩のついでに餌をやり、夕方は5時半になってからお婆さんが出て来て餌をやっている。私は夕方も犬の散歩をするのでお婆さんが餌をやっているところへ行き立ち話をしている。
お婆さんは時々昔を懐かしみおツルさんの話をしてくれるのだが、これまで初めて聞く話をしてくれたので紹介する。
十数年前、お婆さん夫婦が川の側に引っ越して来た時、川に白鳥の夫婦とツルが一緒にいるのを見て餌をやり始めたのがおツルさんとの付き合いの始まりと聞いていたが、やがて白鳥夫婦が卵を産んだ。その頃、白鳥夫婦は河口の松林の中に巣を作り、そこでかわるがわるに卵を温めていたそうだ。
お婆さん夫婦が見に行くと(かなり歩く)、なんとおツルさんはまるで抱卵する白鳥を守るかのように側に立っていたそうだ。白鳥夫婦はかわるがわる抱卵するが、おツルさんはずっと立ち続けていたそうだ。やがて、二羽のひなが誕生すると、四羽の白鳥一家が間に二羽のひなをはさんで土手を歩く姿が見られるようになったのだが、何とその一家に付き添うようにおツルさんも一緒に歩いてそうだ。
「それは可愛い光景だった」とお婆さんは懐かしそうに目を細めた。
それはそうだろう。想像してみるといい。四羽の白鳥一家とツルのお散歩。もしそのとき、SNSやYouTubeがあったらどれだけ話題になったことだろう。多分、写真があるはずだから、いつか見せてもらいたいものだと思っている。
その後、成長した二羽の子供は旅立ったが、白鳥夫婦は居残り、同じく居残っていたおツルさんと仲良く暮らしていたそうだ。その頃、川は浅くおツルさんも岸辺の浅い所には入れたので、三羽は川の中にいた。今は河川改修で水深が深くなったのでおツルさんが川の中にいるのを見たのは一回だけである。
繁茂した藻を刈り取る船が出ると、三羽はその船の後を追って何やらついばんでいたらしい。
だが幸せは長くは続かなかった。
白鳥の一羽がどうも元気がないなと思っていたら、翌朝、死んでいたそうだ。オスかメスか分からないがお婆さんは今生き残っているのがオスだと思っている。知り合いがメスの死んでいる場所まで案内してくれたので行ってみると、おツルさんと生き残った一羽が近づこうとするカラスを追い払っていたそうだ。知り合いが市役所に連絡して白鳥の死骸を引き取ってもらったそうだ。
それが正確には何年前の事かお婆さんが言わなかったので分からないが、想像するに十年前ぐらいの事ではないかと思っている。その後、生き残った白鳥も姿を消してしまい、おツルさんは一羽だけになってしまった。お婆さんの御主人も十年前ぐらいに亡くなったと聞いているので、その辺りから一人になったお婆さんと一羽になったおツルさんの付き合いが深まったのであろう。
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朝のおツルさん。私がやった餌をついばんでいるところ。餌が欲しくて鳴く声はかすかに私の家まで聞こえて来る。お婆さんは耳が遠くなって対岸で鳴く声が聞こえず、目も悪くなりぼんやりとしか見えないと言っていた。
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おツルさんに歴史あり。近くでじっとその顔を見つめていると、「お前は何を思っているんだろうね」と問いかけている私である。
今朝はまだ小雨だったので餌をやることが出来たが、午後からはかなりの雨になる。雨合羽を着て犬の散歩に出たがおツルさんには会えず。明日の朝は会えるだろうか。
このところ夏よりも暑い残暑に音を上げていた者にとっては恵みの雨。本当に心底生き返ったような気がした。今夜はエアコンなしで眠れる。明日から秋になってくれるといいのだが。そう言えばおツルさん、昨日の朝はすごい食欲だった。お婆さんは秋になると食欲がでると言っていた。

4月の初めからいつもの餌場からいなくなったおツルさん。ツルのお婆さんは七夕の頃になると必ず戻って来ると言っていたが、今日(7月4日)の夕方5時半前、マルコと散歩に出かけてぐるりと回って土手に出たら餌場のすぐ下の田圃におツルさんを見つける。
すぐにお婆さんのアパートに報せに行くとお婆さん笑顔で出て来る。
「あら、よかった。曽田さんに知らせたかったのよ。おツルさん、戻って来たのよ。いつもの年より早かったけれど」
すでにお婆さんは餌をやった後でアパートに戻って来た所だと言う。このところ朝夕近い所まで出没していたので、夕方、いつものように様子を見に出たら、橋の袂の餌場のすぐ下の田圃におツルさんがいて、お婆さんを見るや田圃を横切ってやって来たと言う。
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左)橋の袂の餌場から見たおツルさん。私には見向きもしない。いつもだと餌が欲しくて寄って来るのだが。
右)畔に回って声を掛けても知らんぷりでしきりに何やら突いている。手前に数羽いるのは鴨。
お婆さんにたっぷり餌(胚芽玄米)をもらったので、私の食パンなどもう欲しくないのだろう。飽きていたのかもしれないが、十年以上も交流のあるお婆さんにはとうていかなわない。
ちょっと寂しくもあるが、いつもおツルさんを気に掛けていたお婆さんの為には喜ばしいことで、実は私にとっては嬉しさ半分安堵半分なのである。
これで朝夕各平均40分の餌やりマルコ散歩から解放されたのである。明日からは夕方の餌やりはいつもの餌場でお婆さんがやってくれるので、朝の散歩餌やりだけに専念すればいいのだ。朝夕をおよそ三ヶ月続けて来たがだんだん暑くなってきてかなりしんどくなってきたのだ。朝7時を過ぎると朝日が背中に照り付けて焼けるように熱くなり、夕方4時に散歩に出るとこれまたまだ暑くて大汗をかいていたのだ。
これからは夕食後6時過ぎてからマルコの散歩に出ればいいのだ。
朝散歩コースのどこかでおツルさんに餌をやったら餌場に赤い石を置き、夕方に餌をやったら黒い小さい石を目印に置いていた。お婆さんはそれを見ておツルさんの安否が確認できるのでとても喜んでいた。これからは朝の石だけ置いておけばいいのだがそれも必要ないかもしれない。なぜなら恐らくこれからは毎日夕方やって来てお婆さんから餌を貰うはずだから。それにしても不思議だ。どうして3ヶ月経って、七夕の頃に戻って来るのだろう。

【追記】7月5日
昨日の今日で今日来てくれたら本物だと思って昨日同様遅い時間の5時過ぎに餌場へ行くがおツルさんの姿は無し。ああ、やっぱり駄目かと思いながらいつもの散歩コースの土手道を東に向かって行くと300mほど先の田圃におツルさんらしき姿を発見。マルコを連れて近づいて行くとおツルさん餌が欲しくて土手に上がって来る。2日まではパンをやっていたが、ここでパンをやってしまうと、昨日折角餌場に戻って来たのに、満腹してしまって餌場には来なくなる恐れがある。
そこでここでは心を鬼にしてパンは与えず、おツルさんを誘うように引き返すが、おツルさんは諦めたかのように土手の草をついばみ始める。振り返り振り返り引き返すがおツルさんは動かず、そのうち草に隠れて見えなくなる。可哀そうだったがこんなことを2、3回は繰り返さないと餌場に戻ることを覚えないかなと思いながら餌場の近くまで戻って来て、ひょいと何気なく振り返ったら10数m後ろにおツルさんがいるではないか。いつの間にか飛んで来たのだ。ちょうどそこへ、お婆さんも手押し車を押しながらやって来る。今日は4時過ぎに来たけれどおツルさんに会えず一度引き返し、また出直して来たと言う。事情を話すと、お婆さん、敢えてパンをやらなかった私の気遣いをとても喜んでくれる。
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左)お婆さんからパンや胚芽玄米を貰って食べるおツルさん。三か月ぶりに十数年繰り返していた景色が戻る。お婆さんは押して来た手押し車を椅子にして座っている。私とマルコは少し離れて、お婆さんと雑談しながら見守る。
餌場の伸び過ぎた雑草も誰かが刈ってくれたようだ。
右)5時半になったので、私は夕ご飯の仕度をしないといけないので引き上げる。昼間は暑かったが5時になると急に曇って強い風が心地よい。

だいぶ前の記事で私はおツルさんの世話をしているお婆さんが入院しているのではないかと書いたが、ある日の夕方、マルコの散歩の帰りに川の側でばったりとお婆さんに会った。思わず「退院されましたか」と言ったら、「はあ?私は元気ですけど」と言われてしまった。いつも夕方5時半頃にはおツルさんに橋の袂の定位置で餌をやっていると言う。

それが一ヶ月以上も前の48日のこと。
私は夕食を作る時間があるのでその頃は犬の散歩は4時から5時の間にすませていたから5時半に現れるお婆さんにはすれ違いで会えなかっただけのことだったのだ。分かってみればアホみたいな理由だ。それを早とちりして病人にしてしまって申し訳ないことをしてしまった。
たまたまその日はお婆さんが早く出て来て、私の犬散歩がいつもより遅かったので会えたのだ。久しぶりに会ったので話が弾む。お婆さんはそろそろおツルさんは7月頃までは定位置に現れなくなると言う。なぜなら中学校の校庭でテニスボールを集めて温めるからなのだそうだ。以前、誰かがそのボールを処分してしまったらおツルさんがパニックを起こしたこともあったそうだ。今はどこで温めているかわからないがきっと中学校の近くのどこかでテニスボールを集めて温めているに違いないと言う。
不思議なことに毎年、7月7日~9日を過ぎると必ずまた5時半ごろにはこの場所へ戻って来るのだそうだ。
その話を聞いてから1ヶ月以上になるが、お婆さんの言葉通り、おツルさんは夕方には段々現れなくなり今や朝夕は中学校の近くの麦畑や土手などに出没している。
私は朝夕中学校の近くへ犬散歩するので殆ど毎日のように餌をやっているのだが、近ごろやたらおツルさんが座り込む場面に出くわしていた。時には座ったまま翼を丸めてヒナをくるむような格好をする。それ以前からもたまに座りこむことがあってどうしたのだろうと思っていたのだが、お婆さんの話でようやく納得が行った次第である。
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お婆さんが言うにはこのおツルさんは30年も前からここに住み着いたようだが、どうやら鹿児島の出水で越冬する鶴だったようだ。いつからテニスボールを抱くようになったのかは分からないが、毎年、季節になったら本能と言うか、習性と言うか、遺伝子の命令なのか、テニスボールを抱き続けるおツルさんが哀れに思えてならない。一度でも本物の卵を抱いたことがあるのだろうか?
本物の卵を抱いたこともなくテニスボールを抱くのも哀れだが、もしかして一度でも卵を産み孵したことがあったとしたなら、それもまた哀れな話であるが、実はこのおツルさん、おばあさんにもオスかメスかわからないのである。おばさんはツルはオスも卵を温めるのでオスではないかと言っていた。
そう思うと会えない日もあるが顔を合わせる度に、齢も性別も分からないのだけど決して若さは感じない顔が愛おしくてならない。どんな鶴の人生を歩んで来たのか。

おばあさんとの出会いはお婆さん夫婦が引っ越して来た十数年前になると言う。

その頃、住まいの前の川には4羽の白鳥一家がいて、一家と一緒におツルさんもいたのだそうだ。夫婦は毎日白鳥一家とおツルさんを見物していたところ、何を思ったのかおツルさんが川から上がって来たのだそうだ。その時、お婆さんはふと餌をやれば食べるのではないかと思って餌やりを始めたのだそうである。

その後、御主人が亡くなり、えさやりは10年以上になる。数年前までは朝夕やっていたのだが、さすがに朝が辛くなり、「ごめんね、私も齢で朝は辛くなったので、朝はどこかで誰かに貰ってちょうだい」と言って、今は夕方だけに餌

やりをしていると言う。

だから朝、私が餌をやり元気でいると報告するととても喜ぶ。毎夕方会えない日もあるので今では餌をやった日は小石を所定の場所に置いて教えることにしている。七夕を過ぎて戻って来たらおばあさんと二人で餌をやることができるだろう。

ところで我が家に毎年来る鴨のカップル。
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毎年、必ず卵を一個だけ産むが温めたことはない。産みっぱなしである。

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