松江からの帰りにN-BOX+で横転自損事故を起こしてしまった。記憶も生々しい起こした日の夜にこんな記事は書きたくないのだが、どうせ書くことだし、書くなら車を運転する人の他山の石になることだろうと思って書くことにした。
平田に入って平田循環道に入る手前だったと思う。時刻は3時前か。
突然、ガーンという凄まじい衝撃を受けて、「あっ、やった」と思った瞬間、はっと気がついたら、車が横転していて、私の顔の上に豆柴のマルコがいて震えていた。眼の上にドアの窓があり空が見える。この時、初めて何かにぶつかって車が横転したことを知る。原因も分かる。眠っていたのだ。
松江総合体育館で行われた2歳の孫の運動会を見ての帰りだった。犬は家に置いておくとパニックになってウンチやおしっこをするので助手席に乗せて連れて行ったのだ。
松江を出てしばらくして眠気がさしていた。途中、縁石にぶつかりそうになり咄嗟にハンドルを切ったことがあり。「危ない、危ない」と注意していたのだが。事故を起こした直前の記憶は一切ない。
注意していたつもりなのに睡魔に襲われ完全に寝てしまった一瞬があったのだ。
凄まじい衝撃で「あっ、やった」と思った瞬間にもまだ何も見えていなかった。その次の瞬間にぱっと視界が広がった時に初めて横転した車の中にいる自分を認識したのである。この時はまだ何にぶつかったのかも知らなかった。(歩道の街路樹にぶつかったのを知ったのは警官に教えられてから)
つぶれたエアバッグがあり、運転席はしっちゃかめっちゃか。右の肋骨が痛むが、頭は打っていないし、右手に小さな切り傷があるぐらいで大きな流血はない。
駆け付けた人から「大丈夫か」と聞かれ、「大丈夫です」と答える。何とか出ようと思うのだがドアが開かない。シートベルトもなかなか外れない。外の人は「動くな、じっとしていろと」と言うが、目の前からはうっすらと白い煙が出ている。火が出たらどうしようと焦る。その間の時間経過は分からない。交通整理が始まる中、後部の窓が割れていたのか、ドアが開いたのかわからないが、まずマルコを出してから這い出る。歩道の街路樹の下で手当てを受ける。そこへ救急車も来て診てくれるが、右の肋骨の打撲による痛み以外には異常はないが、一応、病院へ行くことに。平田の総合医療センターが無理なので斐川の徳洲会病院に運ばれる。マルコは病院が世話できないので平田の広域交番が一時預かりしてくれることに。救急で首と胸のレントゲンを撮るが異常なし。30分で病院を出る。
平田の広域交番にマルコを受け取りに行くが交番は何か対応事変があったらしく締まっている。1時間ぐらいないと戻れないと言うので、出雲のホンダ北支店へ行く。ここにJAFに事故車を運んでもらったのだが、その時渡した車のキーに家の鍵がついていたので、その鍵を受け取って6時に帰宅。
マルコは娘の婿さんが帰宅後引き取りに行ってくれた。
娘は10月で妊娠8ヶ月、12月に帝王切開の手術日も決まっている。今日も運動会に孫と娘とマルコを連れて車で行った。平日なので婿さんは参加できなかったのだ。もし、娘と孫を乗せていたらと思ったらぞっとした。娘に二子が生まれるまでは娘も二歳の長男ももう私の車には乗せないと宣言する。
もう、運転をやめようかと思ったくらいショックを受けている。
横転した事故車を目の前にしても写メしようと言う気も起きなかった。あったらもっと臨場感を持ってもらえたかもしれないが。
本当に居眠り運転は恐ろしい。寝てはいけないと注意していても、振り払えない限界というものがあって、それを越えた瞬間意識は飛んでしまい、寝てしまっているのだ。そして、次の瞬間には事故になっているのだ。人を巻き込まず、対向車もなく、自損事故で終わったことをせめてもの慰めにしたい。時間帯もあったが田舎の道だったことも幸いした。今でも自分がこんな事故を起こしたことが信じられないが、逆に言えば誰でもいつでもどんな事故を起こさないとも限らないのだ。本当に気をつけましょう。母は85歳で免許を返上させたので自分も85歳で返上しようと思っていたが、もっと早く返上することは今回のことで確実になったと思っている。
平田に入って平田循環道に入る手前だったと思う。時刻は3時前か。
突然、ガーンという凄まじい衝撃を受けて、「あっ、やった」と思った瞬間、はっと気がついたら、車が横転していて、私の顔の上に豆柴のマルコがいて震えていた。眼の上にドアの窓があり空が見える。この時、初めて何かにぶつかって車が横転したことを知る。原因も分かる。眠っていたのだ。
松江総合体育館で行われた2歳の孫の運動会を見ての帰りだった。犬は家に置いておくとパニックになってウンチやおしっこをするので助手席に乗せて連れて行ったのだ。
松江を出てしばらくして眠気がさしていた。途中、縁石にぶつかりそうになり咄嗟にハンドルを切ったことがあり。「危ない、危ない」と注意していたのだが。事故を起こした直前の記憶は一切ない。
注意していたつもりなのに睡魔に襲われ完全に寝てしまった一瞬があったのだ。
凄まじい衝撃で「あっ、やった」と思った瞬間にもまだ何も見えていなかった。その次の瞬間にぱっと視界が広がった時に初めて横転した車の中にいる自分を認識したのである。この時はまだ何にぶつかったのかも知らなかった。(歩道の街路樹にぶつかったのを知ったのは警官に教えられてから)
つぶれたエアバッグがあり、運転席はしっちゃかめっちゃか。右の肋骨が痛むが、頭は打っていないし、右手に小さな切り傷があるぐらいで大きな流血はない。
駆け付けた人から「大丈夫か」と聞かれ、「大丈夫です」と答える。何とか出ようと思うのだがドアが開かない。シートベルトもなかなか外れない。外の人は「動くな、じっとしていろと」と言うが、目の前からはうっすらと白い煙が出ている。火が出たらどうしようと焦る。その間の時間経過は分からない。交通整理が始まる中、後部の窓が割れていたのか、ドアが開いたのかわからないが、まずマルコを出してから這い出る。歩道の街路樹の下で手当てを受ける。そこへ救急車も来て診てくれるが、右の肋骨の打撲による痛み以外には異常はないが、一応、病院へ行くことに。平田の総合医療センターが無理なので斐川の徳洲会病院に運ばれる。マルコは病院が世話できないので平田の広域交番が一時預かりしてくれることに。救急で首と胸のレントゲンを撮るが異常なし。30分で病院を出る。
平田の広域交番にマルコを受け取りに行くが交番は何か対応事変があったらしく締まっている。1時間ぐらいないと戻れないと言うので、出雲のホンダ北支店へ行く。ここにJAFに事故車を運んでもらったのだが、その時渡した車のキーに家の鍵がついていたので、その鍵を受け取って6時に帰宅。
マルコは娘の婿さんが帰宅後引き取りに行ってくれた。
娘は10月で妊娠8ヶ月、12月に帝王切開の手術日も決まっている。今日も運動会に孫と娘とマルコを連れて車で行った。平日なので婿さんは参加できなかったのだ。もし、娘と孫を乗せていたらと思ったらぞっとした。娘に二子が生まれるまでは娘も二歳の長男ももう私の車には乗せないと宣言する。
もう、運転をやめようかと思ったくらいショックを受けている。
横転した事故車を目の前にしても写メしようと言う気も起きなかった。あったらもっと臨場感を持ってもらえたかもしれないが。
本当に居眠り運転は恐ろしい。寝てはいけないと注意していても、振り払えない限界というものがあって、それを越えた瞬間意識は飛んでしまい、寝てしまっているのだ。そして、次の瞬間には事故になっているのだ。人を巻き込まず、対向車もなく、自損事故で終わったことをせめてもの慰めにしたい。時間帯もあったが田舎の道だったことも幸いした。今でも自分がこんな事故を起こしたことが信じられないが、逆に言えば誰でもいつでもどんな事故を起こさないとも限らないのだ。本当に気をつけましょう。母は85歳で免許を返上させたので自分も85歳で返上しようと思っていたが、もっと早く返上することは今回のことで確実になったと思っている。



