曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

カテゴリ:出雲暮らし > グループホームのお母ちゃん

土曜日にはほぼ毎週、母を自宅に連れ帰っていた。抹茶を飲んで、二人の娘とスマホでお話をし、私の作ったお昼を食べてグループホームに帰っていたが、いつしか毎週のように同じことの繰り返しになっていた。お昼も喉につまらせないように冷凍のあんかけうどんになってしまい、母も帰るたびに「あんた、この家の家賃いくら」と同じことを聞く。親孝行がマンネリ化してさすがに私も辛くなって来た。それがちょうど花見のシーズンだったので、私はドライブして花見に行き、帰りはうどんを食べて帰ることを思いついた。
4月4日
お花見日和。出雲にも桜の名所はあるが、母は少ししか歩けないし、車椅子も持っていないので、ネットで調べて斐川公園の桜を見に行く。
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ここの桜もなかなかのものだったがベンチがあるわけでもなく、石垣に腰をおろして「きれいだね、きれいだね」と言いながらしばし桜を眺め、車で公園内をぐるっと回ってから大社へ行ってお昼。
うどん長屋という讃岐うどんの店でうどんを食べてからグループホームへ戻る。ドライブと言うほどのドライブではなかったが、私とドライブするのはコロナで退院した時以来のこと。喜んでくれてよかった。
4月19日
母の実家へ石見路ドライブ。
お花見ドライブがいい気分転換になったので、この日は石見の母の実家を訪ねてみることにした。母の実家へ行くのも、コロナで退院した時以来のこと。その時は退院して出雲へ戻る途中に母の実家を表から見ただけで帰った。
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前庭に車で入る。マルコも同乗。母はここが生まれ育った場所とは分からなかった。そのまま帰ろうとしたらおじさん(母の弟)が出て来る。はじめは誰か分からなかったようだ。弟嫁や姪も出て来るが誰か分からなかった。上がるつもりはなかったので出雲へ戻る。
途中、道の駅キララ多伎へ立ち寄る。ここは車椅子があり、多目的トイレがあるので助かる。
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左)休息所で海を眺める。左手が今来た石見。
右)レストランでお昼はうどん。右手がこれから戻る出雲。
海がきれいだと感激していた。久しぶりのドライブで楽しかったようだ。
5月10日
母の日。11日はグループホームで母の日の行事があるので、昨日、母を連れて戻る。家に戻って来るのは一ヶ月半ぶり。ささやかに母の日をする。娘二人のプレゼントはこれから着るブラウスとカーディガン。
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とても喜んでいた。
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私はグループホームの職員さんから渡されたメッセージカードにメッセージを書いて、
母を届けた時に渡す。18で結婚して77の息子、76と72の娘を育ててくれた感謝の言葉を記した。今日、発表されたのだろうか。
・・・
さて、来週の外出はどうしよう。
・・・
なぜかPCが直って、写真をアップできるようになりました。

今日はグループホームで蕎麦打ちがあった。
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家族も招待されたので10時過ぎに行く。すでに蕎麦打ちは始まっていて、入所者は東ブロックと西ブロックに分かれてお茶を飲みながら蕎麦打ちの見物。背中の左端が母。横の椅子に座って一緒に見物。東西各8人ずつ入所しているので、計16人入所しているのだが、訪れた家族は3人。うち2人は夫婦で奥さんの母親はこの4月に亡くなっていたので、実質訪れた家族は私一人。私のように車で5分で来れる人はいないのでやむを得ないことだ。施設の人は喜んでくれた。
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西のみんなのお茶を注ぐ母。洗い物をしたり、野菜を切ったり、色々なお手伝いをする。
私は店屋の蕎麦は食ったことがあるが、一般人が目の前で打った蕎麦を食うのは初めて。美味かった。お代わりをすすめられたのでお代わりする。もう一杯食べたかったが遠慮した。
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96歳の母と77歳の息子。
右は貼ってあった母の塗り絵。みな、べたっと塗っていたが、白い所を残して薄く色を入れるところが母の絵心。母にはこういう絵心というかちょっとした工夫をするところがある。歳をとっても三つ子の魂を感じるのだが、今日は折角やって来た私がさっぱり分からない。いくら「博久」だと言っても、そんなことはないと断固否定する。それでは私が誰かと問うと、大真面目な顔で弟だと言う。
毎週、自宅に戻る時も初めは弟と思い込んでいても、家に着く頃には私が息子であることが分かるようになるのだが、今日みたいに最後まで弟だったのは初めてであった。
27日は「もちつき」がある。職員さんからはまた是非来てくれと言われたがどうしよう・・・。

今日30日、母を帰宅させる。10時から1時まで。今日の帰宅の目的はいつものようにお茶飲んで娘たちとスマホで話をして昼ご飯を食べるだけではない。正月料理の赤貝を煮てもらおうと思ったのである。島根県では正月料理といえば必ずこの赤貝を煮たものが出る。小学生の頃、大きなすり鉢に一杯の赤貝を見てたまげた記憶がある。
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昨日イオンで700g980円で買って塩水につけて置いたものをよく洗って貝殻の汚れを落とす。
今は島根県産の赤貝は採れなくてなって有明海とかよそから取り寄せている。寿司ねたの赤貝とは全くの別物で、正式名称はザルボウガイと言う。生では食べない。
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酒と醤油と砂糖を適当に入れて煮る。
96歳の辰年である。認知症が進んで行くだけにまだ出来ることがあるのは子としても嬉しいし、本人も頼られるのは嬉しいだろうと思いついた次第である。
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完成。後でネットで調べたら酒3醤油1で煮ても美味いらしい。
台所の隣の部屋は陽がさんさん。春のような陽気でよかった。
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トイレに行って戻って来たら、椅子から立って洗い物をしている。「駄目じゃないか、座っていろと言ったじゃないか」と思わず、大声に。10日ほど前に転んで救急で運ばれ、1日入院したばかりなのである。その時は幸い大過なかったが、転ばれるのが一番怖いので、私は母の側を離れる時は必ず動くなと言い含めておくのだがすぐに忘れてしまう。特に今日は石油ストーブを点けていたので声も大きくなるわけである。習い性ですぐに流しに立って洗い物をする。96になっても女は流しに立つものと身体が勝手に動いてしまうのだろう。
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12月の初めに生まれた孫娘の子(曾孫)の名前を書いていた。字は書ける。
週刊誌も読む。買っておくのを忘れたので、夕方、買い物に行った時に買ってグループホームに届ける。字を書いたり、本を読んだりは出来る。少しでもその能力を維持してほしいと願っている。

今の赤貝と昔の赤貝について、興味ある記事を読んだ。
その人は自分が子供の頃食べた赤貝は今の赤貝より小さく美味しかったと言っていたのだ。
ところが、今日、以前のブログに登場したK子さん(86歳)(私を小学生の時子守してくれた人)が「どこそこで採れる赤貝は小さいけど美味しいのよ」と言ったのである。「どこそこ」を聞き漏らしたので今度確かめようと思っているのだが、今我々が食べている赤貝は県外産だから、昔の島根人が食べていた赤貝は本当は小さくて、実はもっと美味しかったのかもしれない。

【追記】
大晦日、昨日のK子さんから「餅」と「いちご」をあげるから取りに来てくれと言われて行き、その時、昨日の赤貝の話を確かめる。K子さんは中海で養殖した赤貝だと言う。出雲市内で扱っている業者は一軒だけで一般の店には出回っていないと言う。もっと詳しく聞いて、わかったら教えてくれるそうだ。
出雲で赤貝が採れなくなった頃に中海に移して育てたのだろうかと推測するがどうなのだろう。
昨夜、ふと思い出したのだが、そういえば赤貝は確かに今のようには大きくなかった。今より小さく豆のように丸まっていた姿を思い出したのである。いつの時のことかわからないが確かに貝殻は丸く膨らんでいたように思う。来年はこの赤貝を手に入れようと思う。

別な人の意見では、最近、中海産の赤貝が出回っているが昔の赤貝よりは小さいと言っている。中海産の赤貝が小さいことは確かなようだが、昔の赤貝との違いや、中海産の赤貝の来歴などはもう少し調べないといけないようだ。

長いコロナで面会が出来た時はあったが外出はほとんどできず、たまに美容院へ行くことが出来ただけであったが、コロナが穏やかになって来たので(と、言っても以前なら外出なんて絶対に許されない患者数なのだが)外出が許されるようになった。気分転換のドライブ(と、言っても店に入ることは禁止)や自宅に戻ること(まだ短時間)がOKになった。4年前にグループホームへ入所してすぐにコロナ騒ぎとなり3年間は美容院へ行くことと施設での15分面会しかできない籠の鳥生活を続けていた。先週の日曜日、美容院がOKになったので連れて行った時、「こんなところにいると嫌になる」と言うようなことを言ってたので、今日は帰宅させてやろうと決めていたのだ。3年ぶりの帰宅である。幸い好天。
だが家へ帰ると言ってもぴんと来ないみたいで私が遠くから迎えに来たように思っている。これまでも何度も車で5分の近い所だよ言ってるのに理解できていない。家の近くのお寺の手前まで来てやっと「そこを左へ曲がるのね」と言うが、そこを曲がることを覚えていただけで家の前まで行ってもどこか分からないと言う。家の前に止めてもまだ自宅と分からない。門の表札を見て私の名前に気がつく。
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敷地に入ってもぴんと来ない様子。鍵を開けて入る時「借りてるの」と言う。
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蔵を改造した部屋で休ませる。「広い家だねえ」「いい部屋だねえ」と感心する。25年ぐらい前に父が退職して帰郷し、古い家をリフォーム、蔵も父の部屋用にリフォームしたことなど綺麗に忘れている。何度説明しても全然頭に入っていない。スマホで下の娘と久しぶりにたっぷり話すが、はじめは誰か分からなかった。10時のおやつにあんぽ柿を食べ、ブラックコーヒーを少し飲む。
父が死んだことを話すといつも驚く(5年前に死んだのに「知らない、葬式も出ていない」と言う)ので今日は仏壇へ連れて行く。妻が去年死んだことを話すととても驚き、「かわいそうに」と言うが、妻の介護のために帰郷し一緒に暮らしたことなど覚えていない。妻の遺影を見て「この人は誰かね」。父の遺影を見ても何も言わず、仏壇を眺めて「たくさん位牌があるねえ」とそちらの方に驚いていた。
仏壇にある部屋に入る時、障子を見て、「まあ、障子だ。まるで田舎の家みたい」と言った。
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昔の母の部屋へ連れて行く。自分の部屋を父が作ってくれたことも忘れている。自分の部屋があったことも。だが入ったら「ああ、この部屋は」と思い出したようで、和箪笥の中をみたりしていたが、ドレッサーを開ける。早速服をかき分けると一着引っ張り出してきて着る。シーズンにはまだ早い服だったが本人が着るというのでそのまま着せて11時過ぎには施設に戻る。
帰宅して、この日、一番ほっこりした場面であった。
またいつ外出禁止になるかわからないので来週も連れて帰ってやろうと思っている。お土産には昼と夜に食べるように赤飯。おやつのあんぽ柿。女性セブン。こんなに認知症が進んでいるのに週刊誌を読んでいるのが不思議でならないのだが、読むことだけは続けてもらいたいと思っている。

11月24日がお母ちゃんの誕生日で94歳になる。父が亡くなったのが満で97歳と思うと出来る限りのことをしてやりたいと思うのが人情である。特にグループホームに入れてしまったことにやむを得ないとは言え申し訳ないと言う気持ちがあって、この十日で四回半の面会と一回の外出をした。
11月15日。94歳になるのに白髪が気になり、染めに行きたいと言うので近くの美容院に連れて行く。誕生日ぐらい綺麗にしてやりたい。
11月19日。毎週一回の定例の土曜日面会。いつものように女性週刊誌とお母ちゃんが部屋でひとりでこそっと食べる大好物の熟柿を一個差入れする。
11月21日。私が5回目のコロナの注射をした後、毎年、つるし柿を作るのを楽しみにしているのでラピタで予約しておいたつるし柿用の柿を届ける。
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これをみんなと一緒に皮を剥いて吊るすのが楽しみなのである。髪は染まっているが美容院に行ったことは19日の時点では忘れていた。髪を染めたことも。「俺が連れて行っただろう」と言ったら「ああ、そう言えば思い出した」と言っていた。
11月22日。21日に冬用の衣類が足りないと言われたので午後急遽届けに行った。面会して行きますかと言われて予約なしで面会する。つるし柿を作ったかと聞いたら、そんなものは作っていないと言う。
昨日の午後か今日の午前、午後もあるのだから、作っているはずなのに、昨日今日のことも忘れたのかなあと首を傾げながら帰る。
11月24日がいよいよ誕生日なので、23日に面会の予約をしようと思ったら、島根県のコロナ患者が増加しているので急遽1月31日まで面会中止になる。お誕生日なのに申し訳ないと謝られたが仕方ない。
イオンで注文したバースデーケーキを届ける。
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みんなで食べられるように大きいケーキを注文した。
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私の妹のプレゼント。カーディガンの下に着る薄いセーターだとか。帰りに職員さんが玄関先で距離を置いてちょっとだけ話をさせてくれた。これが4回半の0.5回分の面会。
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帰りにグループホームの裏に回ってみたらちゃんとつるし柿があった。これで半分くらい。あと半分は別なところに干してあるのだろう。こんなに暖かくて(ずっと小春日和が続いている)いい干し柿が出来るか心配だが、12月に入るとすぐに寒くなるらしいからそこに期待するしかない。
これから2カ月以上も15分の面会もできなくなるとお母ちゃんの認知症が進むのではないかとそれが唯一の気がかり。儂も忘れられてしまうような気がする。
島根県の人口は約66万人。これまでの延べコロナ患者数が約10万人を越えたばかり。と言う事は6.6人に1人が罹ったことになる。この数字を見たら罹らないのが不思議だ。面会中止もやむを得ないだろう。お願いだから、皆さん、注射を射ってください。

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