曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

カテゴリ: 出雲暮らし

12月4日。降る降ると言っていたがどうせ外れるだろうと思っていたら、午後から雨になり、その雨もやんだので4時過ぎに「ううっ、冷えるなあ。急に寒くなったな、今年一番の寒さじゃねえか」と言いながら(一人暮らしなのでついつい見えない人相手にしゃべってしまう。人はこれを独り言と言う)いつもより一枚多くセーターを重ね着し、ワークマンの去年買ったすぐれもんの防寒着を着こみ、マルコを連れて玄関を出た。途端に天からぱあっと白いものが降って来る。
「あれえ、初雪だ。天気予報が当たったぞ」
風も冷たい、耳が千切れそう。リードを握る手がたちまち凍り付く。
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外に出たら芝生やニンニクの畑のマルチの上に雪が・・・
すごく降りそうな雰囲気で、どれだけ降るか期待したのだが(私は雪の中を車で走るのが大好きなのだ)すぐに止んでしまう。この後も時折雪が舞うもすぐに止む。止まらないのは日本海からの冷たい風だけ。老体をさいなむ、心も折れる情け容赦のない真冬の烈風である。とうとう本格的な冬に入ってしまったのだ。
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犬は元気に私を引っ張る。
帰宅した時、また激しく霙が吹き付ける。
翌12月5日
昨日の夕方より楽な朝なのでやれやれと胸を撫で下ろして出かけたが、途中で突然風が吹きつけ、たちまち霙も吹き付け、顔が痛いほど。すぐに雨にかわりたちまち濡れる。
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余りにも風が冷たいので、農事組合の倉庫で風よけ。
風が収まったので家に戻る。途中、新内藤川で白鳥が2羽寄って来る。2週間ぐらい前から時々姿を現す。人なれしていて人の姿を見ると寄って来るので鶴のために用意して食パンを分けてやる。
その寒い散歩から帰って、私はすぐに池の東のカヤ抜きに取り掛かる。畑仕事はすべて終わったのだが私には草抜きと言う作業が残っている。何年も放置しておいたのでどんどん畑の方へ侵入して来る。特にカヤは厄介。根から抜かないといけない。寒いなんて言ってられないのだ。一冬かかってすこしずつ抜いて行くつもり。すると作業中にまた霙(みぞれ)が烈風に乗って吹き付ける。
すぐに上がるが、寒い、寒い。これを小一時間。散歩と草抜きで約2時間、これが毎朝のルーティン。この後から一日書斎(食堂のテーブル)の人になるのだ。
12月6日
寒い。ぐんと冷える。この三日間で一番寒い日らしいが、風がないので全然寒さを感じない。
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久しぶりに朝日が出る。温度は低くても風がないとこんなにも楽なものかとこれまた久しぶりに身も心もきりっと引き締まった散歩になる。今朝は4日ぶりにおツルさんが現れたので餌をやる。白鳥は現れなかった。

AIのおかげで、ほんとにもうえらい目にあった。
ことの発端は出雲市の健康診断。市から無料だから受けてくださいと言う通知が来たのが6月。3月に膵管のMRIを受けた時にちゃんとした血液検査を受けてなんともなかったので受ける気はなかったのだが、3ヶ月経っているので受けてみるかとかかりつけ医で健診を受けたのが7月8日。しばらくして結果が届く。尿蛋白+と判定されていたが、たいしたことはあるまい。何かの間違いと言うこともあるしとほうったらかしにしていた。
すると10月も末になって市から通知が届く。尿蛋白+なので再検診を受けて下さいとの通知だった。相変わらず軽く見て2、3日ほうっておいたのだが、市は結果が悪い人に通知している訳で、そう思うとなんとなく不安になって来た。そこで、尿蛋白+だとどういうことになるのかとAIに聞いてみることにした。私のパソコンのAIはcopilotである。
「78歳男性。IPMN(膵管内乳頭粘液性線種)の患者です。尿蛋白+と判定されました。どういうことが考えられますか」と聞いた。即座に答えが戻って来た。「腎機能障害が考えれます」
ガーン!この時のショックは7年前、IPMNと診断され、カナダの大学の血液検査で97%の確率で膵臓癌になりますと宣告された時のものに次ぐものだった。腎機能障害と言うことは透析を受けなければならないことになるのか。どんよりして目の前がまっくらになる。食事療法のおかげかその後IPMNが進行することなく、担当医からも「もう大丈夫だよ」と言われてはいるが、膵管に悪いものがあるのはたしかなのだ。この上、腎臓病なんて、勘弁してほしかった。
真っ先に頭に浮かんだのは食事のことだった。IPMNの食事だけでも節制して来たのに、その上、腎臓病対策なんて頭が破裂しそうだった。
取り急ぎ、再検査しなければならないのでかかりつけ医に予約したのが10月31日。ところが11月1~3日が3連休、11月4日は親戚のおばさんを連れて母の見舞いに行くことが決まっていて、11月5日は孫娘の保育園の焼きいも会。結局11月6日に再検査を受けることに。
まだ6日もある。その間、ただ心配したり、悩んでいたもしょうがないので、私は腎臓病と診断された時に慌てないようにその間、腎臓食を研究し、その日から腎臓食の実践を始めたのだ。大変なのなんのって、その大変さはIPMNどころではなかった。IPMNの場合は先生から「酒と甘いものを控えるように」と言われただけで、油ものや肉類を断っただけで済ませて来たが、これに腎臓病対策を考えたら
食べるものがなくなるのだ。ないわけではない。あることはある。たらとか白身魚とか。鶏胸肉とか。でも、それだけしかなく、それだけの調理法も焼くか煮るか蒸すしかない。一番大変なのは塩分。塩分を控えるためには、醬油もコンソメも鶏ガラスープも全部減塩。もちろん味噌も。今まで不通に使っていたミネストローネやチャウダーのスープ液もそのままだと全部アウト。6日間、AI使って腎臓病の食事の研究と実践に取り組む。
そして11月6日の再検査。採尿して調べたら「大丈夫、-ですよ。曽田さんの腎臓はこのグラフの一番端っこの、この一番だいじょうぶなところに入ってますから安心してください」と言われる。
ほっと胸を撫で下ろし、先生にぼやいた。
「AIに聞いたんですよ。IPMNで尿蛋白+だとどうなりますかと」
「どうなると言いました」
「腎機能障害の恐れがあると」
先生、笑って言いました。
「私、AIに勝ちましたね。そんなことありませんよ。間違ってますよ」
あの6日間は何だったのだろう。
帰り際、先生に言った。
「でもIPMNだから食事には気をつけないといけないから、これからは塩分にも気をつけようかな」
「それはいいことです。日本人は塩分のとりすぎですから」
数日後、気が付いた。
copilotの質問欄の下に小さく
『copilotは間違える可能性があります』と表示してあった。

先日、娘からLINEで送って来た。
4歳2ヶ月の孫(男の子)と娘の会話。


孫「どうやったら、おとなになれる?」
娘「いっぱい食べて、いっぱい遊んで、いっぱい寝たら、大人になれるよ」
孫「あと、経験とか?」
娘「(絶句)・・・すごいね、アンタ」


娘と話したのですが、恐らく幼稚園の先生が「いっぱいいろんなことを経験して大きくなろうね」みたいなことを言ったので、経験と言う言葉を覚えたのではないかと推測しています。
腹を抱えて笑い転げた。

その翌々日、また娘からLINE。
娘の出先について行き、盲導犬ユーザーと出会い、生まれて初めて盲導犬とひと時を過ごした。その次の日の朝。
孫「盲導犬て目が見えないんだね」
普通の4歳児でした。

それがトンボのヤゴ
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どういうことかと言うと、孫一家が東京から帰省したのが、なんと8月25日から28日までの3泊4日。父親の仕事の関係でこんな日程になってしまったのだ。小4の孫はギンヤンマとオニヤンマを捕り、釣りに行くと大張り切り。着いたその日の昼に出雲そばを食ったら我が家に着くなり家の前の池に飛び出す。
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しかし、そうそう都合よくギンヤンマが飛んでくるわけではないので、シオカラトンボや赤とんぼに網を振り回すのだが、その頃の出雲も地獄の熱暑。ギンヤンマを捕るところを見てくれと付き合わされた私は5分も立っていられない。孫とて15分もしたら家に逃げ込んで一休み。孫の相手は息子と交代でつとめる。結局ギンヤンマは羽をかすめただけで逃げられる。悔しがる孫。これ以上付き合わされるのはかなわんので、友達の趣味のブドウ園にブドウ狩りに連れて行く。
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「シャインマスカット」のほかに「ふじみのる」と「ブラックビート」を頂く。孫はここでも虫取りを始めるので魚釣りに連れ出す。
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いつもの大社漁港。サビキで小アジを狙うのだが時期が遅いせいか1匹しか釣れず。そのかわり石鯛の幼魚やサヨリがかかる。陽が沈むまで十数匹しか獲れなかったが孫は満足。
翌日は朝から起こされてまた虫取り。グループホームの母を見舞って、多岐のキララで昼食にするもそこの海岸でキリギリスやバッタを捕りまくる。この日の夕方も大社漁港。
3日目。これ以上炎天下に付き合うのはかなわんので、一計を案じる。オニヤンマを捕りに行こうと、北山山中にある鰐淵寺へ。出雲大社の裏山にある天台宗の古刹。古代出雲の一の宮が出雲大社。一の寺が鰐淵寺である。ここなら鬱蒼と木々が茂り、涼しかろうと思ったのだが、駐車場から寺まで山道を歩くだけで汗びっしょり。しかもここでも夏の終わりのせいか虫の姿が見えず。どこかでセミが鳴いているだけ。やばいなと思った時、オニヤンマ出現。見張っていた谷川をすれすれに飛来したのだ。大騒ぎする孫。だが足場が悪くて降りて行けない。指をくわえてみているしかなかったが、飛び去るオニヤンマを見送る孫は興奮。実はギンヤンマは飽きるくらい見ているが、オニヤンマを見たのは初めてだったのだ。
駐車場でシオカラのメスを捕って、夕方はまた大社漁港へ。
4日目。夕方の飛行機で帰るが、朝早くからまたギンヤンマ捕り。オニヤンマが捕れなかったら今日こそギンヤンマを捕ると気合が入っている。出雲に来たのに出雲大社にもお参りに行かず4日間トンボ捕り。しかし、炎天下この日もギンヤンマには逃げられ続け、飛行場に行く時間が迫る。
それでもやめようとしないので、せめてギンヤンマのヤゴを捕ろうと池に網を入れたら、あっというまに9匹ヤゴが捕れた。孫は喜ぶが嬉しさも半分の風情。するとそれを見た息子が余計な一言。
「じいじいに育ててもらったら」嫁さんも「それがいいわ。写真を撮って送ってもらたらいいわ」
と、言う訳で孫とヤゴを育てる固い約束をしたのだ。
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小さい水槽に4匹。大きい水槽に5匹。羽化する時のために支柱を立て、水草もいれて、冷凍赤虫を餌にやり、今日で2週間になる。いまだに一匹も羽化しない。ヤゴも大きくなる気配がない。
今私は不安になっている。いったいいつになったら羽化するのだろうと。
季節が季節なのでこのヤゴたちは越冬して来年の春に羽化するのではないかとも思っている。
そこでヤゴの成長ぶりを確かめるために一匹捕まえて計測した。
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約4㎝はある。AIで調べたら、ギンヤンマのヤゴは4.5㎝~5㎝あると言う。もう少し大きくなればギンヤンマである。頭も5角形でやや細長いと言う。近くで見たら確かに5角形をしていた。体長が伸びれば頭部分ももう少し細長くなるかもしれない。多分、9匹のうち多くはシオカラトンボだと思うが、もう少し見守って10月になっても羽化しなかったら、池に戻して越冬させようと思っている。
孫にも納得してもらうためにきちんと監察結果を送らないといけない。
よく考えたら、これって孫の夏休みの研究発表だよな。

お気に入りレシピが2つできたので紹介します。
最初に紹介するのが「飛び魚のおかずスープ」(命名は私)。
毎週月木にやって来る行商のおばさんが飛び魚を半身にしたものを6切れ(3匹分)持って来てくれた。私が脂質を気にしているのと調理の手間を省くために処理して持って来てくれたのだ。これで180円。うそみたいな値段だ。私はこれまで飛び魚は脂質が高いものと思い込んでいたのと、とりたて食べたいとも思わなかったので飛び魚を食べるのはこれが初めて。すぐにスマホで調べたら飛び魚の脂質は100gで3.3g。文句なしだが、食べ方がわからない。聞いたら、おばさんはスープにしたらと言う。
その時はピンと来なくて、結局、刺身にでもして食うかと言うことになったのだが、夕方、いざ皮を取ろうとしたらうまく皮を剥げない。
仕方ないので、スープにするかとネットで調べたら、ちゃんとスープのレシピが出ている。しかもたっぷり切り身を入れたら、おかずになるとあるではないか。そこで6切れの半身を半分に切って、塩胡椒をする。後は湯を沸かして飛び魚を煮る。
レシピにはゴチャゴチャとスープの作り方が出ていたが、そんなのは無視。鶏ガラスープを放り込んで、ミニトマトをぶち込んで煮たら、ハイ、それで完成。塩胡椒もきいて、私にしたら上出来の一品が出来た。飛び魚の切り身も十分おかずになり、半分残ったので翌日も食えた。おばさんには礼を言って、飛び魚が入ったらまた持って来てと頼んでおいた。
お次のレシピは「もやしの麺つゆカレー味」(これも私の命名)。
これはたまたまネットで見つけたもの。
200gのもやしの袋の角を切ると、レンジにいれて600Wで3分加熱する。取り出して熱湯を絞り出す。熱いのでタオルで包んで絞るとよい。水分を抜いたら、袋の上部を切って、濃縮4倍のつゆを大匙2とカレー粉を小匙1いれて、袋ごとよく揉む。私は濃縮3倍を大匙2でやる。後は袋から出して食べるだけ。
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超簡単でこれがうまいのなんのって。

最近は脂質が低くて、簡単に手早くできるものばかり作っている。必然的に魚が多くなり、週五日は魚である。魚でたんぱく質を摂っている。おかげで魚のレパートリーが増えた。
7年前、膵管に嚢胞が見つかり、今の生活を続けたらガンになると脅されてから、脂質の少ない食生活に変えたことは何度か当ブログでも述べたが、今ではたいていの食品の脂質はなんとなくわかって来て。昔ほど神経は使わなくなった。油料理も平気で作るようになった。
作ったものを一度に全部食べるわけではない。一人暮らしだから三日分から四日分ある。と言うことは一回に取る脂質は3分の1から4分の1である。そんなに気にすることはないのだ。
ただ、たまには肉も食べたいので、1週間から10日ごとに豚ひれか鶏胸肉を食べている。
魚は昔はカレイが多かった。
鯵は干物は脂質が高いこともあって避けていたが、青魚の中では脂質が低い方なので食べろと書いてあった。調べたら100gで7.7gである。私の基準は100gで5グラムまでを許容条件にしていたが、今では青魚の例外魚として食べることにしている。昨日は小鯵を酢で煮たものを食った。
今はまっているのが、スーパー「ホック」の「焼きイカ」。これが絶妙にうまいのだ。
今一番重宝しているのは「うるめ鰯の若干し」。
鰯は脂質が高いので敬遠していたが、去年、うるめ鰯は脂質が低いことを知り、「若干し」を見つけたら買って、冷凍保存している。「うるめ鰯の若干し」のいいところは、好きな本数を食べられることだ。例えば、おかずがちょっと足りない時など、適当な本数を焼いておかずにすることが出来る。

「飛び魚のおかずスープ」はこれほどお手軽ではないが、主菜とスープを兼ねているのがいい。すなわちこれを作ったら別にスープを作らなくてもいいのだから。いやスープを作ったら、自動的におかずもできているのだから。
たまには初めてのものを作るのもいいものだ。作っていて楽しかった。

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