高校を卒業して60年のクラス会が4月18日に東京で行われる。前回は卒業して50年のクラス会があり、あの時は「これが最後のクラス会だろう」と思っていたのに、60年とは!案内が来たときは目を疑い、次に思ったのは「よくぞやってくれた」との感謝の気持ちだった。
前回も今回も学年の同期会があり、それに合わせてクラス会を開いてくれたのだ。幹事はSさん、前回は男性幹事M君と女性幹事Sさんが手分けしてやってくれたのだが、その後M君が病没し、今回はSさんが何から何まで全部一人でやってくれた。何度も来るメールを見るだけでどれだけ大変か分かる。彼女は同期会にもクラス代表でかかわっているのだから。
同期会に参加しても全部が全部クラス会をする訳ではないから、本当にありがたい。
考えても見てほしい。一口に60年と言うけれど、確かに光陰矢の如しであっと言う間だったが、その1年1年の積み重ねを振り返ったら、それは途方もない時間の流れである。
都立豊多摩高校の二年生と三年生の二年間、一緒のクラスだったクラスメートと卒業して60年後に会うことなど、18歳の私たちは誰も考えていなかったと思う。
それを会いたいと思って来てくれるのが、男12名、女3名。高校時代、全員が友達だった訳ではない。私の一番仲の良かった級友は今回は一人も来ない。理由は分からない。私もメールも出さなければ電話もしなかった。78歳だから、理由もいろいろあるだろう。級友からも問い合わせはなかった。
三人の女性の中には高校時代ほとんど口をきいたことがない人もいる。私たちのクラスは若い頃はよくクラス会をやっていたのだが、彼女は一度も来たことがなかったはずだ。そんな彼女も来てくれる。
男もそうだ。男30何人、女10数人のクラスで、男全員と親しくしていたわけではない。そんなこと不可能だ。私はサッカーに夢中になっていた。高校時代とはすべてにおいて凝縮する時代で、友人関係も深く狭くなってゆく。でも、卒業すると自然に離れて行き、逆に、こうして何十年も経ったクラス会で出会うと、高校時代の疎遠を埋め合わせるかのようにたちまち打ち解けて行く。不思議なものだ。
いい年をして修学旅行の前の日の高校生のようだ。
それは名所観光ではなく、よき友とひと時を過ごすための旅である。
ところがその準備が出雲から行くとなると想像以上に大変だった。10年前とすかっり様変わりしていたのだ。最初は飛行機のシニア割引で安くゆこうと思っていたのだが、昔のように空港へ行って空席があったら乗れる具合には行かなかったのだ。なんだか混んでいて昔のように空席が一杯あるような雰囲気ではないのだ。今回、久々の東京なのでゆっくりしようと思ったのだが、色々あって結局1泊2日でゆくしかなく、17日の朝の飛行機の空席に賭ける訳には行かなくなったのである。飛行機も昔よりは混んでいる雰囲気。絶対安全に行くにはJRで行くしかなく、切符を予約しようとPCに向かい、特急やくもと新幹線で行こうと思ったのだが、JR西日本とJR東日本が全くの別会社になっているので、予約の方法が全然違うのだ。はじめは出雲から東京までの通しの乗車券の買い方がわからずエライ目に遭った。どうにか予約したが、最後にホテルで泡を食う。
17日の金曜の夜なんてホテルはどこも満室。しかもビジネスホテルでも新宿辺りは2万を越す。私は東横インなんて5000円くらいで泊まれると高を食っていたので愕然となる。外国人客のせいかもしれない。思えば東横インに5000円で泊まったのは、10年以上も前の熊本駅前の東横インだった。
結局、さんざん探してやっと見つけたのが南武線の東横イン南多摩で1泊8000円。
後は心配だったのが術後の経過。
今日、診察日ではなかったが、病院へ。術後水腫がまた膨らんだので診てもらったのだが、先生曰く、「半年から1年はかかることもありますからね」水は増えたり減ったりしながら、少しづつ吸い込まれて減って行くものだと言う。だから今日はもう抜き取ることはやめて、そのまま経過を診て行くことになる。薬なんてないのだ。次回診察日は5月12日。
もう一つの問題は便秘。これもヘルニア手術の影響らしいのだが、便秘になって4日目。明後日には上京するから何とかしてくれと頼むと、浣腸してくれて、酸化マグネシウムと大健中湯ではきかない時のために錠剤と飲み薬を出してくれる。これで何とか上京できそうだ。
楽しい(はずの)クラス会報告はまた後日、帰郷して。
前回も今回も学年の同期会があり、それに合わせてクラス会を開いてくれたのだ。幹事はSさん、前回は男性幹事M君と女性幹事Sさんが手分けしてやってくれたのだが、その後M君が病没し、今回はSさんが何から何まで全部一人でやってくれた。何度も来るメールを見るだけでどれだけ大変か分かる。彼女は同期会にもクラス代表でかかわっているのだから。
同期会に参加しても全部が全部クラス会をする訳ではないから、本当にありがたい。
考えても見てほしい。一口に60年と言うけれど、確かに光陰矢の如しであっと言う間だったが、その1年1年の積み重ねを振り返ったら、それは途方もない時間の流れである。
都立豊多摩高校の二年生と三年生の二年間、一緒のクラスだったクラスメートと卒業して60年後に会うことなど、18歳の私たちは誰も考えていなかったと思う。
それを会いたいと思って来てくれるのが、男12名、女3名。高校時代、全員が友達だった訳ではない。私の一番仲の良かった級友は今回は一人も来ない。理由は分からない。私もメールも出さなければ電話もしなかった。78歳だから、理由もいろいろあるだろう。級友からも問い合わせはなかった。
三人の女性の中には高校時代ほとんど口をきいたことがない人もいる。私たちのクラスは若い頃はよくクラス会をやっていたのだが、彼女は一度も来たことがなかったはずだ。そんな彼女も来てくれる。
男もそうだ。男30何人、女10数人のクラスで、男全員と親しくしていたわけではない。そんなこと不可能だ。私はサッカーに夢中になっていた。高校時代とはすべてにおいて凝縮する時代で、友人関係も深く狭くなってゆく。でも、卒業すると自然に離れて行き、逆に、こうして何十年も経ったクラス会で出会うと、高校時代の疎遠を埋め合わせるかのようにたちまち打ち解けて行く。不思議なものだ。
いい年をして修学旅行の前の日の高校生のようだ。
それは名所観光ではなく、よき友とひと時を過ごすための旅である。
ところがその準備が出雲から行くとなると想像以上に大変だった。10年前とすかっり様変わりしていたのだ。最初は飛行機のシニア割引で安くゆこうと思っていたのだが、昔のように空港へ行って空席があったら乗れる具合には行かなかったのだ。なんだか混んでいて昔のように空席が一杯あるような雰囲気ではないのだ。今回、久々の東京なのでゆっくりしようと思ったのだが、色々あって結局1泊2日でゆくしかなく、17日の朝の飛行機の空席に賭ける訳には行かなくなったのである。飛行機も昔よりは混んでいる雰囲気。絶対安全に行くにはJRで行くしかなく、切符を予約しようとPCに向かい、特急やくもと新幹線で行こうと思ったのだが、JR西日本とJR東日本が全くの別会社になっているので、予約の方法が全然違うのだ。はじめは出雲から東京までの通しの乗車券の買い方がわからずエライ目に遭った。どうにか予約したが、最後にホテルで泡を食う。
17日の金曜の夜なんてホテルはどこも満室。しかもビジネスホテルでも新宿辺りは2万を越す。私は東横インなんて5000円くらいで泊まれると高を食っていたので愕然となる。外国人客のせいかもしれない。思えば東横インに5000円で泊まったのは、10年以上も前の熊本駅前の東横インだった。
結局、さんざん探してやっと見つけたのが南武線の東横イン南多摩で1泊8000円。
後は心配だったのが術後の経過。
今日、診察日ではなかったが、病院へ。術後水腫がまた膨らんだので診てもらったのだが、先生曰く、「半年から1年はかかることもありますからね」水は増えたり減ったりしながら、少しづつ吸い込まれて減って行くものだと言う。だから今日はもう抜き取ることはやめて、そのまま経過を診て行くことになる。薬なんてないのだ。次回診察日は5月12日。
もう一つの問題は便秘。これもヘルニア手術の影響らしいのだが、便秘になって4日目。明後日には上京するから何とかしてくれと頼むと、浣腸してくれて、酸化マグネシウムと大健中湯ではきかない時のために錠剤と飲み薬を出してくれる。これで何とか上京できそうだ。
楽しい(はずの)クラス会報告はまた後日、帰郷して。







