曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

カテゴリ:出雲暮らし > 老病ドタバタ

AIのおかげで、ほんとにもうえらい目にあった。
ことの発端は出雲市の健康診断。市から無料だから受けてくださいと言う通知が来たのが6月。3月に膵管のMRIを受けた時にちゃんとした血液検査を受けてなんともなかったので受ける気はなかったのだが、3ヶ月経っているので受けてみるかとかかりつけ医で健診を受けたのが7月8日。しばらくして結果が届く。尿蛋白+と判定されていたが、たいしたことはあるまい。何かの間違いと言うこともあるしとほうったらかしにしていた。
すると10月も末になって市から通知が届く。尿蛋白+なので再検診を受けて下さいとの通知だった。相変わらず軽く見て2、3日ほうっておいたのだが、市は結果が悪い人に通知している訳で、そう思うとなんとなく不安になって来た。そこで、尿蛋白+だとどういうことになるのかとAIに聞いてみることにした。私のパソコンのAIはcopilotである。
「78歳男性。IPMN(膵管内乳頭粘液性線種)の患者です。尿蛋白+と判定されました。どういうことが考えられますか」と聞いた。即座に答えが戻って来た。「腎機能障害が考えれます」
ガーン!この時のショックは7年前、IPMNと診断され、カナダの大学の血液検査で97%の確率で膵臓癌になりますと宣告された時のものに次ぐものだった。腎機能障害と言うことは透析を受けなければならないことになるのか。どんよりして目の前がまっくらになる。食事療法のおかげかその後IPMNが進行することなく、担当医からも「もう大丈夫だよ」と言われてはいるが、膵管に悪いものがあるのはたしかなのだ。この上、腎臓病なんて、勘弁してほしかった。
真っ先に頭に浮かんだのは食事のことだった。IPMNの食事だけでも節制して来たのに、その上、腎臓病対策なんて頭が破裂しそうだった。
取り急ぎ、再検査しなければならないのでかかりつけ医に予約したのが10月31日。ところが11月1~3日が3連休、11月4日は親戚のおばさんを連れて母の見舞いに行くことが決まっていて、11月5日は孫娘の保育園の焼きいも会。結局11月6日に再検査を受けることに。
まだ6日もある。その間、ただ心配したり、悩んでいたもしょうがないので、私は腎臓病と診断された時に慌てないようにその間、腎臓食を研究し、その日から腎臓食の実践を始めたのだ。大変なのなんのって、その大変さはIPMNどころではなかった。IPMNの場合は先生から「酒と甘いものを控えるように」と言われただけで、油ものや肉類を断っただけで済ませて来たが、これに腎臓病対策を考えたら
食べるものがなくなるのだ。ないわけではない。あることはある。たらとか白身魚とか。鶏胸肉とか。でも、それだけしかなく、それだけの調理法も焼くか煮るか蒸すしかない。一番大変なのは塩分。塩分を控えるためには、醬油もコンソメも鶏ガラスープも全部減塩。もちろん味噌も。今まで不通に使っていたミネストローネやチャウダーのスープ液もそのままだと全部アウト。6日間、AI使って腎臓病の食事の研究と実践に取り組む。
そして11月6日の再検査。採尿して調べたら「大丈夫、-ですよ。曽田さんの腎臓はこのグラフの一番端っこの、この一番だいじょうぶなところに入ってますから安心してください」と言われる。
ほっと胸を撫で下ろし、先生にぼやいた。
「AIに聞いたんですよ。IPMNで尿蛋白+だとどうなりますかと」
「どうなると言いました」
「腎機能障害の恐れがあると」
先生、笑って言いました。
「私、AIに勝ちましたね。そんなことありませんよ。間違ってますよ」
あの6日間は何だったのだろう。
帰り際、先生に言った。
「でもIPMNだから食事には気をつけないといけないから、これからは塩分にも気をつけようかな」
「それはいいことです。日本人は塩分のとりすぎですから」
数日後、気が付いた。
copilotの質問欄の下に小さく
『copilotは間違える可能性があります』と表示してあった。

夜間頻尿の記事は2022年の6月27日の記事を最後に2年以上音沙汰なしが続いていた。それは2022年の5月に寝る前に飲む薬をミニリメントルに変えたら、効果があったからであった。記事にはしなかったがその間も夜トイレに行った時間と尿量の記録は取り続けていた。夜間トイレに行く回数もほぼ1回となり、先生からも順調ですねと言われ、2ヶ月に一回の診察も3ヶ月に一回になった。
すると気が緩んだのか、記録を取るのが面倒になって来て、今年の春からはやめてしまった。そして夏が来た。私は夜間頻尿がさらに良くなることを期待した。なぜなら体験から夏には夜起きる回数が減るからである。それは暑くて汗をかくからだ。汗で体内の水分を蒸発させたら当然尿として排泄される水分は減る訳である。私はそう理解していた。ところがである。この夏は夜中に二回も三回も起きる事態となりひと夏中、私は睡眠不足に悩まされたのであった。
夕食後に飲む2種類の薬と寝る前に飲むミニリメントルは変わらないのにどうしたことか。同じ薬を飲み続けて来たので効き目が悪くなって来たのか。あるいはエアコンのせいだろうか。私はエアコンが嫌いだが今年の夏は控えめではあるがつけて寝た。9月に入っても調子は悪い。
この頃、私にはある秘策が浮かんだ。それは弾性ストッキングをはくことである。頻尿記事の初めの頃にアップしたことがあるが、私は夜間頻尿に悩み始めた時、まだ医者に通う前にネットの記事で弾性ストッキングをはくと夜間頻尿に効果があると知り、試した時期があったのである。その理由は弾性ストッキングを履いて血流をよくすると、日中の排尿量が多くなるので、夜間の尿が少なくなると言うものであった。早速試してみると、効果はあったように感じるが、そうでもないようにも感じる。結局、薬に頼ろうと思って病院へ行ったわけであるが、ここに至って私は藁にも縋る思いで弾性ストッキングに頼り、薬と併用してみようと思ったのである。
ところが弾性ストッキングには難点が一つある。それは暑い事である。9月の末はまだ暑かった。ようやく涼しくなった10月22日から着用。23日から記録を取る。
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捨てないで取ってあった弾性ストッキングを久しぶりに履く。

以下、記録。11時~11時半に就寝。6時に目覚ましで起床。トイレに行く。【ー】は一度もトイレに行かなかったことを意味する。

10月23日4:00 24日4:40 25日 2:20 26日 4:30 27日 3:20 28日4:00 29日3:50 
30日6:00 31日4:50 11月1日4:45 2日3:35 3日2:20 5:20 4日4:35 5日4:45 6日4:50 
7日5:30 8日4:15 9日4:45 10日ー 11日4:30 12日風邪 13日風邪 14日風邪 
15日4:30 16日3:00 17日21時就寝 2:50 5:30起床(本山参り出発) 
18日ホテル宿泊記録なし 19日4:25 20日ー 21日5:35 22日2:10 3:00 23日5:30 
24日ー 25日5:20 26日4:45 27日4:20 28日5:05 29日2:20 30日2:20 

一月にトイレに行かなかったのが3回もある。これは夜間頻尿の治療を始めて初めての事。12月は診察日がある。先生に報告したら何と言うだろう。

「男なのに女性化乳房」にコメントを頂いたのだが、これが意外な身近な人で吃驚した。私よりも年下(60代)なのだが、その人も女性化乳房になったと言い、経過を報告して下さったのである。
それによると、その人は
「7、8年前に前立腺肥大の薬の副作用による女性化乳房になったが、しばらく薬を止めたらそのうち痛みはなくなり、膨らみも小さくなった。その後、おっぱいは多少膨らんでも前立腺の薬は続けて様子を見た方がいいでしょうと言う事になり、薬を再開。今のところ左胸の方が若干膨らんでいるものの、痛みは再発せず問題ない」
ので、過度に心配しなくてもよいと言う内容であった。

癌でないことは分かってほっとしたのだが、乳腺外来の先生は「原因は夜間頻尿の2つの薬のせいで女性化乳房が起こったと思われる。でも、その薬が夜間頻尿に効いているなら止めなくても続けて飲みなさい。しばらく様子を見ましょう」と言う。
そう言われても、私も困ってしまい、これから先どうなるのだろうと不安になっていたので、このコメントには本当に助かったのである。その人も必要な薬は飲み続けた訳で、それでひどく悪くなった訳ではない。多少膨らんでも痛みはないのなら御の字ではないかと私も思った訳である。要はよくなるかならないか分からないが、どっちにしてもそんなにひどくなるものではなさそうな気がするのだ。
私だって、今の薬を飲み始めたのは1年以上も前のことで今頃になって副作用が出たわけで、これが早いのか遅いのか分からないが、なんとなく時間はかかりそうな気がする。すぐに良くなることはないだろうが、どんどん悪くなるような気もしない。
その人は「前立腺肥大の薬」。私は「夜間頻尿の薬」。両方とも泌尿器科である。泌尿器の薬はどうやら男性ホルモンを低減させる作用があるようだ。だから乳房が大きくなってしまうのだろう。と言って、「前立腺肥大の薬」も「夜間頻尿の薬」もやめるわけには行かないのだから、これはもううまく付き合って行くしかないのではないかと思うのである。
でも、同病の先達がいるということは心強いことである。そのうち女性化したおっぱいの写真でも撮って比べて見たら面白いのではないかと、馬鹿なことを考えた。

二カ月前ぐらいから何となく左の乳房が痛むので気になっていた。はじめは乳首をおさえるとちくちくする感じだったので周辺も触ったり揉んでみたりしてみたら、やっぱり何だか痛い。飛び上がるような痛みではない。右の乳房周辺は揉んでも何ともない。その右の乳房と比較すると少し痛む感じがする。そんな程度だったので何か炎症でも起こしたのかなと思ってほうっておいたら、8末にバブルガム・ブラザーズのブラザー・コーンが乳がんになったと発表する。男でも1000人に一人は乳がんになると言う。ブラザー・コーンは67歳。ステージ2でこれからは治療に専念すると言う。
そのニュースを知って、急に心配になる。9月初めにかかりつけ医に中性脂肪の薬を出してもらうために病院に行った時に診て貰ったら、「女性化乳房(にゅうぼう)ではないか」と言うが、専門ではないので詳しく診てもらった方がいいと言われる。ホルモンの異常で起きるが、そのホルモンの異常も癌から起きることもあると言う。もちろん乳がんの可能性もある。だんだん不安になって来る。翌週が半年に一回の膵管のMRIの結果が出るので、その時、島根医大の先生にも相談してみることにした。
それが先週で、MRIの結果は異状なしだったが、先生は女性化乳房は左右同時に起こるのだがと言う。私は痛むのが左だけなので、「やばい、だったら癌じゃないか」と思うも、そこは深くは追求せず、「乳腺外来」の紹介状を書いてもらう。
そして、今日、どきどきしながらちょっと恥ずかしそうに乳腺外来へ。最初の検査で左の乳腺が1.4㎝。右の乳腺が1㎝と分る。やはり左の乳腺が大きいことが分かる。次にマンモグラフィーを撮りに行く。
まさか男の俺がマンモグラフィーを受けることになろうとは。健康診断のために大勢の人が集まっている部屋からマンモグラフィーの部屋へ入る時の恥ずかしいことよ。
検査技師はアラサーの女性技師。おっぱいをぎゅっと掴まれてアクリル板の間に挟まれる。男のおっぱいであるから、いくら女性化した乳房とは言え貧乳女性程度であるから無理やりひっぱられるのには参った。比較のために右も撮るという。右はないに等しいおっぱいである。これもぎゅっとひっぱって無理やりアクリル板に挟むのだが結構痛いのである。
検査結果が出る。超音波も撮る。
診断結果は「女性化乳房」。高齢男性にみられるものらしい。何らかの原因で男性ホルモンが減少すると起きる症状らしい。で、その原因だが、お薬手帳を見た先生は、泌尿器科で出している内の2種類の薬の所為ではないかと言う。
泌尿器の先生に相談して止めると言うと、「いま効果ある薬をやめることはないので、半年くらい様子を見ましょう」と言う事になる。
ひとまず乳がんでないことがわかってほっとしている。
字ヅラだけみると病院へ行くのが恥ずかしい病名だが、高齢男性には多い病気と知り少し気が楽になった。でも、毎月の集金会で話したら笑われそうなのでこればかりは誰にも秘密にしておこうと思っている。歳は取りたくないものですな。

CA19-9とは腫瘍マーカーのことである。癌になっているかどうかを判断する数値であるが、これが突然191と言う数値が出てドッキリとさせられた顛末である。腫瘍マーカーは特定の癌を見つけるものではなく、癌があると反応する数値で、癌患者が治ったかどうかを確かめるのに役に立ったりするものらしい。正常値は0から37と言うから、191はべらぼうである。
経過を説明すると、9月28日に膵臓のMRIを受けた。膵嚢胞があるので半年に一回毎年受けているもので今回で6回目だと思う。毎回、膵嚢胞の大きさに変化はなく、先生からも「曽田さん、このまま全うできますよ」と言われていた。
翌29日にMRIの結果の説明を受けに行くと、「膵臓も胆嚢も変化はないのだけど、腫瘍マーカーが異常に高いんですよね」と、検査結果を見せられる。確かに私の数値は毎年一桁なのに今回だけ飛び抜けて高い。
肺と胃と腸のCTを撮りたいのだが、今日撮りますか、どうしますかと問われる。また来たくないのですぐにCTを撮ってもらった。結果は肺にも胃にも異常はない。後は大腸の内視鏡検査しかない。
10月5日に大腸の内視鏡検査を受ける。
要は大腸癌が出来ているかどうかを調べるのだが、私はある意味ほっとしていた。癌になるなら大腸癌で御の字ではないかと思ったのである。先生は膵臓は大丈夫だと言ったが、妻は肺炎と急性膵炎を合併して亡くなってしまった。夫婦そろって膵臓を悪くする巡り合わせなのかも知れないぞと最悪のことも頭をよぎっていたのだ。膵臓癌にかかることを考えたら、大腸癌だと随分気が楽になる。初期なら切ってしまえば治る癌である(と素人は思っている)。
検査の日にはどうか大腸癌でありますようにと願ったものだ。
前回、2年前の検査ではポリープを一個取っているので、今回も必ずポリープはあると思っていた。前回は良性でも、今回は腫瘍マーカーに出たぐらいだから必ず悪性になっているに違いないと思ったのである。いや、もう確信していた。たとえ悪性でもステージ1ぐらいのはずだ。父が93歳で大腸癌の手術を受けた時の父の腸の具合は介護していてよく知っているので絶対に父ほど悪くはないと言う自信はあったのだ。確か父はステージ3だったと思う。ステージ1の大腸癌なら楽勝だとさえ思った。
そして、当日、画像を見ながら検査を受けた。ひたすらポリープの出現を待つ。大腸癌でありますように。早く出て来い。だが腸内は綺麗で一向にポリープらしきものは出現しない。前回も最後にポリープが見つかったので最後に期待したのだが、ついに出現せず。「異常ありません」と検査技師。
それでも、くわしく画像を調べたら何か出て来るかもしれないと10月20日に結果を聞きに行く。この日は血液検査も受ける。
主治医も「大腸もきれいでしたねえ」そして、血液検査の結果を見たら、CA19-9は15.1。
「どうなってるのかなあ」と、先生。先生は腫瘍マーカーはたまに何の異常がなくても高い数値が突然出ることがあると言っていたので、多分それだったのかもしれない。
長い三週間だった。その間、右眼白内障の手術を受けたが、大腸癌でもないとしたら何なのだろうと浮かない日々を過ごしていた。来週、左目の手術だが今度は心置きなく受けることが出来る。右だけでも良くなったような気がするので、両目が揃えばもっとよく見えるようになるだろう。

【追記】
こういうコメントを頂きました。

「私も数年前から腫瘍マーカーの数値が高いと言われています。が、何処にも何かあると言うわけでもない様です」

どうやら、そういうものらしいですが、一喜一憂せず数値に振り回されないようにしないといけないのかもしれません。しかし、意味のないものを検査するのもおかしな話ですから注意もしないといけないということなのか。

【追記】25日
腫瘍マーカーについて。
毎年受けている健康診断の結果を見たら、腫瘍マーカーはCEA(胃がん、大腸癌など)AFP(肝臓がんなど)CA19-9(膵臓がん、胆嚢がん、胆管がんなど)PSA(前立腺がん)CA125(卵巣がん)など、色々あることに気がついた。毎年受けていて、全部基準内だったのにすっかり忘れていて、CA19-9だけが腫瘍マーカーと思い込んでいた。ブログに不確かなおかしなことを書いてしまいすみません。そういえば去年前立腺の腫瘍マーカーを確か検査料3000円で申し込んだことを今思い出した。

【追記】31日
夜間頻尿で通院している泌尿器科の診察日。今日も私のように数値がよく、今出している薬が効いている人はあなたしかいないと絶賛される。腫瘍マーカーの検査結果を見せたら、「CEAはタバコ一本吸っただけで数字が20はねあがります」と教えられた。どうやら腫瘍マーカーの数値は絶対的なものではないようだ。


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