今日は妻と母の面会をはしごでする。
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左)昨日イオンで買った「イモの天ぷら」と「豆」
右)今朝、大社のホックで買ったランチパックとイチゴ。差入れである。ランチパックは朝食用。
10時30分に特養へ行く。
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特養はまだ玄関脇でのガラス越しの15分面会。妻の車椅子が背もたれが高くなり頭を支えるヘッドが付いたものに変わっていた。首がいつも折れていて辛そうだったので車椅子を交換してくれたのだ。私もいつも辛そうにしているので胸が痛んでいた。もっと早く気が付けばよかったと反省する。頭が支えられているととても楽そうに見え、私も気持ちが楽になった。
職員さんがそろそろ「ふりかけ」と「カレー(レトルト)」と「歯磨き粉」を持って来てほしいというので、「あっ、ちょっと待って、メモするから」と、言ったら
「一回で覚えろ」と、妻に言われてしまった。
とても嬉しかった。これがいつもの妻である。
その後、話を続けていて、「元気にしてたか」と、問うと、
「見ればわかるよ」と、言われてしまった。これもいつもの妻である。今日は短いけれどこの二つの言葉を聞けただけで心が温まった。
最後に「娘に何か言うことあるか」と、問うと、
「おうちのことがんばってください。きれいなおうちにしてください」と、言う。

その足で、11時10分に母のグループホームへ行く。グループホームは特養よりは少しだけゆるやかになり、ガラス越しの面会は2月一杯までで、3月からは面会室で面会できるようになった。2月末にガラス越しの面会をしたばかりだったが、しばらく直接会っていなかったので面会に行った。
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母への差入れは週刊誌と職員さんから頼まれていた歯磨き粉。
元気そうだったが、一週間前に儂が来た事も、二人の娘や孫娘とZOOMでやりとりしたことなどきれいに忘れている。でも、職員さんに言わせると、配膳を手伝った時には「これは〇〇さんの茶碗、箸」とかちゃんとわかっているのだと言う。
今日もまた「私の父はどうしているのかね」と聞く。もう何十回も聞いている。
「お母ちゃんの年はいくつだ」何十回も同じことを問う。
「90……」
「だったら親の年はいくつになるよ」
「20足したら110いくつ……」
「でしょ、110歳越した人なんているの?」
そこでやっと親がもういないことを理解するのだが、いつ死んだか覚えていないと言う。
儂は90に20足したら110になる計算が出来たことに驚いた。
目の前の週刊誌を見て、
「真子さま、焦燥と書いてあるよ」
儂は『焦燥』と読めたことにも驚いた。
妻にも早くこうやって対面で会いたいのだが、超高齢者の多い特養はとても警戒が厳しい。ワクチンなんていつになるやらわからないし、本当にいつになったら会えるのだろう。島根県は感染者は少ないけれど、東京や大阪の数字を見て、東京と同じように警戒しているのだ。持ち込まれることや都会に行ってうつされることをどれだけ警戒しているか。だから島根県民の半分以上は聖火リレーもオリンピックの開催にも反対しているのだ。普通の生活とオリンピックとどちらが大切なのかよおく考えて欲しい。コロナでみな普通の生活の大切さを知ったのではないのでしょうか。どうすれば普通の生活を取り戻せるか、考えるまでもないことだと思うのですがね。