儂にとって辛いのは毎週のマッサージ師までもが訪問できなくなったことだ。うちの妻のように半身不随の身にはどれだけマッサージが気持ちのいいものか、儂の下手なマッサージもどきでも喜んでいるくらいだから、それが受けられないと言うことが自分のことのように辛いのである。
大好きなオニオンスライスやメンチカツ、刺身、ノンアルコールビールも差し入れできなくなる。


昼食前の日光浴も出来なくなった。出雲は雲が多く、陽が出ることが少ないので(特に冬は)タイミングよく少しでも陽が出たら日を浴びさせるのだが、それも出来なくなった。右の写真が2月26日。2020年初めて外へ出た時の写真。日が陰って5分も外にいなかったが、それでも気分は違う。
問題はマスクだ。コロナ患者は出ていないのだが、出雲にもマスクがない。肝心のマスクがなければ特養に行きたくても行けないのだから。こんな事態になるとは思わなかった数日前から、マスクが手に入らない儂は薬局で「ウィルスシャットアウト」なるものを見つけた。


これは亜塩素酸ナトリウムがウィルスなどを除菌ブロックするもので、首からぶら下げて使う。有効期間が1ヶ月で値段は800円前後だったと思う。特養のスタッフも知っていて、なかなかの優れものだと言う。自分をウィルスから守るには役に立ちそうなのでお守りのようにぶら下げている。しかし、これをぶら下げていても特養には入れない、なんとかしてマスクを手に入れないと。
そんなところに東京の妻の親戚に不幸があったのである。妻も儂も家族ぐるみでお世話になった方なので、急遽東京へ。
本当はお昼に昼食介助して、最終便で上京する予定だったが、特養に行けなくなったので、お昼の飛行機で上京する。例年ならこの時期は込んでいるのに空席が目立つ。ここから後ろの席はガラガラ。
東京の娘に会ったら開口一番「マスクない?」「ない」「出雲にもないの?」「ない、ティッシュとトイレットペーパーなら多少はある」
マスク騒ぎを甘く見過ぎていた。まさかこんなことになろうとは。困った、困った。本当に困っている。
TVで知った聖書の言葉『遅くなっても待っておれ それは必ずあらわれる』
これまでのように週3は無理でも最低週1は必ずあらわれるから。
久し振りの語録。妻との会話が楽しかった頃
2007.6.2
「いやだなあ、お父さんがあんなにハゲたら」
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「馬には乗ってみよ、人には添ってみよ。お父さんに添ってみてよかったよ。こんなに楽しい思いさせてもらって。さあ、帰って、カレー作ろう」
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二階で音がして。子供部屋がある。
「○○(息子)、駅まで送ってやるよ。○○、学校行くなら準備しなさい。○○君、11時出発だからね。お父さん、言っといて」
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「お父さん、帰りにグラウンドに連れてってよ。○○ちゃん(娘)のやってるところ見たいから」
2007.6.5
(美味しいものを食べて)
「口の中が喜んでいる」
※うまいこと言うなあと感心した。この言葉は印象に残って覚えている。
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「痛い」
「……」
「早く、ごめん、ごめんと言え。そしたら許してやる」
2007.6.6
(歯みがきの準備をしていると)
「モモちゃん、お母さん、こんなに幸せなんだよ」
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「53○○―37○○てなんだっけ」
「うちの電話番号だよ」
「そうか」
2007.6.7
(お茶をいれてやった時)
「人が幸せと感じる時はみな違うけど、私はいま幸せよ。モモちゃん」
2007.6.9
「お父さんが好きだったころ、牛にだって言いたかったよ。好きな人いるって?私、誰にでも言いたかったの」
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(身障者のTVを見て)
「お父さんがあんなになったら、私、別れるよ。それが、のりみたいにぴたっと貼りついて、一歩歩いたら一歩ついていって」
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「ライフ(近所のスーパー)へ連れて行って下さい。向こうに着いたら、泳ぎに行きますから」
2007.6.29
(貰ったイカ明太を食べて)
「私が食べる姿を楽しそうに見ていました、と(手紙に)書いておこう。きっと幸せだったのでしょう」
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(寝る時に)
「後ろに寝て、私の後ろに、オムツして寝て」
「俺もオムツするの」
「そう」
2007.6.30
「私、75以上になったら生きらんでいいよ。ほっといていいよ」
「○○(息子)の名前を一生懸命考えてるんだけど、変えるなら、しっかり考えてやらないと」
2007.7.4
「お茶は自分で入れるもんじゃないね。人の入れてもらった方がおいしい」
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「モモちゃん(犬)、○○兄ちゃん(従兄)来てもらってよかったね」
「俺、○○兄ちゃんじゃないよ」
「あっ、お父さんに似た○○兄ちゃんだ」
2007.7.7
介護百人一首をNHKが募集
「お母さんも作ったら」
「食べたのに、まだ食べてないと、またねだる」
2007.7.12
「ヘンな夢ばかり見てる。お化けばかり出て来る」
2007.7.24
「ごはんもう少しちょうだい」
わけてやると
「ありがとう、優しいね、お父さん。私だったら、私の分がなくなるからあげられませんと言う」
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「あれ、今日、○○くん(息子)の誕生日じゃない」
「よく覚えてたな、俺、忘れてたよ」
「私、○○くん、愛してるから」
(実は一日違い)
2007.7.26
「私、よくなったら、私の言うこと聞いてね」
2007.7.27
(パット交換の時)
「ああ、良かった。自分でやるのいやだなと思ってたの」
「この番組(風林火山)を見るといつもお父さんをソンケーしてるの。古いことちゃんと書いて、一時間あきさせないで見せて」
※そんな尊敬されるようなライターじゃないのに。儂が書いたと思い込んでいる。
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「家に帰ったら、ブルーの水(酒)飲ましてね。じゃこれから車の中で寝ていくから安全運転でお願いします」
2007.7.29
「雷こわいよ」
「子供みたいな」
「子供だよ。お父さんにくっついてしか寝れないから。この頃いっしょに寝てないね。今夜寝る?」
2007.7.31
「起こして」
「起きてどうするの」
「帰るの」
「どこへ」
「自分の家へ」
「ここが自分の家だよ」
「違う、違う」
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「ミカンとリンゴ買ってあるから、自分の家帰るの」
「ズボンを〈は〉〈か〉〈せ〉、早く〈は〉〈か〉〈せ〉、寝てる間に〈博士〉になっちゃった」
※こういうお茶目な言葉遊びをするのが妻らしい。頭がいいのだ。思わず笑って疲れを忘れる。
2007.8.3
「幸せだなあ、何もしないで、こんなご馳走食べて」
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「お父さんの小説の中には風が吹いているから、風の小説家と名付けよう」
※勿論、読んだわけではない。読めない。この頃、NHKの朝ドラで「風のはるか」を放映していたと思う。朝や昼の再放送をつけていたのでその影響かもしれない。
2007.8.4
「車にのせて」
「どこ行くの」
「川尻(熊本の実家のある場所)いくの。車に乗って寝るの。○○(息子)、○○(娘)、出かけるよと呼ぶの」
2007.8.5
「左足が痛い。スキーで折れたから」
「どの辺が痛い?」
「もものあたり」
「あとでマッサージしてあげるから」
「ありがとう」
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「ちょっと足見て、布団につれてって、足見て。あかりつけて、早く」
2007.8.6
「お父さんに戻ってて」
「なんで」
「別な人と話してるみたいだから」
「どうして?」
「なんだかつっけんどんだから」
※疲れていたのか。そんな印象を与えたことを反省。
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「お父さん、最近なかよくしないね。その方がいいんでしょ」
「なんで」
「きつそうだもの。バタンと寝て」
2007.8.14
「○○ちゃん(娘)の名前、何にするか考えているの」
「いいじゃない、今の名で」
「ちょっと変わった名をつけてやりたいの。あきてきたみたいだから」
2007.8.20
「あっ、お父さんがいた」
「そりゃいるよ」
「会社行かなかったの。よかったね。こんな時間に家にいてくれて」
「お父さん、お母さん(わしの母親)から何もらった」
「さあ」
「気位の高いとこ、もらったでしょ」
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「お父さんの顔、年取ったね。誕生日の顔してないよ。疲れた顔している」
※わしの誕生日は10月なのだが。
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(御飯の時)
「しあわせだな、私。こんなにしてもらって。こんなに幸せでいいのかしら」
2007.8.31
(夜の12時に)
「お父さん起こして。おぞうに作ったんだから起こして」
「夜の12時だよ」「12時は6時なの」
「ううん、6時よ。みんなより早く起きてせっかく作ったんだから起こして。みんなで食べるのが夢なんだから」
「夜の12時だってば」
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