12月6日、大社コミニュティセンターで江戸時代に手銭家が作ったおもてなし料理を実際に作って食べようと言う催しがあった。何年も前のことだが義母を見舞った時、熊本城で細川の殿様が食べた料理を食べる機会があったが、この時は出された料理を食べただけであった。自分で作ることなどなかなかないので忙しいけれど申し込んだのである。
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コミニュティセンターは旧大社小学校の校舎。教室の一つが調理室になっていた。
手銭(てぜん)家は大社の旧家で、手銭記念館には手銭家に伝わる書画骨董の美術品から生活道具など江戸時代の文化や暮らしを知る品々が展示してある。その手銭記念館の催しで、手銭家の奥さんやお婆さん(もしかしたら娘さんと奥さんかも知れない)が台所に立ち、色々興味深い話を交えながら楽しく進めて下さる。実際手取り足取り教えてくれたのは日本料理店『登和』の店長夫婦と息子さんの三人。参加者は女性9人と男は儂を含めて2人だけ。役に立たなくて肩身の狭い事。
おもてなし料理の内容は、寛政元年(1789年・フランス革命のあった年)11月4日に、松江藩松平不昧公の弟駒次郎(俳号、雪川)が大社参詣をした時、手銭家に泊まり、その時の夕御膳に饗されたものである。
松平不昧公は松江藩7代目で茶人大名として知られた殿様で、出雲には茶道不昧流は今日にも伝わっている。
手銭家に伝わる『萬日記』によると、雪川の大社参詣はおしのびで、もともと杵築に泊まる予定ではなく、宿泊するにしても手銭家の順番ではなかったのに、急遽泊まることになったらしい。おしのびなので門に提灯を出さなくてもよいと言われたそうだが、家臣は23人も引き連れ、その中には側女らしき女性もいたようだ。急な宿泊で手銭家はてんてこ舞いしたようだ。そんな時に出された料理を食べようという訳だ。ちなみにこの時の費用は52貫329文。今のお金にして約150万円だったそうだ。
儂らは一人参加費2500円。
旧暦の11月4日は太陽暦ではちょうど今頃の時期である。今日はみぞれが降った。初雪である。

献立(4日夕より)
茶菓子や果物、酒は省略し、ほぼ9割方を再現する。
小皿(香物、奈良漬)
硯蓋(さらし牛蒡、松露、氷こんにゃく)
皿(鯛焼物、すりしょうが)猪口(いり酒)
みそ汁(かきしんじょ、ちゃ、椎茸)
平皿・葛引(松露、おとしかまぼこ、わさび)
硯蓋(香茸、焼きも梅せん漬
御めし
献立(5日朝より)
平皿(こくしょう・牛蒡、香茸、焼き豆腐)
猪口(白和え・にんじん)

松露焼きも梅せん漬、は省略。焼きいもとは長芋を切って焼いたものらしい。
※松露は今や出雲でも手に入らないので、松露は大きなしめじで代用。
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材料が並ぶ。中央の緑が献立の「ちゃ」なるもの。ちしゃの茎。サンチュである。ネットで調べたら京都の八百屋にあったので取り寄せたそうだ。とても固い。皮を剥く時手を切らないようにと注意されたので、儂は初めてのこともあり見物。
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つつ牛蒡。牛蒡に穴が開いている。白く細いものが牛蒡の芯。竹串を芯の周りにぐるりと刺して行き、えいと押すとすぽんと抜けるのだが、儂はいくらやってもうまく抜けない。途中でやめてしまい、隣の奥さんに代わってもらう。
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左はいり酒を煮詰めているところ。塩梅を汁が半分になるまで煮詰める。右は水で戻した凍み豆腐を絞っているところ。凍み豆腐を専門で作っている所は茨木県に三軒しかなくて取り寄せたよし。とても長持ちするものなので、昔は香典として使ったそうだ。(手銭家奥さん談)
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左。かきしんじょをすっているところ。牡蠣のすり身、魚のすり身と大和芋を合わせる。
右。茹でた豆腐を裏ごしする。
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左。かきしんじょを湯に落とす。
右。たまみそ(粘味噌・ねりみそ)昔の味噌がないので似ている八丁味噌で代用。黄身、砂糖、みりん、酒を加え、火にかけて水けを飛ばしながら固めに練り上げる。
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左。鯛を焼く。
右。おとし蒲鉾。魚のすり身を蒸す。すり身は作っている時間がないので魚屋から購入。
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左。凍み豆腐を煮ている。右。焼き豆腐に味付けしている。
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左。茹で上がったかきしんじょう。
右。つつ牛蒡を半分に割った上に、こくしょうをほんの少しのせる。こくしょうはたまみそをダシでのばしたもの。
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左。猪口(ちょく)にいり酒を注ぐ。焼いた鯛に垂らすか、鯛の身を猪口に漬けて食べる。昔は今のようになんでも醤油をかけて食べることをしない。この後、食べてみたが、素材の味を殺すことなく美味しく食べることが出来た。
右。御膳はこのように蓋つきだが、我々は蓋無しで食べる。
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食事会場
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1奈良付けと漬物
2香茸
3凍み豆腐を細く切ったもの
4焼き豆腐にこくしょう(穀焦)をのせたもの
5つつ牛蒡を半分にしたものにこくしょうをのせたもの
6鯛
7おとし蒲鉾の葛引き
8牡蠣しんじょうの味噌汁
9にんじんの白和え

「おいしゅうございました」


脂質は限りなくゼロに近いのではなかろうか。

12月7日追記
今日は「古文書の会」があった。今、読んでいるのは「高見家文書」。出雲の旧家の日記なのだが、その寛政2年の記録に、松江藩主松平治郷(はるさと)が大社参詣し、御本陣は千家筑後守とあった。
松平治郷とは不昧公のことである。弟の駒次郎が大社参詣した翌年に兄の松江藩主も大社に参詣しているのだが、お殿様だから泊まる所は出雲国造・大社の宮司千家なのである。偶然とはいえ、昨日の今日のことだったのでご紹介まで。