11月28日に妻の実家へ行く。

熊本市の南の外れに近い川尻という町にある。2007年に義母が施設に入り、2013年に死亡。12年間無人。義母が入院中に1度頼まれて入ったことがあっただけで、震災後も家が心配だったが、妻の介護もあり、ずっと放っておいた。大正の末に建てられた料亭だったらしいが、もう限界に来ていたところに地震に襲われ、処分するしかなくなったのである。風雪のせいか、地震のせいか、壁板も落ちてぼろぼろである。鍵をなくしてしまい、救急の鍵屋を呼ぶ。鍵が錆びついているせいか開けられないので、横の窓を外して入るが、特別な料金がかかるとかで3万円も取られる。その上、鍵の交換に3万円、諸費用消費税をくわえて8万600円も取られる。その瞬間、ため息が出て、どんよりとした気分で内部に入る。

(上がってすぐの茶の間) (仏壇の裏のトイレの壁)
義父の位牌が落ちていた。 茶の間の横のトイレの壁には大きな隙間が出来ていて外光が射し込んでいる。
位牌を仏壇に戻すだけでやっとであった。詳しく検分することもせず、ぼおっと見て回っただけで、2階へ上がる。

(座敷の廊下の窓) (床の間の横)
サッシの窓は開いたままで、一枚は粉々に割れて、廊下にガラス片が飛び散っている。3年間もこんな状態で雨風が吹き込んでいたのかと思うと、どうして震災後にすぐに来なかったのかと悔やむ。自分の家ではないが、妻が育った家であり、子供たちが夏休みや冬休みに過ごした家である。人同様に家だって健康で元気でいてほしいではないか。床の間の横のガラス戸も粉微塵。この日は何もせず、何も触らず、ただ見ただけでどんよりとした気分で家を出る。頭の中は明日の応急修理のことで一杯。
(御蔵跡) (札座跡)

(鹿児島本線の鉄橋)
妻の実家の裏には加勢川が流れ、下ると港。昔は河川交通の要所。鉄橋の手前は船着き場。米蔵があり、藩札を発行した札座なるものがあった。夏休みに子供たちと魚釣りしたり、鉄橋の遠く向こうに上がる花火を見物した。バスに乗って帰ろうと懐かしい道を歩くがどこにもバス停がない。
大通りに出てやっとバス停をみつける。バス待ちのおばあさんに聞いたら昔のバス路線は去年廃止になったのだそうだ。道理でいくら歩いても停留所がないはずだ。世間話をしていたら、川尻が寂れた話になり、家が売れない話になる。「負け惜しみじゃないけれど、主人と話すの。家なんか持ってなくてよかったねと……ほほほほ」
笑い事じゃない。こっちの身にもなってくれ。
いいこともあった。儂が熊本の妻の高校の同級生に喪中葉書を出し、そこに熊本へ行くことを書いておいたのだが、その人がもう一人の同級生に連絡してくれて、玄関にその人の連絡先の紙を張っておいてくれたのだ。電話して近況報告する。必ず同級生と二人、出雲へ行くと約束してくれる。
11月29日
今日はため息なんかついていられない。根性を入れて、応急修理と出雲へ持ち帰る物の整理をしないといけない。市電で熊本駅へ出て、JRで川尻駅の隣の富合駅へ。ナフコ富合店で窓を塞ぐビニールや養生テープを買って、川尻へまたJRで戻る。

(12畳半の2階座敷)
夏休みには全員ここで雑魚寝。子供たちの声が蘇り、布袋様のような大きな体を揺すって笑う義母の姿が浮かび上がる。一心不乱、サッシ窓の応急修理に精を出す。明日、出雲に帰るから、ため息をついている暇もない。
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窓の外からカバーにしていたベニヤを起こして紐で固定。内からはテーブルクロス用のビニールを張って雨風を防ぐ。
近所の「〇〇のおっちゃん」は妻の友人で、儂も熊本へ行った時は家族ぐるみで遊んでいた。その人が昨日の妻の友人との仲立ちをしてくれていて、今日は妻の小中の友人の、儂も知っている女性を引っ張り出して来る。昼は三人でそばを食う。有難いことだ。肥後もっこすで今は鴨撃ちで忙しいらしい。この家に興味を持っている人を連れて来て、今度家の中を見せると言ってくれた。でも、難しいと……。
そうこうしていると、不動産屋が検分に来る。いい柱や材木が使ってあると感心していたが、多分、古材としては売れないだろうと言う。昔は古民家の古材がブームだったが、今、熊本には古材が溢れかえっていると言う。震災で倒壊した家や、解体した家から山のように吐き出されたからだ。
古材を売ることなど考えないで、解体して更地にするしかないようだ。

風呂場のヒビもすごい。

階下の義母のベッドのある部屋の壁に子供たちが描いた絵が残っていた。色あせて消えかかっていた。娘が4、5歳の頃のもののようだ。
部屋を整理していたらアルバムが出て来る。妻の19か20くらいの写真も出て来る。きりっと前を向いて行進する写真。「ここに、未来が見えていない人がいる」ふと、そう思った。30年先のことは誰も分からないが、若い人だと残酷に思えてならない。
今回は最低限のことをした。もう一度来ないといけないだろう。
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