3月15日(日)
14時に前日入院。この日は忙しく、朝、マルコを散歩させ、8時半には娘宅へマルコを預ける。(マルコは夕方娘がペットショップに預けに行く)9時過ぎに荒神谷博物館へ。毎月の「風土記談義」の場をかりて「戦国を旅した男 石見岩山城主多湖辰敬」の宣伝をさせてもらう。その後、コンビニでパン買って食べてから、平田の総合医療センターに入院。


3月16日(月)
朝から絶食。本当なら朝一から手術だったが、順番が変わって2番目になり12時過ぎから手術。11時に付き添いの娘が来て、全身麻酔の説明を受けてからサインして手術。手術室に入って「手術を始めます」と、言われて、マスクを当てられたら、次に声をかけられて目を覚ました時には終わっていた。2時間半を完全にタイムワープしていた。こんな感覚は初めてで不思議な感じがした。
すぐに病室に戻り、付き添いの娘とバイバイしたら後は寝ているだけ。医療の進歩に感心していたらそこからが地獄だった。左手には点滴。両足には弾性ストッキングをはかされ、ブーンブーンと締め付けられ、導尿のカテーテルは手術中につけられたままで、右の人差し指にも洗濯ばさみみたいな計測器具をつけられ、自由に身動きできなくなっていたのだ。
ただ寝ているしかない。横にもなれず、もちろん寝返りも打てない。腹腔鏡手術で開腹はしてないが、腹膜を切って剥がしたりしているので、耐えられないほどではないが多少の痛みはある。動こうとすると痛みと言うほどではないが鈍痛がある。気を紛らわせようとチャンネルを取ってTVを点けるのも一苦労。軽い吐き気もする。カテーテルも初めての経験で違和感がたまらん。トイレに行ければいいのだが、トイレに行かなくてもいいようにカテーテルをしているわけで、1時間仰向けになっていただけで背中が痛くなる。吐き気止めを出してもらう。18時にロールパンとバナナとミルクの夕食が出るが半分しか食べられない。後は翌朝8時の朝食まで寝たきり。ベッドで上半身を上げたり下げたりしているだけ。一睡もできず。

3月17日(火)
朝食前に頼んで、点滴、カテーテル等全部を外してもらう。体はパンパンに張って、両肩も固く強張りひどく痛むので湿布を出してもらって張る。痛み止めも出してもらったら、昼前には吐き気はなくなり、痛みも和らぎ、歩くのも楽になる。午後にはこの調子ならと、明日の退院を決めるが、帰宅してすぐ昼ごはんの用意が嫌なので、病院で昼ご飯を食べて14時退院を決める。

3月18日(水)
朝、臍に詰めてあった綿を取る。目が悪いこともあって、はじめはどこに傷があるか分からなかったが、よく見ると臍から下に向かって小さな傷あり。臍の中にも傷らしきものあり。ここからカメラが入ったのだろう。その両脇に臍から7㎝ぐらい離れたところに傷口あり。ここから左右の鉗子を入れてカメラで見ながら手術をしたのだろう。
次回術後初回外来は4月2日。それまで入浴は不可。シャワー。
午後から雨。14時前に退院。
マルコを迎えに行く。マルコ、大喜び。雨が降っていたので出雲ドームまで行って、早速マルコの散歩。その後、イオンへ行って、夕食の買い物。すべて総菜。冷凍の御飯をチンして、即席沖縄もずくスープで夕食をすます。

 いま私の臍はひたすら痒い。

ところで明日は2時から「春のお彼岸説教」がある。
6時半からは出雲市民会館で出雲演劇鑑賞会で「等伯ー反骨の画聖ー」がある。私が好きな安土桃山時代の画家長谷川等伯の芝居だ。どうしよう、行けるか行けないか。どちらか一つでも出るのか。悩む。