11月17日~18日、今年も妙心寺の本山参りに行く。今年で3回目。コロナで三年中止だったので、本当なら6回目で、去年5回目の表彰されていたのに未だ表彰されず。京都は好天。17日は23℃もあった。到着した日は妙心寺の法堂(はっとう)が公開されていたので拝観。6年前、初めて来た時、特別に見学させてもらえたが今回は解説あり。有名な狩野探幽の龍の天井絵と再会。名人の手になる古さびた大きな龍に見下ろされると、ここで学ぶ僧侶たちもさぞ身が引き締まったことと思う。
PXL_20241117_055221601PXL_20241117_055314062
法堂入り口。           屋根の四隅の鬼瓦。
PXL_20241117_055510037.PORTRAITPXL_20241117_055428686
法堂の屋根のこの方角だけ鬼瓦ではなく龍の瓦になっている。
PXL_20241117_085401508
その夜の花園会館(妙心寺に隣接する宿泊施設)の夕食。
椅子に「お肉、天ぷら、✖」とあるのが分かるだろうか。これ、私の席。こういう席で一番困るのが脂質が高い油っぽいものや酒を止められている私である。いつも刺身と煮物を食ったらもう食うものがなくて往生していた。そこで今回は要望欄に肉や天ぷらなど抜いて刺身二人前と煮物二人前でもいいからと注文しておいたら、なんとちゃんと対応してくれて、天ぷらのかわりに立派な煮物、鍋は肉の代わりに鱧を入れてくれた。同部屋で相席した二人も初対面だったが一人は同じ歳でとてもいい人たちで、家も近く、すっかり仲良くなり、久しぶりに楽しく過ごせた。
翌18日朝、本山参り。私は三回忌の妻と父と祖父の供養をしてもらう。
その後は滋賀県大津の石山寺を見物して出雲に戻る。京都を横切って大津までは一時間もかからなかったと思う。
PXL_20241118_013232107PXL_20241118_013329832
石山寺の東大門
東大門を入るとすぐ紅葉だが色づくのが遅く。まだ緑がいっぱい残っている。
PXL_20241118_013709691PXL_20241118_014239328PXL_20241118_014330180
左)急な階段を上って境内へ。
中)これだけ上がっただけで紅葉していた。
右)さらに上がって本堂へ。
PXL_20241118_014612550PXL_20241118_014602714
本堂脇に紫式部源氏の間がある。二間続きの部屋で紫式部が参篭(さんろう)して源氏物語の着想を得たと伝えられている。紫式部は石山寺で「明石」と「須磨」の二帖を執筆したと言われていて、執筆中の紫式部の人形が置いてあるが、参篭はしてもこの部屋で書いたかどうか私は疑問に思う。『光る君』ブームで観光客多し。NHKとタイアップして『大河ドラマ館』をやっていたが、私は『光る君へ』を見てないのでパスする。
PXL_20241118_014936372PXL_20241118_015004068
さらに山登って多宝塔へ。
PXL_20241118_015108853PXL_20241118_015844348
左)多宝塔の横から見下ろした瀬田川。向こうが琵琶湖。琵琶湖から流れ出た水が瀬田川となって下り宇治川となる。
右)紫式部像を見て石山を下りる。いつ誰が作ったのかガイドが説明しなかったので私も敢えて聞かなかった。この後は石山寺の前で昼食を摂り、出雲を目指して帰る。
PXL_20241118_035812690
出雲を目指して帰る途中、京滋バイパスから見た巨椋(おぐら)の田園風景。昔はここら辺り一帯は巨椋池と言う広大な池があったのだが、戦前に干拓されてしまって池が消えてしまった。時代小説を読んだり書いたりしていて一番困るのは、この巨椋池の存在である。戦後生まれは誰も見た人はいない。京都盆地の南の低地に宇治川が流れ込み、西は北から桂川、南からは木津川、その他中小の川が流れ込み、集まった水は淀川となって下って行くと説明しても、現在の景色からは幾ら想像しようとしてもどうにもイメージが湧いて来ないのである。昔は漁師もいれば水上交通も盛んだったそうだ。秀吉が伏見城を築いてから長大な堤を築き、その後も次々と堤が築かれ池も風景も変わっていったらしい。
ところが干拓もすっかり終わった昭和30年代に宇治川が氾濫して大水害が起きてしまい、宇治川上流に天ケ瀬ダムを築いた。それが昭和38年。その翌年、私が高校2年京都に修学旅行に行った時、自由行動の一日があり、なぜか数人の友人と出来たばかりの天ケ瀬ダムを見に行った。なぜ京都まで来てダムを見に行ったのか謎だ。クラスの女の子たちと京巡りした男子もいたのに、なぜ男ばかりで。77歳になって、そんなことを思い出した。
出雲の出発地であるお寺に着いたのが19時。雨がしょぼ降り、真っ暗で寒かった。その足でペットショップに預けていたマルコを引き取りに行く。
帰宅して、やけに寒いな、スース―するなと思っていたら、カーテンがふわり。廊下のガラス窓が一枚開いていた。慌てて通帳の隠し場所を見に行くが無事。誰かに侵入された気配はなくほっと胸をなでおろす。網戸があってレースのカーテンがあり、廊下の障子を閉めていたので、ガラス窓が開いていることに誰も気がつかなかったのだろう。そもそも新聞配達と郵便配達の他は誰も来ないのだ。ま、それにしても田舎だ。二日、廊下の窓が開いていても平安無事。本山参りのお蔭かな。