だいぶ前の記事で私はおツルさんの世話をしているお婆さんが入院しているのではないかと書いたが、ある日の夕方、マルコの散歩の帰りに川の側でばったりとお婆さんに会った。思わず「退院されましたか」と言ったら、「はあ?私は元気ですけど」と言われてしまった。いつも夕方5時半頃にはおツルさんに橋の袂の定位置で餌をやっていると言う。

それが一ヶ月以上も前の48日のこと。
私は夕食を作る時間があるのでその頃は犬の散歩は4時から5時の間にすませていたから5時半に現れるお婆さんにはすれ違いで会えなかっただけのことだったのだ。分かってみればアホみたいな理由だ。それを早とちりして病人にしてしまって申し訳ないことをしてしまった。
たまたまその日はお婆さんが早く出て来て、私の犬散歩がいつもより遅かったので会えたのだ。久しぶりに会ったので話が弾む。お婆さんはそろそろおツルさんは7月頃までは定位置に現れなくなると言う。なぜなら中学校の校庭でテニスボールを集めて温めるからなのだそうだ。以前、誰かがそのボールを処分してしまったらおツルさんがパニックを起こしたこともあったそうだ。今はどこで温めているかわからないがきっと中学校の近くのどこかでテニスボールを集めて温めているに違いないと言う。
不思議なことに毎年、7月7日~9日を過ぎると必ずまた5時半ごろにはこの場所へ戻って来るのだそうだ。
その話を聞いてから1ヶ月以上になるが、お婆さんの言葉通り、おツルさんは夕方には段々現れなくなり今や朝夕は中学校の近くの麦畑や土手などに出没している。
私は朝夕中学校の近くへ犬散歩するので殆ど毎日のように餌をやっているのだが、近ごろやたらおツルさんが座り込む場面に出くわしていた。時には座ったまま翼を丸めてヒナをくるむような格好をする。それ以前からもたまに座りこむことがあってどうしたのだろうと思っていたのだが、お婆さんの話でようやく納得が行った次第である。
PXL_20240430_221113711
お婆さんが言うにはこのおツルさんは30年も前からここに住み着いたようだが、どうやら鹿児島の出水で越冬する鶴だったようだ。いつからテニスボールを抱くようになったのかは分からないが、毎年、季節になったら本能と言うか、習性と言うか、遺伝子の命令なのか、テニスボールを抱き続けるおツルさんが哀れに思えてならない。一度でも本物の卵を抱いたことがあるのだろうか?
本物の卵を抱いたこともなくテニスボールを抱くのも哀れだが、もしかして一度でも卵を産み孵したことがあったとしたなら、それもまた哀れな話であるが、実はこのおツルさん、おばあさんにもオスかメスかわからないのである。おばさんはツルはオスも卵を温めるのでオスではないかと言っていた。
そう思うと会えない日もあるが顔を合わせる度に、齢も性別も分からないのだけど決して若さは感じない顔が愛おしくてならない。どんな鶴の人生を歩んで来たのか。

おばあさんとの出会いはお婆さん夫婦が引っ越して来た十数年前になると言う。

その頃、住まいの前の川には4羽の白鳥一家がいて、一家と一緒におツルさんもいたのだそうだ。夫婦は毎日白鳥一家とおツルさんを見物していたところ、何を思ったのかおツルさんが川から上がって来たのだそうだ。その時、お婆さんはふと餌をやれば食べるのではないかと思って餌やりを始めたのだそうである。

その後、御主人が亡くなり、えさやりは10年以上になる。数年前までは朝夕やっていたのだが、さすがに朝が辛くなり、「ごめんね、私も齢で朝は辛くなったので、朝はどこかで誰かに貰ってちょうだい」と言って、今は夕方だけに餌

やりをしていると言う。

だから朝、私が餌をやり元気でいると報告するととても喜ぶ。毎夕方会えない日もあるので今では餌をやった日は小石を所定の場所に置いて教えることにしている。七夕を過ぎて戻って来たらおばあさんと二人で餌をやることができるだろう。

ところで我が家に毎年来る鴨のカップル。
PXL_20240427_014410278PXL_20240425_235943536
毎年、必ず卵を一個だけ産むが温めたことはない。産みっぱなしである。