2月9日マミイを大社うらら館で見る。感想が遅れたのには訳がある。実は見る前から今回の舞台には気乗りがしていなかったのである。というのも題名から分かるようにこの作品は「母」をテーマにしたものである。女優熊谷真美(今は60代)の母親の実話をもとに作られたのだ。熊谷真美という女優は昔NHKの朝ドラ(マー姉ちゃん)で有名になった人で劇作家のつかこうへいと結婚したがすぐに離婚した人と言うぐらいの認識しかなくて、内心、そんな人の母の話なんてなあと思っていたのだ。
それに加えて、もう一つ気乗りしない理由があった。次回作品が何と「音楽劇 母さん」♪サトウハチローの詩と母の物語♪と言うではないか。「何だよ、二回続けて母物かよ」と文句の一つも言いたくなる気持ちは分かって頂きたい。だからと言って見なければ返金してくれるかと言うと、そこが会費制の鑑賞会の決まりで返金はしてくれないのだ。
9日の朝、近所の同じ鑑賞会のサークルの奥さんと顔を合わせた時、「昨日見たAさんがとても面白いと言ってましたよ」と教えてくれた。うちの近所で鑑賞会に入っているのは、私とこの二人の奥さんの三人だけなのである。Aさんは50代で私ともう一人は団塊世代の70代。Aさんが面白いと言ったのだから面白いのかもしれないと気を取り直して見に行った。
15年前に蒸発して音沙汰なかった夫(モロ師岡)が突然戻って来る。15年もの間、残された義母を支え、娘と息子を育て上げた妻の咲(サキ・熊谷真美)と家族の愛憎こもごものドラマが展開するのだが、異色なのはこの咲なる女性のキャラクターなのである。底抜けに明かるく苦労を苦労とも思わずたくましく生きて来た女だった。実母でさえ拒否する夫を受け入れようとする。そんな母を子供たちでさえ呆れ、怒る。
そのギャップが笑いを生み、全編、笑わせてくれるのだ。たしかに笑わせてくれる話なのだが、ラストも秀逸だったが、なにしろ初めから偏見を持っていたものだからこのドラマをもう少し深く考えてみようと言う気にならなかった。
ところが、10日の朝、犬の散歩に出たら偶然犬の散歩に出たAさんと出会う。開口一番Aさん「どうでした、昨日のお芝居」私も当たり障りなく「はあ、面白かったです」と答えたら、「でしょう、私、つぼにはまっちゃって、ずっと笑い通しで、面白くて、面白くって、ほほほ」と笑い転げながら犬に引っ張られて行ってしまった。
私は呆気に取られたように見送った。そして犬の散歩をしながら考えた。「どうしてあの奥さんにはあんなにうけたのだろう」と。答えは簡単だった。「主婦だから」なのだ。あの作品には主婦だから分かる。主婦だから共感できる。主婦だから泣きたくなる。主婦の琴線に触れる場面が随所にちりばめられていたことに気がついたのだ。その中でも忘れられなかったのは咲の「笑わなければ生きて行けなかった」というセリフだった。このセリフだけはずっと心に残っていたのだ。そして、Aさんの言葉でこのセリフこそが世の主婦ならば誰でもいつかどこかでふっと口にしないではいられない言葉だったのではないかと思ったのだ。これは外で働く男のセリフではない。家庭の中にいることが当たり前と思われ、家庭を守ることを期待された主婦が必死に生きた証のせりふだったのだ。
だからAさんをはじめ多くの主婦たちの共感を得たのだ。
彼女は蒸発した夫が送って来た離婚届に判を捺さなかった。離縁すれば夫の借金からは逃れられるのに離婚せず、働いて夫の借金まで返済したのだ。本当に笑わなければやってられない人生だったと思う。
阿保みたいに明るい、能天気な母親だとばかり思っていた子供たちも初めて母の辛さを知る。咲も自分が余りにも頑張ったために母子の間を逆に遠ざけてしまっていたことを知る。夫も本当は泣いて土下座をして謝りたかったが、借金まで返してくれた妻の前に帰りたくても帰れなかったことが分かる。
こうして夫は15年ぶりに戻ったが、ここからが秀逸だった。
夫が家に戻るのと入れ替わるように咲は家を出るのだ。今度は自分が一人で今度こそ自分の人生を生きると宣言して。娘の妊娠が分かって子供が出来ていることも分かると、
「この家にはもうおばあちゃん(義母)がいるから、孫には私のことはマミイと呼んで」
遠く離れた植物園で咲は働く。毎年息子が半ば義務化したようにくれたカーネーションを枯らすことなくいまだに育て続けて来たのとは違う、純粋に花を育てる喜びに浸る第二の人生に踏み出すのだ。
これも家庭の主婦には共感を得たのだろう。
熊谷真美の母親が本当にこのような第二の人生を歩んだのかどうかは知らない。この部分は創作(作:田村孝裕)かもしれないが昭和の話が令和の話にうまくつながったと思う。
近所の奥さんのお陰で結果的にいいお芝居を見ることが出来た。今ではつぎの「音楽劇母さん」もどんなお母さんが描かれるのか楽しみしている私なのである。
それに加えて、もう一つ気乗りしない理由があった。次回作品が何と「音楽劇 母さん」♪サトウハチローの詩と母の物語♪と言うではないか。「何だよ、二回続けて母物かよ」と文句の一つも言いたくなる気持ちは分かって頂きたい。だからと言って見なければ返金してくれるかと言うと、そこが会費制の鑑賞会の決まりで返金はしてくれないのだ。
9日の朝、近所の同じ鑑賞会のサークルの奥さんと顔を合わせた時、「昨日見たAさんがとても面白いと言ってましたよ」と教えてくれた。うちの近所で鑑賞会に入っているのは、私とこの二人の奥さんの三人だけなのである。Aさんは50代で私ともう一人は団塊世代の70代。Aさんが面白いと言ったのだから面白いのかもしれないと気を取り直して見に行った。
15年前に蒸発して音沙汰なかった夫(モロ師岡)が突然戻って来る。15年もの間、残された義母を支え、娘と息子を育て上げた妻の咲(サキ・熊谷真美)と家族の愛憎こもごものドラマが展開するのだが、異色なのはこの咲なる女性のキャラクターなのである。底抜けに明かるく苦労を苦労とも思わずたくましく生きて来た女だった。実母でさえ拒否する夫を受け入れようとする。そんな母を子供たちでさえ呆れ、怒る。
そのギャップが笑いを生み、全編、笑わせてくれるのだ。たしかに笑わせてくれる話なのだが、ラストも秀逸だったが、なにしろ初めから偏見を持っていたものだからこのドラマをもう少し深く考えてみようと言う気にならなかった。
ところが、10日の朝、犬の散歩に出たら偶然犬の散歩に出たAさんと出会う。開口一番Aさん「どうでした、昨日のお芝居」私も当たり障りなく「はあ、面白かったです」と答えたら、「でしょう、私、つぼにはまっちゃって、ずっと笑い通しで、面白くて、面白くって、ほほほ」と笑い転げながら犬に引っ張られて行ってしまった。
私は呆気に取られたように見送った。そして犬の散歩をしながら考えた。「どうしてあの奥さんにはあんなにうけたのだろう」と。答えは簡単だった。「主婦だから」なのだ。あの作品には主婦だから分かる。主婦だから共感できる。主婦だから泣きたくなる。主婦の琴線に触れる場面が随所にちりばめられていたことに気がついたのだ。その中でも忘れられなかったのは咲の「笑わなければ生きて行けなかった」というセリフだった。このセリフだけはずっと心に残っていたのだ。そして、Aさんの言葉でこのセリフこそが世の主婦ならば誰でもいつかどこかでふっと口にしないではいられない言葉だったのではないかと思ったのだ。これは外で働く男のセリフではない。家庭の中にいることが当たり前と思われ、家庭を守ることを期待された主婦が必死に生きた証のせりふだったのだ。
だからAさんをはじめ多くの主婦たちの共感を得たのだ。
彼女は蒸発した夫が送って来た離婚届に判を捺さなかった。離縁すれば夫の借金からは逃れられるのに離婚せず、働いて夫の借金まで返済したのだ。本当に笑わなければやってられない人生だったと思う。
阿保みたいに明るい、能天気な母親だとばかり思っていた子供たちも初めて母の辛さを知る。咲も自分が余りにも頑張ったために母子の間を逆に遠ざけてしまっていたことを知る。夫も本当は泣いて土下座をして謝りたかったが、借金まで返してくれた妻の前に帰りたくても帰れなかったことが分かる。
こうして夫は15年ぶりに戻ったが、ここからが秀逸だった。
夫が家に戻るのと入れ替わるように咲は家を出るのだ。今度は自分が一人で今度こそ自分の人生を生きると宣言して。娘の妊娠が分かって子供が出来ていることも分かると、
「この家にはもうおばあちゃん(義母)がいるから、孫には私のことはマミイと呼んで」
遠く離れた植物園で咲は働く。毎年息子が半ば義務化したようにくれたカーネーションを枯らすことなくいまだに育て続けて来たのとは違う、純粋に花を育てる喜びに浸る第二の人生に踏み出すのだ。
これも家庭の主婦には共感を得たのだろう。
熊谷真美の母親が本当にこのような第二の人生を歩んだのかどうかは知らない。この部分は創作(作:田村孝裕)かもしれないが昭和の話が令和の話にうまくつながったと思う。
近所の奥さんのお陰で結果的にいいお芝居を見ることが出来た。今ではつぎの「音楽劇母さん」もどんなお母さんが描かれるのか楽しみしている私なのである。
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