中海の赤貝について続報が入った。教えてくれたのは私の娘。出産のために2ヶ月入院していた娘はただひたすら安静にしていなければならず暇を持て余していた。一日中、山陰新報のデジタル版をスマホで隅から隅まで読んでいて中海の赤貝についての記事を読んだことを思い出して教えてくれたのである。私も山陰新報はとっているが訃報欄しか見ない。ニュースはほとんどネットかTVなので気がつかなかった。
中海の赤貝についての歴史がよくわかるので記事を要約して紹介する。
時は昭和に戻る。食料増産をはかるために戦後日本は湖の干拓・淡水化をすすめた。有名なのは秋田の八郎潟である。中海も干拓・淡水化事業に乗り出した。小さい湖では私が書いている「多胡辰敬」の居城岩山城の麓の波根湖も戦後干拓され、今では昔そこに湖があったことなど分からなくなっている。
1955年(昭和30年)頃には、赤貝は1600トンもの出荷があったそうだ。昔は随分獲れていたことが分かる。
1963年(昭和38年)中海干拓・淡水化に着手。
1973年(昭和48年)までに、事業に伴い中海での漁業権は消滅した。
1976年(昭和51年)以後、水質悪化で赤貝は急減する。
1977年(昭和52年)を最後に漁獲の記録はなくなる。
ところがその後の食糧事情の変化で米を作っても売れない時代になった。
環境意識が高まり水質環境の悪化が問題となる。
2002年(平成14年)干拓・淡水化の中止が決定する。
その後、県や漁業者が赤貝の稚貝を放流するが、水中の酸素が少なくなる貧酸素水化や食害で育たず。
2012年(平成24年)県水産技術センターが試験養殖を開始。赤貝を籠に入れて海中につるす方法で養殖し60キロを生産。
2013年(平成25年)には約1.5トンに伸ばす。
その後、年々出荷量を増やす。
2023年(令和5年)9月1日、島根県は養殖技術が確立し、生業(なりわい)として成り立つと判断して、中海の19区画に漁業権を認めた。
漁業権消滅後も、県は希望する漁業者に漁具や区域を制限したうえで漁を許可して来た。
漁業権は漁協が自主的なルールを設けて管理する仕組みになっている。養殖するには漁業権の設定が必要になるのだ。
しかし、一方の中海漁協では担い手の減少が続いている。
組合員は310人でピーク時の5分の1程度に縮小。高齢化も進み中心は60~70代となっている。
今年(2023年)は試験養殖開始以降最高の10トンの出荷量をめざしているそうだ。
これで中海の赤貝が細々と出回っている事情は分かった。
これからは正式に赤貝復活を目指している。喜ばしいことだが最盛期の1600トンからくらべたら160分の1である。出雲のスーパーにも地元中海の赤貝が並ぶようになってほしいものだ。
欲を言えば、この復活赤貝が昔の赤貝と比べて味はどうなのか、大きさはどうなのかがわかるといいのだがまずは漁獲量の回復だろう。小さいと言う人もいれば、大きいと言う人もいる。これは個人個人で赤貝に対しての思入れが違うからだろう。
宍道湖のシジミ漁は普通に見ることが出来る。いつか中海の赤貝漁を見たいものだ。
中海の赤貝についての歴史がよくわかるので記事を要約して紹介する。
時は昭和に戻る。食料増産をはかるために戦後日本は湖の干拓・淡水化をすすめた。有名なのは秋田の八郎潟である。中海も干拓・淡水化事業に乗り出した。小さい湖では私が書いている「多胡辰敬」の居城岩山城の麓の波根湖も戦後干拓され、今では昔そこに湖があったことなど分からなくなっている。
1955年(昭和30年)頃には、赤貝は1600トンもの出荷があったそうだ。昔は随分獲れていたことが分かる。
1963年(昭和38年)中海干拓・淡水化に着手。
1973年(昭和48年)までに、事業に伴い中海での漁業権は消滅した。
1976年(昭和51年)以後、水質悪化で赤貝は急減する。
1977年(昭和52年)を最後に漁獲の記録はなくなる。
ところがその後の食糧事情の変化で米を作っても売れない時代になった。
環境意識が高まり水質環境の悪化が問題となる。
2002年(平成14年)干拓・淡水化の中止が決定する。
その後、県や漁業者が赤貝の稚貝を放流するが、水中の酸素が少なくなる貧酸素水化や食害で育たず。
2012年(平成24年)県水産技術センターが試験養殖を開始。赤貝を籠に入れて海中につるす方法で養殖し60キロを生産。
2013年(平成25年)には約1.5トンに伸ばす。
その後、年々出荷量を増やす。
2023年(令和5年)9月1日、島根県は養殖技術が確立し、生業(なりわい)として成り立つと判断して、中海の19区画に漁業権を認めた。
漁業権消滅後も、県は希望する漁業者に漁具や区域を制限したうえで漁を許可して来た。
漁業権は漁協が自主的なルールを設けて管理する仕組みになっている。養殖するには漁業権の設定が必要になるのだ。
しかし、一方の中海漁協では担い手の減少が続いている。
組合員は310人でピーク時の5分の1程度に縮小。高齢化も進み中心は60~70代となっている。
今年(2023年)は試験養殖開始以降最高の10トンの出荷量をめざしているそうだ。
これで中海の赤貝が細々と出回っている事情は分かった。
これからは正式に赤貝復活を目指している。喜ばしいことだが最盛期の1600トンからくらべたら160分の1である。出雲のスーパーにも地元中海の赤貝が並ぶようになってほしいものだ。
欲を言えば、この復活赤貝が昔の赤貝と比べて味はどうなのか、大きさはどうなのかがわかるといいのだがまずは漁獲量の回復だろう。小さいと言う人もいれば、大きいと言う人もいる。これは個人個人で赤貝に対しての思入れが違うからだろう。
宍道湖のシジミ漁は普通に見ることが出来る。いつか中海の赤貝漁を見たいものだ。
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