今日、隣保で3回目のお葬式が終った。4月12日に隣保で2番目の長老のお葬式をし、5月15日に隣保の最長老のお葬式をし、今日5月24日に77歳のOさん(男性)のお葬式を済ませたところである。隣保で1ヶ月半の間に3つのお葬式はみな初めての経験。私は5月15日の葬儀では「つぼかき」をしていて、墓掃除をしている時に「Oさん、危ないらしいよ」と聞いてはいた。癌で入院して余命宣告をうけていたことは知っていたので「もしかしたら、また葬式かも知れないねえ」と言っていたら、本当にその通りになってしまった。
打ち合わせに12軒が集まったが、今回は若い人は一人も顔を出さず。これ以上会社を休むのは不可能なのだ。年寄りばかりが口には出さないが参ったなあと疲れた顔を突き合わせる。年寄りと言ってもブドウ農家は一番忙しい時期だし、コンクリートを打たなければならない人もいるし、二人は病院に検査の予約が入っているし、もう一人は奥さんを病院に連れて行かねばならない。私も妻の葬儀のアルバムを一年がかりで作っていて、その最後の打ち合わせを写真屋とする予定が入っていた。
救いは4月12日には葬祭会館の「香典受付」、5月15日には一番大変な「つぼかき」をしていたので、今回は黙っていても「張場」に座って香典の受付をするだけの楽な役割になるはずだったのであるが、何と今回は全員が「張場」。「香典受付」も「つぼかき」もなし。
どうしてこうなったかと言うと、故人は独身で家族がなかったので親戚が喪主となったのだが、その人が葬儀のすべてを葬儀社に任せたのである。「香典受付」も「つぼかき」もすべて葬儀社がやるので、「張場」だけをやって欲しいと言われたのだ。私が見るに正直みんなほっとしたように見えた。隣保のお手伝いもこれだけ続くとさすがにみんなくたびれ切っていたのである。
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5月15日「つぼかき」をしていた時の写真。左上(かまぼこ・野焼き)、右上(醤油をかけた豆腐)
下(煮しめ)を肴に日本酒。墓掃除の途中に女性が運んで来る。つぼかき二人は墓の裏で酒を一杯やるのだが、炎天下、私のような酒の飲めない者は嬉しくともなんともない。一昔前にはこの酒にありつきたくて「つぼかき」の手伝いをしに来る酒好きがいたそうだが、昨今そんな人はいないし、「つぼかき」をいまだにやっているのは我が隣保ぐらいなものではなかろうか。今ではみんな葬儀社にまかせているのだ。
思いがけず旧習を守る我が隣保も葬儀社に任せたらいかに楽かを身をもって知ったかたちになったのだが、大いに問題になったことが一つ。
それは今日が友引だったことである。
「嫌だわ、友引に葬式なんて」女性陣は嫌がったが、喪主はサラリーマンで忙しい人だから意に介せず進めてしまったのである。農協の葬儀部は友引は公休日にして葬儀を扱わないようになっているが、民間の業者は友引でも葬儀をするのだそうだ。今日も出雲では4件の葬儀があったそうだ。
すべてを葬儀社に任せたが、いつまでたっても墓は草ぼうぼうだし、庭も草だらけ。葬儀社はやると言ったんだからやるからほっておけばいいと皆が言うのに、見かねた畑先生は「見ておれん」と言って葬家の庭掃除に出て行った。この畑先生が男の最長老になった。最年長は95歳の私の母である。