3時間の同期会が終わったら、6階から3階のカラオケルームへ移ってのクラス会。同期会には出ないで、クラス会からの出席者が3名いて、男子12名、女子2名の14名になった。学年の最多出席数である。
ここでまた3時間の歓談はカラオケをする訳ではないのでさすがに長過ぎないかと危惧したKSさんが、
今年翻訳出版したⅠ君、3年前に論文集を出版したYSさん、そして去年「多胡辰敬」を出版した私の三人に一人20分のミニ講演会を提案してくれたので、協力することになった。それはいいのだが、I君はニュージーランドの大学で30年日本語を教えていた歴とした大学教授。KSさんは文学博士で6つの大学で講師歴があり、講義や講演には慣れているが、私は人前で講義も講演もしたことがない。いくら級友相手でもびびってしまい、最後におまけのようにちょこっとやらせてもらうことにした。
トップバッターはⅠ君。
『1918年のインフルエンザパンデミック・ニュージーランドの経験から学ぶ』の紹介。


これは1918年にニュージーランドでインフルエンザが猛威を振るった時の対策を、コロナ対策などに活かそうと翻訳したもの。


左)Encounters between New Zealand and Japan
これは両国の出会いを寄せた文集でI君が30人の文章を日本で一人でまとめた文集。もちろん英語なので私には読めない。
右)『明治時代のお雇いドイツ人教師であった二人のデルブリュック(兄弟)の日本遠征中の書簡集(1887年~1889年)
これはドイツ語の翻訳である。
彼は初めは東北大学の理学部へ行き、大学院は広島大学で180度違う歴史を学んで、ニュージーランドへ留学。ニュージーランドやオーストラリアで学び続け、ニュージーランドで大学教授になるチャンスを得たと言う。みんな、その破天荒な経歴に驚いていた。だが、彼は一つだけ言わないことがあった。それは受勲していたことである。日本とニュージーランドの交流に尽くしたので勲章をもらっているのだ。もちろんクラスでは彼一人である。そういう床しいところがある男なのだ。
二番目はYSさん。
演題は「源氏物語」と現代。
明治以降、現代に至る〈近代社会〉と呼ばれる歴史的時間の中で私たちの何が失われたのかをわかりやすく話してくれた。

この論文集からの引用もあったのだが、私はクラス会の前にこの本の存在を知ったので、少しだけ読んでいた。書下ろしも含めて15本の論文が収まっているから読みごたえはある。鼠径ヘルニアの手術を受け、予後が思わしくなくて相変わらず進度は遅いが読み通そうと思っている。
書名がいい。『少女たちの〈居場所〉』
帯がいい。「大人になるのは嫌やなこと」(「たけくらべ」)
この声のゆくえを日本文学の中に探る。
少女について、この社会が擁する言葉は実に少ない。だから少女は、憂鬱の宝庫である。(「あとがきより」)
YSさんは始める前に自分の子供時代のことを語った。この本を読んでいた私は、彼女は子供の時から「居場所」のない人だったことを知った。途端にこの本が身近なものになった。少しでも読んでいてよかったと思った。
高校時代、サッカー馬鹿だった私は源氏物語は教科書しか読んでいなかった。みんな、結構読んでいて質問したり、疑問を投げかけたりしていた。私たちの友達はみな優秀だったのだと思った。
そして、最後は私。内容紹介を作っていたので、それを補足する形で私に関する限り、難しい話は一切なし。嬉しかったのはその後だった。なんとKSさんは私たち三人のために寄せ書きを用意していて、みんなに回してくれたのだ。何という心遣いだろう。嬉しかった。KSさんをはじめみんなにありがとうと頭を下げた。
出雲に戻ったら、真っ先に仏壇に供えた。そして妻の位牌に報告した。

「どうだ、いいクラスだろう」と。
ここでまた3時間の歓談はカラオケをする訳ではないのでさすがに長過ぎないかと危惧したKSさんが、
今年翻訳出版したⅠ君、3年前に論文集を出版したYSさん、そして去年「多胡辰敬」を出版した私の三人に一人20分のミニ講演会を提案してくれたので、協力することになった。それはいいのだが、I君はニュージーランドの大学で30年日本語を教えていた歴とした大学教授。KSさんは文学博士で6つの大学で講師歴があり、講義や講演には慣れているが、私は人前で講義も講演もしたことがない。いくら級友相手でもびびってしまい、最後におまけのようにちょこっとやらせてもらうことにした。
トップバッターはⅠ君。
『1918年のインフルエンザパンデミック・ニュージーランドの経験から学ぶ』の紹介。


これは1918年にニュージーランドでインフルエンザが猛威を振るった時の対策を、コロナ対策などに活かそうと翻訳したもの。


左)Encounters between New Zealand and Japan
これは両国の出会いを寄せた文集でI君が30人の文章を日本で一人でまとめた文集。もちろん英語なので私には読めない。
右)『明治時代のお雇いドイツ人教師であった二人のデルブリュック(兄弟)の日本遠征中の書簡集(1887年~1889年)
これはドイツ語の翻訳である。
彼は初めは東北大学の理学部へ行き、大学院は広島大学で180度違う歴史を学んで、ニュージーランドへ留学。ニュージーランドやオーストラリアで学び続け、ニュージーランドで大学教授になるチャンスを得たと言う。みんな、その破天荒な経歴に驚いていた。だが、彼は一つだけ言わないことがあった。それは受勲していたことである。日本とニュージーランドの交流に尽くしたので勲章をもらっているのだ。もちろんクラスでは彼一人である。そういう床しいところがある男なのだ。
二番目はYSさん。
演題は「源氏物語」と現代。
明治以降、現代に至る〈近代社会〉と呼ばれる歴史的時間の中で私たちの何が失われたのかをわかりやすく話してくれた。

この論文集からの引用もあったのだが、私はクラス会の前にこの本の存在を知ったので、少しだけ読んでいた。書下ろしも含めて15本の論文が収まっているから読みごたえはある。鼠径ヘルニアの手術を受け、予後が思わしくなくて相変わらず進度は遅いが読み通そうと思っている。
書名がいい。『少女たちの〈居場所〉』
帯がいい。「大人になるのは嫌やなこと」(「たけくらべ」)
この声のゆくえを日本文学の中に探る。
少女について、この社会が擁する言葉は実に少ない。だから少女は、憂鬱の宝庫である。(「あとがきより」)
YSさんは始める前に自分の子供時代のことを語った。この本を読んでいた私は、彼女は子供の時から「居場所」のない人だったことを知った。途端にこの本が身近なものになった。少しでも読んでいてよかったと思った。
高校時代、サッカー馬鹿だった私は源氏物語は教科書しか読んでいなかった。みんな、結構読んでいて質問したり、疑問を投げかけたりしていた。私たちの友達はみな優秀だったのだと思った。
そして、最後は私。内容紹介を作っていたので、それを補足する形で私に関する限り、難しい話は一切なし。嬉しかったのはその後だった。なんとKSさんは私たち三人のために寄せ書きを用意していて、みんなに回してくれたのだ。何という心遣いだろう。嬉しかった。KSさんをはじめみんなにありがとうと頭を下げた。
出雲に戻ったら、真っ先に仏壇に供えた。そして妻の位牌に報告した。

「どうだ、いいクラスだろう」と。
















