曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2025年12月

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写真では綺麗に写っていたのだが、画像はずいぶんぼやけてしまった。『亡き妻に捧ぐ』の一行を、第一巻を発売した後になって、入れ忘れていたことに気が付く。第一巻を出すのに校正で必死になっていてすっかり失念していたのだ。試し刷りでも気が付かず、第一巻を発売してしまった後になって気が付き、慌てて再度刷り直すのだが、紙書籍の場合は白紙のページを挿入にして一行だけ書き入れる訳にはゆかず、この一行を挿入した全文をPDFにしてもういちど貼り付ける。
私は貼り付けるだけだから楽だけど、紙書籍に約9ヶ月奮闘してくれた後輩はいい迷惑だったと思う。
おかげで、この一行でやり遂げることが出来たと実感する。本当に書き始めた時は、書き上げることができるのかどうか、全く自信がなく、どれくらい時間がかかるのかもわからなかった。書けないままに朽ち果てるのではないかと絶望的になったことも数えきれないくらいあった。
そんな時、私がすることはいつも決まっていた。妻の横に来て、「俺は頑張るぞ」と話しかけることだった。どこまで理解しているか、私が何を書いているのかわかってはいないのだけど、重度の障害でも頑張って生きている妻に約束することで、自分も励まされたのだ。そして、頑張り続ければいつかは必ずできると気を取り直したのである。
介護しながら出版社で書き続けることは無理と一度は筆を折りながら、小説への夢を断ち難く、また介護しながら書く道を選んだ。
あれから12年か13年か。妻が亡くなって4年・・・。
今なら言える。介護する妻がいたから書けたと。妻が懸命に生きる姿が私を励ましていてくれたのだ。いま思う。本当に生きていて欲しかった。どんな姿でも。わかっても分からなくても本を手に取ってほしかった。
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左)試し刷り。表紙の端が切れて白みが出ていた。
右)後輩が綺麗に作り直してくれた。この1㎜2㎜の作業が大変なのだ。
そして、冒頭の『亡き妻に捧ぐ』を挿入してくれた。これは仏壇に供えている。
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1巻に続き、先日、2巻も発売できた。
いま3巻の校正をしている。来年の1月中には全4巻を発売したい。
皆さま、よいお年を。

 明日が赤穂浪士討ち入りの日である。私は数年前、赤穂浪士の討ち入りについて沈黙を通した新井白石について書いて以降、赤穂浪士について触れていないが、白石が沈黙を通した理由をその後も折に触れて思い返してはいた。だがこれと言う結論もなくそのままになっていたのだが、ふと、もし自分が新井白石だったらどう裁いたであろうかと考えたら、意外と簡単にすうっと答えが出たので書いてみる。
将軍綱吉の時代に起きたこの事件を裁いたのは荻生徂徠(そらい)である。彼は「法は法である」と法治主義の立場から浪士は有罪にした。浪士同情論が沸き起こる中でのこの断罪は勇気ある裁きであると思うし、ここまでは恐らく白石も同じ意見だったと思う。だが徂徠は浪士に同情していて彼らには切腹を命じた。切腹は名誉の死である。ここが間違いである。法は法であるなら、浪士は打ち首にされるべきだったのだ。だがもしそうしたら世論は許さなかったであろう。それは徂徠も恐れたし、もともと同情しているのだからそんな判決はでるはずはなかった。結果は浪士の死は称えられたことは皆知っている通りだ。
 ちょっと冷静になればおかしな話だ。浅野内匠頭のやったことは一人の老人に公の場で斬りつけた一方的な傷害事件である。それを仇討ちと称してたった一人の老人を寄ってたかって斬り殺すことがどうして許されよう。またこれは幕府の仕置に対する反逆でもある。幕府の裁きに歯向かった者たちがどうして許されよう。事実だけ見れば浪士を弁護する余地はどこにもない。
 しかし、屈折した時代の屈折した民衆の屈折した心情は恐ろしい。無罪を唱える学者もいたぐらいだから、徂徠のこの裁きはぎりぎりのところだったのであろうと思う。
 白石はもちろん間違っていると思ったはずだ。最も正しい裁きはどうすべきかは考えていたはずだ。だがそれは決して公にはできない判決だったのではないだろうか。だから大勢の学者たちが侃々諤々喚きたてても沈黙を押し通したのだと思う。
 そこで私はもし私が白石だったらこの事件をどう裁くか考えてみた。結論から書くと阿保みたいな簡単なことだった。47人全員を島流しにしてしまうのだ。全員一つの島に一人、ばらばらにできるだけ遠くの人も住まないような絶海の孤島に流してしまうのだ。後醍醐天皇が流されたような隠岐のような大きな島には流さないのだ。こんな島に流したら英雄になってしまう。
 かくして事件が風化するのを待つのが現実的かなと思うのだが、一方ではこうも思う。
 きっと下手な戯作者は島流しになった47士の子孫が、上野介の子孫に討ち入りをかける話を作るのではないかと。要はこの事件は元禄と言う時代の病理が生んだ仇花のようなもので神様をもってしても完璧な裁きはできなかったのではないかかと。だから白石は黙り通していたのかなあ。考えてみれば江戸時代だけではない。いつの時代も病んでいる。もちろん現代も。過去を病んでいると言ったら、逆に笑われるくらい病んでいるのは我々の時代かもしれない。

昨日、朝起きたら発売の連絡がメールで届いていた。さっそく買ったが、実物が届くのは10日なので、実物を見たうえで改めて書きます。
その前に値段について。値段は税込みで1705円です。前にも書籍代の最低価格はAmazonが決めるのでそれ以下の値段はつけられないと書きましたが、その理由が分かりました。
日本の印税は1割ですが、アメリカをはじめとして外国では印税は3割だそうです。Amazonは以前から日本の印税は安過ぎると大変不満に思っていて、日本も欧米諸国と同じ印税にするべきだとの思いを込めて敢えて3割以上の印税分を加えて値段を決めているそうです。これはただ作家の損得だけを考えたものではなく、その背景には作家の創作努力に敬意を表し、作家が創作活動を継続してゆけるように応援しようという出版文化の風土の違いがあります。
だったら日本語の縦書きの小説ももっと簡単に出版できるようにしてくれてと言いたいところですが、出版に関する姿勢に対しては敬意を表した次第です。
1705円はAmazonが決めた最低価格です。これ以上にできるのですがさすがにそこまではできないのでこの額になりました。ご理解ください。

12月4日。降る降ると言っていたがどうせ外れるだろうと思っていたら、午後から雨になり、その雨もやんだので4時過ぎに「ううっ、冷えるなあ。急に寒くなったな、今年一番の寒さじゃねえか」と言いながら(一人暮らしなのでついつい見えない人相手にしゃべってしまう。人はこれを独り言と言う)いつもより一枚多くセーターを重ね着し、ワークマンの去年買ったすぐれもんの防寒着を着こみ、マルコを連れて玄関を出た。途端に天からぱあっと白いものが降って来る。
「あれえ、初雪だ。天気予報が当たったぞ」
風も冷たい、耳が千切れそう。リードを握る手がたちまち凍り付く。
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外に出たら芝生やニンニクの畑のマルチの上に雪が・・・
すごく降りそうな雰囲気で、どれだけ降るか期待したのだが(私は雪の中を車で走るのが大好きなのだ)すぐに止んでしまう。この後も時折雪が舞うもすぐに止む。止まらないのは日本海からの冷たい風だけ。老体をさいなむ、心も折れる情け容赦のない真冬の烈風である。とうとう本格的な冬に入ってしまったのだ。
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犬は元気に私を引っ張る。
帰宅した時、また激しく霙が吹き付ける。
翌12月5日
昨日の夕方より楽な朝なのでやれやれと胸を撫で下ろして出かけたが、途中で突然風が吹きつけ、たちまち霙も吹き付け、顔が痛いほど。すぐに雨にかわりたちまち濡れる。
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余りにも風が冷たいので、農事組合の倉庫で風よけ。
風が収まったので家に戻る。途中、新内藤川で白鳥が2羽寄って来る。2週間ぐらい前から時々姿を現す。人なれしていて人の姿を見ると寄って来るので鶴のために用意して食パンを分けてやる。
その寒い散歩から帰って、私はすぐに池の東のカヤ抜きに取り掛かる。畑仕事はすべて終わったのだが私には草抜きと言う作業が残っている。何年も放置しておいたのでどんどん畑の方へ侵入して来る。特にカヤは厄介。根から抜かないといけない。寒いなんて言ってられないのだ。一冬かかってすこしずつ抜いて行くつもり。すると作業中にまた霙(みぞれ)が烈風に乗って吹き付ける。
すぐに上がるが、寒い、寒い。これを小一時間。散歩と草抜きで約2時間、これが毎朝のルーティン。この後から一日書斎(食堂のテーブル)の人になるのだ。
12月6日
寒い。ぐんと冷える。この三日間で一番寒い日らしいが、風がないので全然寒さを感じない。
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久しぶりに朝日が出る。温度は低くても風がないとこんなにも楽なものかとこれまた久しぶりに身も心もきりっと引き締まった散歩になる。今朝は4日ぶりにおツルさんが現れたので餌をやる。白鳥は現れなかった。

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