曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2025年09月

急に秋めいた気がする。
9月19日。この夜、初めてエアコンを入れないで寝た。その夜、何度も目が覚める。1時間おきぐらいに目が覚めてなかなか寝付けない。どうしたのだろう。どこか具合が悪いのかと不安になりますます眠れなくなったが、朝の5時頃、ふとやけに寒いことに気が付き、結局寒くて眠れなかったらしいと思い当たる。この夏はずっと薄いTシャツと甚兵衛のパンツで寝ていたので、長袖長ズボンの薄手のパジャマを出して着たら、うすら寒さがなくなり心地よく眠れるようになった。
目覚ましで6時に起き、マルコの散歩。肌寒くてTシャツの上から薄手の長袖の上着を羽織って出る。長袖を着るのも初めて。これまでは6時半には汗をかいていたのに、このシーズン初めて汗をかかない散歩をする。今年の狂ったような夏がようやくおさまったような気がした。
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左)散歩から帰って彼岸花が芽を出しているのに気が付く。いつの間にかこんなに大きくなっていたとは。こんなに暑かったのに、お彼岸になると咲くことに今さらながら感心する。
右)散歩中に見つけた稲のひこばえ。9月初めに稲刈りした切株からこんなに葉が伸びてひこばえも伸びている。何年か前に、4大卒の高学歴女性が、「これがまたお米になるの?」と言ったので、のけぞったことがある。
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麦刈りが終わった後に稲を植えた田圃。二毛作の田圃がようやく稲刈りの時期になった。この金色の波の中を朝夕マルコと散歩している。
この日、涼しくなったので、散歩から帰って、やっと薩摩芋を掘った。
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左)雑草で薩摩芋の畝が見えない。
右)雑草を抜く。
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左)芋のツルを切った。今朝は一番端の畝を掘る。
右)最初に出て来たのが薩摩芋が1ヶだけ。嫌な予感がする。
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左)次に掘ったら根だけ。こんな記憶ほとんどない。
右)結局、この畝は14本苗を植えて、7本は根だけ。後の7本の苗には薩摩芋1ヶずつとおまけ。一つの畝に薩摩芋が7ヶしかできなかったのは、帰郷以来初めての珍事。半分が根だけと言うのも大珍事。大不作である。今年は連作で2年目の畑。残留肥料も減って、栄養過多を嫌う薩摩芋にはいい畑になったと思っていたのにどういうことだろう。この夏の暑さのせいかと思ったが、薩摩芋は救荒作物だから日照りだってできていいはずだ。わからん。農業はわからんことだらけです。残りの薩摩芋を掘るのがいやになった。

それがトンボのヤゴ
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どういうことかと言うと、孫一家が東京から帰省したのが、なんと8月25日から28日までの3泊4日。父親の仕事の関係でこんな日程になってしまったのだ。小4の孫はギンヤンマとオニヤンマを捕り、釣りに行くと大張り切り。着いたその日の昼に出雲そばを食ったら我が家に着くなり家の前の池に飛び出す。
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しかし、そうそう都合よくギンヤンマが飛んでくるわけではないので、シオカラトンボや赤とんぼに網を振り回すのだが、その頃の出雲も地獄の熱暑。ギンヤンマを捕るところを見てくれと付き合わされた私は5分も立っていられない。孫とて15分もしたら家に逃げ込んで一休み。孫の相手は息子と交代でつとめる。結局ギンヤンマは羽をかすめただけで逃げられる。悔しがる孫。これ以上付き合わされるのはかなわんので、友達の趣味のブドウ園にブドウ狩りに連れて行く。
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「シャインマスカット」のほかに「ふじみのる」と「ブラックビート」を頂く。孫はここでも虫取りを始めるので魚釣りに連れ出す。
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いつもの大社漁港。サビキで小アジを狙うのだが時期が遅いせいか1匹しか釣れず。そのかわり石鯛の幼魚やサヨリがかかる。陽が沈むまで十数匹しか獲れなかったが孫は満足。
翌日は朝から起こされてまた虫取り。グループホームの母を見舞って、多岐のキララで昼食にするもそこの海岸でキリギリスやバッタを捕りまくる。この日の夕方も大社漁港。
3日目。これ以上炎天下に付き合うのはかなわんので、一計を案じる。オニヤンマを捕りに行こうと、北山山中にある鰐淵寺へ。出雲大社の裏山にある天台宗の古刹。古代出雲の一の宮が出雲大社。一の寺が鰐淵寺である。ここなら鬱蒼と木々が茂り、涼しかろうと思ったのだが、駐車場から寺まで山道を歩くだけで汗びっしょり。しかもここでも夏の終わりのせいか虫の姿が見えず。どこかでセミが鳴いているだけ。やばいなと思った時、オニヤンマ出現。見張っていた谷川をすれすれに飛来したのだ。大騒ぎする孫。だが足場が悪くて降りて行けない。指をくわえてみているしかなかったが、飛び去るオニヤンマを見送る孫は興奮。実はギンヤンマは飽きるくらい見ているが、オニヤンマを見たのは初めてだったのだ。
駐車場でシオカラのメスを捕って、夕方はまた大社漁港へ。
4日目。夕方の飛行機で帰るが、朝早くからまたギンヤンマ捕り。オニヤンマが捕れなかったら今日こそギンヤンマを捕ると気合が入っている。出雲に来たのに出雲大社にもお参りに行かず4日間トンボ捕り。しかし、炎天下この日もギンヤンマには逃げられ続け、飛行場に行く時間が迫る。
それでもやめようとしないので、せめてギンヤンマのヤゴを捕ろうと池に網を入れたら、あっというまに9匹ヤゴが捕れた。孫は喜ぶが嬉しさも半分の風情。するとそれを見た息子が余計な一言。
「じいじいに育ててもらったら」嫁さんも「それがいいわ。写真を撮って送ってもらたらいいわ」
と、言う訳で孫とヤゴを育てる固い約束をしたのだ。
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小さい水槽に4匹。大きい水槽に5匹。羽化する時のために支柱を立て、水草もいれて、冷凍赤虫を餌にやり、今日で2週間になる。いまだに一匹も羽化しない。ヤゴも大きくなる気配がない。
今私は不安になっている。いったいいつになったら羽化するのだろうと。
季節が季節なのでこのヤゴたちは越冬して来年の春に羽化するのではないかとも思っている。
そこでヤゴの成長ぶりを確かめるために一匹捕まえて計測した。
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約4㎝はある。AIで調べたら、ギンヤンマのヤゴは4.5㎝~5㎝あると言う。もう少し大きくなればギンヤンマである。頭も5角形でやや細長いと言う。近くで見たら確かに5角形をしていた。体長が伸びれば頭部分ももう少し細長くなるかもしれない。多分、9匹のうち多くはシオカラトンボだと思うが、もう少し見守って10月になっても羽化しなかったら、池に戻して越冬させようと思っている。
孫にも納得してもらうためにきちんと監察結果を送らないといけない。
よく考えたら、これって孫の夏休みの研究発表だよな。

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