この芝居は昭和20年8月下旬、演出家八田元夫が世田谷赤堤にある劇作家で詩人の三好十郎宅を訪れる所から始まる。

八田は広島から運んで来た新劇の俳優丸山定夫の骨壺を三好に差し出す。丸山は移動演劇桜隊を率いて広島に滞在中に原爆投下に遭ったのである。丸山は新劇の団十郎と呼ばれる名優だった。丸山は三好の芝居「獅子」を演じるために広島に下っていたのだ。丸山の死を悼んで苦い酒を酌み交わす八田と三好。「獅子」は作者三好、演出家八田、俳優丸山三人の共作とも言うべき芝居だった。
時は昭和19年の秋に戻る。
丸山は主催する劇団「苦楽座」で演じる「獅子」の演出を八田元夫に依頼した。だが八田は治安維持法に触れて検挙投獄され出獄したところで演出家登録は抹消されていた。演出は不可能だった。「獅子」の成否を八田の演出に賭ける丸山は八田に覆面演出家になることを要請する。ばれたら八田のみならず丸山もただではすまない。丸山の覚悟と熱意に八田の演出家魂も動かされる。
そして、この「苦楽座」の「獅子」の稽古が劇中劇として演じられて行くが、すでに戦局は悪化の一途をたどっていた。空襲に逃げまどい、突然役者が兵隊にとられるなどの窮地に追い込まれながらも丸山たちは「獅子」の公演にすべてを賭ける。
戦時下に丸山たちが命がけで演じようとする「獅子」とはどんな物語か。それは嫁ぐ娘雪と丸山演じる父とのドラマだった。雪は母が進める意に沿わない結婚に従おうとしていた。それが貧しい一家を救うことになるから。だが父は知っていた。雪には本当に好きな男がいることを。父は何度も娘に問う。「この結婚、本当にいいのか」
父はくどいほどに問うが雪の決意は固かった。固ければ固いほど、父は娘の心根がいじらしくてならない。父は最後に声を振り絞って訴える。
「人には最後には自分一人だけで決めなければならないことがあるのだぞ」と。
雪はうつむいたまま応えなかった。
次々と襲い来る苦難を乗り越えて稽古に打ち込む「苦楽座」に国から衝撃の通達が下される。国内すべての劇団は移動演劇連盟に編成され、国が決めた国策演劇を演じなければならなくなったのである。参加しないと最早自由な演劇活動は出来なくなるのだ。だが参加して国策演劇を一本演じれば、もう一本は自分たちのやりたい芝居をできるという餌を投げ与えていた。
丸山たちは悲憤慷慨する。国家は何と卑劣な策を弄するのか。丸山たちが目指す演劇は国策演劇とは相いれないものだった。国策演劇を演じることは魂を売り渡すに等しいことだった。だが、我慢して国策演劇を一本演じれば「獅子」をやれる。丸山たちは悩む。そして丸山は「獅子」を演じるために移動演劇に参加することを決意する。国は丸山たちに移動演劇桜隊の劇団名を与える。拠点は広島だった。広島を拠点に中国地方を慰問して回るのだ。
広島と聞いて動揺する劇団員たち。広島は軍都として知られている。誰もが大きな空襲必死の都市と思っていたのだ。
「他に候補地はなかったのですか」
実は丸山たちが移動演劇の参加に逡巡している間に、他の劇団は長野のような安全そうな都市を選んでいて、広島だけが最後まで残っていたのだ。どの劇団も広島を忌避していたのだ。
丸山は笑って仲間を励ます。丸山の出身地は松山。広島にはなじみがあった。自分にとっては故郷に帰るようなものなのだと。ところが広島へ行く直前になって、雪役の女優が辞めると申し出る。母一人娘一人の母娘は東京から疎開するのに母を一人で疎開させるわけには行かなくて、女優は母と一緒に疎開したいと訴える。丸山は快く受け入れた。突然重要な役者を失ってどうするのだと皆途方に暮れるがが代わりの女優が現れた。
彼女の出兵した恋人が朝鮮にいる。広島なら朝鮮に近い。少しでも恋人の近くに居られるのならと代役を志願したのである。他にも天下の名優丸山定夫と芝居が出来るのならと広島行きを望む役者も現れる。移動演劇桜隊はまるで魔に魅入られたように広島に向かう。そして、桜隊は国策演劇と「獅子」を持って中国各地を慰問して回り、昭和20年7月中旬に広島に戻って来たのである。
「獅子」の最後の場面は劇中劇で演じられる。
雪の祝言の日。丸山演じる父の元に雪が祝言の途中に愛する男と駆け落ちして満州へ向かったと知らされる。そこへ列車の汽笛が聞こえて来る。その列車に娘が載っていると知った父は部屋の隅にあった獅子を被ると、走り去る列車を獅子舞で見送る。それは娘の幸せを願う一世一代の獅子舞だった。
「お雪、人間一生一度の大事の時は、自分が本当に正直に、したいと思うことを思い切ってやらなならんぞ。それが人間の道じゃぞ」
その振り絞るような絶叫はまさしく丸山定夫その人の絶叫であり、「獅子」にすべてを賭けた人たちの叫びであることを観客は知るのだ。
私は久しぶりに心の底から感動する芝居に出会ったと思った。実は私はこの芝居を見るまでははっきり言って余り期待していなかったのである。今年の出雲演劇鑑賞会はすでに4本公演しているが、気乗りのしない演目が続いていたので3本連続で休んでいたのだ。だがこのままでは観劇料がもったいないので年内最後の二本はどんな芝居でも見ようと決めていて見た一本だったのである。
なぜ「獅子の見た夢」に気乗りしなかったかと言うと、実は宣伝のビラに書かれていた数行の文章にあった。それには
「平和」「民主主義」を
口にしただけで・・・。
それでも命をかけて芝居をやり続けた
新劇人たちがいた・・・。
彼らにとっての果てしなき夢とは!
とあったのだ。私はっこの冒頭の二つの言葉「平和」と「民主主義」に引っかかるものを感じたのである。率直に言って「ああ、そういう芝居か・・・」と先入観を持ってしまったのだ。「平和」と「民主主義」、何も間違ってはいない。正しい言葉である。77歳になる戦後生まれの私はこの二つの言葉を生まれた時から散々聞かされて育って来た。反論のしようもない正義であった。だがその言葉は錦の御旗のように振りかざされるうちに、私にとっては手垢のついた言葉になっていた。その言葉を語る人はみな同じ顔で、その言葉で動く人もいつも同じ方向。非難している訳ではない。どんな素晴らしい言葉も人間と同じように老いる。その言葉が悪い訳では決してない。使い続ける人(社会)が気づかないうちに、人も社会もいつしか力を失い輝きを失うように言葉も力も輝きも失ってしまう。私にとって「平和」と「民主主義」はそういう言葉になっていた。
そして、芝居を見て私は衝撃を受けた。何だ、私が想像した芝居と全然違うではないか。いい意味で裏切られたのである。手垢のついた「平和」と「民主主義」でくくれる話ではなかったのである。もっと根源的な、極限に生きる人間がどう生きるかと言う普遍的なテーマを追求する芝居だったのである。
もう一度繰り返そう。
「お雪、人間一生一度の大事の時は、自分が本当に正直に、したいと思うことを思い切ってやらなならんぞ。それが人間の道じゃぞ」
丸山定夫が叫んだであろうこの台詞に太刀打ちできる言葉があるだろうか。
だからこそ芝居のビラの下の小さな宣伝文に不用意に使われた「平和」と「民主主義」が勿体ないのだ。どんな時代にあっても人が自分に正直に生きることがどういうことかを追求した芝居だと書いていてくれたら、私も先入観を持たずに観劇できたのに。
でも、こういうことがあるのも芝居の面白さかもしれません。
期待して裏切られたことも何度もありますしね。

八田は広島から運んで来た新劇の俳優丸山定夫の骨壺を三好に差し出す。丸山は移動演劇桜隊を率いて広島に滞在中に原爆投下に遭ったのである。丸山は新劇の団十郎と呼ばれる名優だった。丸山は三好の芝居「獅子」を演じるために広島に下っていたのだ。丸山の死を悼んで苦い酒を酌み交わす八田と三好。「獅子」は作者三好、演出家八田、俳優丸山三人の共作とも言うべき芝居だった。
時は昭和19年の秋に戻る。
丸山は主催する劇団「苦楽座」で演じる「獅子」の演出を八田元夫に依頼した。だが八田は治安維持法に触れて検挙投獄され出獄したところで演出家登録は抹消されていた。演出は不可能だった。「獅子」の成否を八田の演出に賭ける丸山は八田に覆面演出家になることを要請する。ばれたら八田のみならず丸山もただではすまない。丸山の覚悟と熱意に八田の演出家魂も動かされる。
そして、この「苦楽座」の「獅子」の稽古が劇中劇として演じられて行くが、すでに戦局は悪化の一途をたどっていた。空襲に逃げまどい、突然役者が兵隊にとられるなどの窮地に追い込まれながらも丸山たちは「獅子」の公演にすべてを賭ける。
戦時下に丸山たちが命がけで演じようとする「獅子」とはどんな物語か。それは嫁ぐ娘雪と丸山演じる父とのドラマだった。雪は母が進める意に沿わない結婚に従おうとしていた。それが貧しい一家を救うことになるから。だが父は知っていた。雪には本当に好きな男がいることを。父は何度も娘に問う。「この結婚、本当にいいのか」
父はくどいほどに問うが雪の決意は固かった。固ければ固いほど、父は娘の心根がいじらしくてならない。父は最後に声を振り絞って訴える。
「人には最後には自分一人だけで決めなければならないことがあるのだぞ」と。
雪はうつむいたまま応えなかった。
次々と襲い来る苦難を乗り越えて稽古に打ち込む「苦楽座」に国から衝撃の通達が下される。国内すべての劇団は移動演劇連盟に編成され、国が決めた国策演劇を演じなければならなくなったのである。参加しないと最早自由な演劇活動は出来なくなるのだ。だが参加して国策演劇を一本演じれば、もう一本は自分たちのやりたい芝居をできるという餌を投げ与えていた。
丸山たちは悲憤慷慨する。国家は何と卑劣な策を弄するのか。丸山たちが目指す演劇は国策演劇とは相いれないものだった。国策演劇を演じることは魂を売り渡すに等しいことだった。だが、我慢して国策演劇を一本演じれば「獅子」をやれる。丸山たちは悩む。そして丸山は「獅子」を演じるために移動演劇に参加することを決意する。国は丸山たちに移動演劇桜隊の劇団名を与える。拠点は広島だった。広島を拠点に中国地方を慰問して回るのだ。
広島と聞いて動揺する劇団員たち。広島は軍都として知られている。誰もが大きな空襲必死の都市と思っていたのだ。
「他に候補地はなかったのですか」
実は丸山たちが移動演劇の参加に逡巡している間に、他の劇団は長野のような安全そうな都市を選んでいて、広島だけが最後まで残っていたのだ。どの劇団も広島を忌避していたのだ。
丸山は笑って仲間を励ます。丸山の出身地は松山。広島にはなじみがあった。自分にとっては故郷に帰るようなものなのだと。ところが広島へ行く直前になって、雪役の女優が辞めると申し出る。母一人娘一人の母娘は東京から疎開するのに母を一人で疎開させるわけには行かなくて、女優は母と一緒に疎開したいと訴える。丸山は快く受け入れた。突然重要な役者を失ってどうするのだと皆途方に暮れるがが代わりの女優が現れた。
彼女の出兵した恋人が朝鮮にいる。広島なら朝鮮に近い。少しでも恋人の近くに居られるのならと代役を志願したのである。他にも天下の名優丸山定夫と芝居が出来るのならと広島行きを望む役者も現れる。移動演劇桜隊はまるで魔に魅入られたように広島に向かう。そして、桜隊は国策演劇と「獅子」を持って中国各地を慰問して回り、昭和20年7月中旬に広島に戻って来たのである。
「獅子」の最後の場面は劇中劇で演じられる。
雪の祝言の日。丸山演じる父の元に雪が祝言の途中に愛する男と駆け落ちして満州へ向かったと知らされる。そこへ列車の汽笛が聞こえて来る。その列車に娘が載っていると知った父は部屋の隅にあった獅子を被ると、走り去る列車を獅子舞で見送る。それは娘の幸せを願う一世一代の獅子舞だった。
「お雪、人間一生一度の大事の時は、自分が本当に正直に、したいと思うことを思い切ってやらなならんぞ。それが人間の道じゃぞ」
その振り絞るような絶叫はまさしく丸山定夫その人の絶叫であり、「獅子」にすべてを賭けた人たちの叫びであることを観客は知るのだ。
私は久しぶりに心の底から感動する芝居に出会ったと思った。実は私はこの芝居を見るまでははっきり言って余り期待していなかったのである。今年の出雲演劇鑑賞会はすでに4本公演しているが、気乗りのしない演目が続いていたので3本連続で休んでいたのだ。だがこのままでは観劇料がもったいないので年内最後の二本はどんな芝居でも見ようと決めていて見た一本だったのである。
なぜ「獅子の見た夢」に気乗りしなかったかと言うと、実は宣伝のビラに書かれていた数行の文章にあった。それには
「平和」「民主主義」を
口にしただけで・・・。
それでも命をかけて芝居をやり続けた
新劇人たちがいた・・・。
彼らにとっての果てしなき夢とは!
とあったのだ。私はっこの冒頭の二つの言葉「平和」と「民主主義」に引っかかるものを感じたのである。率直に言って「ああ、そういう芝居か・・・」と先入観を持ってしまったのだ。「平和」と「民主主義」、何も間違ってはいない。正しい言葉である。77歳になる戦後生まれの私はこの二つの言葉を生まれた時から散々聞かされて育って来た。反論のしようもない正義であった。だがその言葉は錦の御旗のように振りかざされるうちに、私にとっては手垢のついた言葉になっていた。その言葉を語る人はみな同じ顔で、その言葉で動く人もいつも同じ方向。非難している訳ではない。どんな素晴らしい言葉も人間と同じように老いる。その言葉が悪い訳では決してない。使い続ける人(社会)が気づかないうちに、人も社会もいつしか力を失い輝きを失うように言葉も力も輝きも失ってしまう。私にとって「平和」と「民主主義」はそういう言葉になっていた。
そして、芝居を見て私は衝撃を受けた。何だ、私が想像した芝居と全然違うではないか。いい意味で裏切られたのである。手垢のついた「平和」と「民主主義」でくくれる話ではなかったのである。もっと根源的な、極限に生きる人間がどう生きるかと言う普遍的なテーマを追求する芝居だったのである。
もう一度繰り返そう。
「お雪、人間一生一度の大事の時は、自分が本当に正直に、したいと思うことを思い切ってやらなならんぞ。それが人間の道じゃぞ」
丸山定夫が叫んだであろうこの台詞に太刀打ちできる言葉があるだろうか。
だからこそ芝居のビラの下の小さな宣伝文に不用意に使われた「平和」と「民主主義」が勿体ないのだ。どんな時代にあっても人が自分に正直に生きることがどういうことかを追求した芝居だと書いていてくれたら、私も先入観を持たずに観劇できたのに。
でも、こういうことがあるのも芝居の面白さかもしれません。
期待して裏切られたことも何度もありますしね。
































