曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2023年11月

23日、二日目がこの旅の目的である団体参拝。6時40分に花園会館を出発。隣の妙心寺の微妙殿に向かう。
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沢山の塔頭(たっちゅう)寺院が並ぶ中を花園会館から微妙殿に向かう。微妙殿で参拝。参拝には首から輪袈裟をつける。私は一昨年に亡くなった妻と5年前に亡くなった父の供養をしてもらう。父の供養に来たのが本山参りの一回目である。本来ならその間、コロナがなければ3回来て、今年は5回目になったはずなのに今年でやっと2回目である。
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5個ハンコを集めると記念品(バッジ)が貰える。本当ならバッジが貰えたのだ。一緒にお参りした女性は何と23回目で、4個の色違いのバッジを輪袈裟につけていた。到底不可能な私は羨ましかった。花園会館に戻って朝食。
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こういう朝食ならいくらでも食べられる。昨夜の仇をとるかのように御飯もしっかりおかわりする。
花園会館の5階の窓から隣の妙心寺の山門(赤)⇒仏殿⇒法堂(はっとう・天井に雲竜図がある)を望む。
同行した和尚さんの一人が、二条城見学に出発するまで少し時間があるので、妙心寺の中を案内してくれると言うので希望者は参加する。もちろん私も。
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妙心寺正面から入る。妙心寺の看板はあるが、ここには妙心寺と言う寺(建造物としての寺)はない。沢山のお寺が集まっているがその中に妙心寺と言う寺はないのだ。たくさん集まったこの広大な寺域全体を妙心寺と言うのである。説明は山門・仏殿・法堂の後で。
赤い門が山門。なぜ山門と言うのか。昔中国ではお寺は山の上にあったので山門と言うようになったのだそうで、お寺が平地に立つようになっても山門と言う。
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山門を進むと仏殿である。ご本尊が祀ってある。
その次が法堂。多くの僧がここで学ぶ。
この山門、仏殿(ご本尊が安置)と法堂(学ぶところ)が妙心寺の中心なのである。沢山のお寺(塔頭・たっちゅう)はみなこの三つを取り囲むように建っている。それらのお寺に祀られているのは皆ここで学んだ高僧なのである。偉い高僧が死ぬと次々と山門・仏殿・法堂を護るように寺が建てられて行ったのである。これらの塔頭を境内寺院と言った。昨日見学した大雄院も塔頭の一つで境内寺院である。ちなみに塔頭の「塔」は「墓」のことである。だが時代が下り敷地を広げることが不可能になると、離れた場所にもお寺が建てられるようになる。これを境内寺院に対して境外寺院と言う。その代表が龍安寺なのである。分かりやすい説明で、これまであいまいなままにしていたことがはっきりしてとてもいいお話だった。塔頭の塔が墓を意味するというのも初めて知った。
二条城の見学に行く。
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『東大手門(二条城の正門)』から入る。二条城も外人観光客に加えて修学旅行生がいっぱい。
『唐門(二の丸御殿の正門)』を通って二の丸御殿へ。
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『二の丸御殿』正面。大政奉還をしたところ。沢山の部屋と広く長い廊下を歩く。大勢が歩くので鴬張りがしてある廊下は
キュッキュッキュッキュッとうるさいぐらいの大合唱。鴬張りの廊下は歩いたことがあるがこんなに盛大で長く広い廊下で鳴り響くのを聞くのは始めて。
二の丸御殿を出て、本丸御殿(修理中)を回って、二条城の三つの庭を見て回る。
『二の丸庭園』
二の丸御殿から眺める庭園。寛永三年1626年小堀遠州が改修。
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この池を眺めることが出来る大広間あたり?の縁の下にもぐっている外人の親子がいたので、何だろうと思って覗いてみたら、二本の細長い金属板が交差するようにずらりと打ち付けてある。これが鴬張りの仕掛けと分る。内側の廊下を歩く振動が金属板をこすりつけ、音を発していたのだ。この歳になって初めて鴬張りの仕組みを知る。
ここでスマホの電池が切れてしまって、撮影終了。
二条城を出る時、ガイドさんが人数確認のために4人ずつ縦列に並べていたら、通りかかった外人観光客が「ワオ~」と目を丸くしていた。ほとんどが60歳以上、後期高齢者が半分の年寄り集団がおとなしく並んでいたのがよほど奇異に見えたらしい。よく見て行くがよい。ジス イズ ジャパンだ。
この後、嵐山で昼食。お土産を買って出雲に戻る。18時50分、お寺さんに到着。ペットショップは19時45分までだったので、すぐワンコを迎えに行く。

11月22日から23日、京都の妙心寺本山参拝に行って来た。正式には臨済宗の「山陰西教区第四部花園会本山参拝」。毎年秋が深まった頃に行くのだが、コロナで3年中止で今年4年ぶりに行われた。普段出雲から出ることがなくなった私にとって年に一回の唯一の楽しみにしていた旅だったが3年も中止が続き、今年はお寺さんに一番に申し込んだ。ワンコも当日出発が早いので前日からペットショップに預ける。
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6時40分。お寺さんの前から出発。コロナ後で参加者が減ったとは聞いていたが、行って見たら何と参加者は私を含めてたったの四人。和尚さんは葬式があって参加できず。4年前には我がお寺が19名参加し出雲のお寺で最多だったのに呆気に取られる。前回はバス二台だったのに今回は一台。女性1人、男3人は全部近所の顔見知り。男三人は前回も相部屋だったので和気あいあい楽しい旅だった。
市内で他のお寺さんの参加者を拾って7時半に出雲を出発。参加者は41人。ガイドさんも4年経ったが同じ人。いつもこの人なのだそうだ。出雲弁がばんばん飛び出す田舎のツアーである。
山陰道→米子道→中国道→京都
途中、米子道から「裏大山」。二、三日前から雪がちらつくほどの寒さに襲われたので裏大山は綺麗な雪景色だったが、23日の夕方、帰りの車窓から見たら雪は8割方消えていた。いかに22、23日の天気が良かったかを物語っている。小春日和というより、皆、暑い暑いと言っていた。
京都について13時から遅い昼食を摂って「龍安寺」へ。
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「石庭」を見るのは何と中学生の修学旅行以来。こんなに小さかったかなあと思う。観光客は多いい。やはり外国人が目立つ。外国人は縁側に座ったまま動かない。これが混雑に輪をかけているのだそうだ。
新たな襖絵が公開されていた。何と作者は前総理・細川護熙。総理大臣を辞めた後、作陶と書画に打ち込み、龍安寺に奉納したのだと言う。なぜこんな芸当が出来たかと言うと、龍安寺を創建したのは室町時代の守護大名細川勝元である。細川家とはゆかりがあるので細川勝元550年年忌に合わせて奉納されることになったのだそうだが、私みたいな性格が悪い、皮肉屋にしてみれば「なんだかなあ」である。元総理で、細川家かなんか知らんが所詮素人に毛が生えたような代物をよく飾ったなあと思う。自分の画量を知っている人なら恥ずかしくて出さないと思うのだが。だって、京都にはすごい雲竜図がある。妙心寺には狩野探幽の雲竜図の天井絵があるぞ。
写真撮ってもいいので写真に撮った。普通はどこでも襖絵は写真禁止なのだが、写真OKと言う事はお寺の方でも文化財ほどの扱いはしていないのかもしれない。久しぶりの石庭を老いて見て感じるものを大切にしたかったのだが、釈然としない気分で外へ出る。
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竜安寺の紅葉。紅葉しているように見えるが青い葉っぱもいっぱい残っている。市内の銀杏もこの季節なのに青い葉っぱがある。今年はそれだけ温かいのだろう。本当ならもっと赤く、もっと黄色いはずなのに。
その後、妙心寺へ向かい、妙心寺境内にある大雄院(だいおういん)が特別拝観をしていたので見学する。
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いい庭だったが、私は龍安寺からの襖絵つながりで、こちらの襖絵に興味を惹かれたがこちらは写真撮影禁止。古い古い江戸時代初期の襖絵があり親子の猿のうち母猿がきれいに消えてしまっている。しかも何面かの猿の目がいたずらされている。お寺の説明によると昔は普通に子供が遊んだりするのでいたずらもされるし、墨が薄れるのもそのままにされてきたのだそうである。いまのように修復するとか複製を作って本物は大切に保管するようなことはしなかったのだと言う。明治時代パリの万国博に出品された襖絵もあった。この時、日本に返って来たのは襖絵だけで、そのほかの漆器などの小さなものは返ってこなかったのだそうだ。
泊りは妙心寺の隣の花園会館。
夜は宴会だが、食事制限している儂は天ぷらも鍋も食えないので、食えるのは刺身少々。土瓶蒸しなんて腹の足しにもならん。抜け出してセブンイレブンでお握りとアンパンを買って食う。もちろん酒も飲めない。ツアーは楽しいのだが宴会だけが哀しい。かくして22日の夜は齢とって酒が弱くなった二人が10時には寝たので儂は風呂に入って寝る。(23日に続く)

種ニンニクが余った。以前から炊飯器で黒ニンニクが出来ると言う話は聞いていたので、近所の人に聞いたら作ったけど失敗したと言う。作り方は炊飯器に入れて保温にするだけでよいのだが、その人も初めてなので一ヶ月炊飯器に入れておいたら黒焦げ状態になって食えたものではなかったと言う。10日ぐらいでちょうどいいのではないかと言う。
早速、その人から炊飯器を借りる。これはその家の使わなくなった古い炊飯器。
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新聞紙を敷いてから種ニンニクを入れる。約60個。
18:35の横の文字は「極め保温」とある。これは低い保温と言う意味。保温にも「高め」と「低め」があり、低い保温を選ぶと教わったのである。
スタートしたのが10月25日。そして12日間保温し続けて11月5日。日数計算を間違って12日間保温してしまった。
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完成。皮を剥くと見事な黒ニンニクが出来ていた。食べるとグミを少し柔らかくしたような食感で市販の黒ニンニクと遜色ないように感じた。ただ小さめのニンニクは固かったので12日は微妙に長かったようだ。これなら来年は発酵釜を買って作ってもいいなと思う。通販で売っていて8000円ぐらいで売っている。高くても1万円ちょいである。
問題は臭いである。部屋中、ニンニクの臭いが充満する。私は三日で音を上げた。とても10日我慢できない。部屋にニンニクの臭いが沁み込んでしまうのではないかと心配になる。
そこで、私はどうしたかと言うと、母屋にはトイレが二つある。一つは今やお客しか使わない。私はここに炊飯器を閉じ込め、窓を開けっぱなしにしておいたのである。
炊飯器を貸してくれた家には勿論少しだがおすそ分けしたし、自慢して送った家もあるがトイレで作ったことだけは内緒にしている。
小さな成功だが、家で作れることが分かったので、来年はもっとニンニクを作ろうと思い立つ。
畝の穴マルチは全部で300個ある。私は余裕を持たせて半分の150個植えているが、ニンニクを買い過ぎて余ったニンニクを数十個ずつ二畝に植えているから、まだ数十個の穴が空いている。
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この空いている穴に種ニンニクを植えるのだが、もうどこにもニンニクは売っていない。こういう時はネットである。調べたら青森ニンニクの訳ありを種ニンニクとして安く売っているところがあったので早速購入した。
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さすが訳アリである。普通は種ニンニク状態に分かれるはずが2、3個がくっついて固まってしまっている。これ以外にも色の悪いものなどもあるが、一個ずつ植えられる物もあるので117個ほどを二つの畝に植えたのが、本日11月11日。こんなに遅く植えてうまくできるかどうかわからないが、来年は二つの畝で約600個のニンニクが出来る。
黒ニンニク、乞う、御期待。

フィリピンで教育サポートをしているNPO法人LOOBJAPANからオンライン交流会の案内があったのは先々週のこと。迷ったけれど二つの理由から参加する。ひとつは頂いた手紙の返事を書いていたのだが書き上がる前に事故を起こしてそれどころではなくてしまった。オンラインで会えたら事情を話したかったのと折角の機会なので直接会ってみたかったこともある。もう一つの理由は、現在LOOBがサポートしている高校生・大学生は53人。この53人のサポーターの何人が参加するか考えたら、きっと少ないだろうと予想したのだ。わざわざこのような機会を設定してくれたのに参加者が少ないのは申し訳ないので参加することに決めたのだ。娘に問い合わせたら娘はいまパソコンが使えないので迷っていたが、私が参加するなら喋れないけれどスマホで参加すると言う。
交流会は昨日11月4日の15時から1時間。
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ZOOMを使うのは2年ぶりぐらい。すっかり要領を忘れていたので早々と30分前から接続していたら突然20分以上も前にLOOBとつながりびっくり。先方も変な爺さんが待機していたのでビックリしたみたい。先方はフィリピンと東京事務所の間で開始前の準備作業をするところだったらしい。私はどうしていいかわからずおろおろしていたら、話しかけても通じないし、向こうは準備をさせて頂きますと言って私は画面から消える。やれやれのっけから冷や汗ものだ。
そして、3時になって始まる。頼りにしていた娘はスマホなので娘の画像もなく画面には名前が出ているだけで、娘は話すことも出来ず一方的に視聴しているだけ。
自己紹介を求められるも話が通じないと思ったらミュートを解除してくださいと言われる。
私はそれまでZOOMは使っても誰かの講演を聞くだけで自分が話しかけるなんてことはしたことがなかったのである。そして、すぐに高校生のグループと大学生のグループに分かれてチャットになる。もうドキドキである。
大学生のグループは私と娘と若い娘さんのわずか三人。この時、ろくにネットは使えないけれど参加してよかったと思う。通訳は日本人スタッフがしてくれる。娘は喋れないので適宜英文を送って意思の疎通をはかる。
オンラインでも初めて会うのは照れ臭いものである。先方もシャイないい感じの娘さん。すぐに返事を書いたのだが忙しくて送れなかった。遅れても必ず出すと詫びる。通訳は概略なので娘が翻訳してくれ、LINEで送ってくれる。
「わたしは〇〇で助産学士を目指す学生です。このコースを選んだのは医療分野をもっと学び、知識を向上させたいと思ったからです。今学期は夏期講習しかありませんが、産前、内診、新生児ケア、分娩介助、点滴挿入、縫合などを学びます。私たちは現在、臨床実習と呼ばれる病院での業務を行っています。私たちのシフトは朝の7時に始まり、午後の3時に終わります。実習中は、私たちをこの世に誕生するために、母親がどれほどの犠牲を払って来たかを強く痛感しました。赤ちゃんとお母さんの命は妊娠中だけでなく、特に出産において非常に重要であることを実感しました」
私の娘も来週32週を迎える。彼女の言葉が我がことのように心に響く。娘も同じだったであろう。私のサポートする若者が助産士を目指す人であったことは神様の導きだったような気がする。
オンラインで出会い、生の声を聞き、シャイな笑顔を見たら、フィリピンに女子大生の子供が出来たような気がしている。

昨日、生まれて初めてゴンタを食った。出雲のスーパーならどこへ行っても必ずある。東京では見たことがない。出雲で見る度にこれは何ぞやと不気味に思ったものだ。見かけから多分あれだろうなと思うものの食ってみようという気がしなかった。ところが月曜日に、こいつが行商のおばさんの車に積んであったのである。一ヶ月ほど前から私は裏のMちゃんちに毎週月、木に来ている行商の車に顔を出していた。おばさんに「どうやって食うの」と聞いたら「煮て食べる。美味いよ」と言う。「脂質が問題だな」「じゃあ、調べといたら」と言うので調べておいた。そして、昨日の木曜日「OKだったよ」。それを見て、通りかっかたMちゃんも「ゴンタは美味いけんねえ」
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それがこれ。「エイ」である。「エイ」のひれが大2小3枚入っていて300円。確かに見た目グロテスクで進められなければちょっと食べようかとは思わないしろものである。だが私は食べられる魚のレパートリーが決まっていてマンネリ化していたので何とかレパートリーを増やしたかったので「美味い」の言葉に後押しされて買ったのである。早速、昨日煮る。
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フライパンに全部入れて煮る。昨夜は大1枚と小2枚を食う。柔らかい白身。とろけるように美味い。出雲に戻って12年、もっと早く知っておけばよかったと後悔する。私のレパートリーに加わる。松江の孫が魚が大好きなので早速教えてやろうと思っている。
この行商のおばさんと知り合ってから、「キス」も教えて貰った。頭も取り、内臓も取ってあるので塩を振って焼くだけで私は一度に6匹ほど食う。10匹で300円前後。大社港で仕入れて来るので時価だから変動があるのだ。鰺も三枚におろしたものを2匹分でやっぱり300円前後。これもホイルで包んでフライパンで加熱するだけ。手間いらずで食える。調理師免許を持っている人なので調理の仕方も教えてくれる。今では月木におばさんの車を覗くのが楽しみになっている。
魚の話に続いては柿のお話。
このシーズンは毎年朝夕の食後のフルーツは柿である。我が家の富有柿と隣家の富有柿で一ヶ月近くは持つ。(隣家は富有柿は食べないのだ)。ところが今年はいけない。
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左が隣家の富有柿。異常に赤く熟れている。右が我が家の富有柿。隣家ほど赤くない。
隣家と話すのだが、今年は暑過ぎて柿の熟し方が異常に早く、しかも変な赤になっている。私は富有柿は熟れたのは嫌いで実の固いのが好きだ。だからまだ固そうなやつを選んで食べていたのだが、このところ急速に熟して柔らかくなる。もいでおいても翌朝になったらちょっと柔らかくなってもう食べる気がしない。まだ木に一杯なっているのだがどれもこれも柔らかそうでもう食べる気がしなくなっている。今夏のような暑さが続くようだと来年から柿も食えなくなるかもしれない。
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左は週一回昼を食べに行く宍道の食堂「はしもと」で売っている「合わせ柿」。渋柿をドライアイスで渋抜きした柿である。富有柿は固いのが好きだが、合わせ柿は柔らかくても大好物なのである。合わせ柿は人工的に熟させるのだから柔らくて当たり前なのだが。7個入って500円。随分安い。毎年11月はこの柿も食べているが、今年はもう富有柿が駄目なので楽しみはこの柿だけ。
右は平田の「西条柿」。つるし柿用に毎年スーパーに並ぶ。昨日ラピタでみつけて購入。こちらは高い。4980円。税込みで5000円以上。毎年、母のグループホームに届けている。母がみんなと一緒に柿を剥いて吊るすのを楽しんでくれたらと思って届けているのだ。今日届けたら「まあ、大きい」と柿を三つも持って頬ずりして喜んでくれた。

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