
大社文化プレイス・うらら館
30日は出雲演劇鑑賞会。加藤健一と佐藤B作の「サンシャイン・ボーイズ」。ニール・サイモン作の有名な戯曲である。今年の5月に鑑賞会に入会した時から一番楽しみにしていた舞台である。なぜなら二人の役者はほぼ同世代である。若干年下かも。加藤健一は私が初めて見たつかこうへい劇団の「熱海殺人事件」で出会った役者。若かった。眩しいくらいに。ナイフのように研ぎ澄まされた役者だった。
佐藤B作は「東京ボードヴィルショー」の役者だったが、私がボードヴィルに興味がなかったので電信柱に貼られた宣伝ビラや、小劇場の入り口に置かれた宣伝ビラで、その名をよく見た役者だった。二人はその後気がついたら売れ出して、名前を聞くようになり、今や二人とも数々の演劇賞を受賞するまでになった。TVでは見ても生の舞台で観ることは何十年もなかった二人だが、私がこの年になって出雲にやって来るとは。この日が楽しみで楽しみで待ち望んでいたのだが、この芝居をみるまでが一苦労あったのである。
それが我が同棲相手のマルコである。私が畑に出ただけで後追いして寂しがって鳴く。お昼に外食に行ったり、ちょっと買い物に行こうものならパニックを起こして、所嫌わずオシッコやウンチをしてしまうのだ。しかし、私には検査で病院に通うこともある。仕方ないので外出時には車の助手席に乗せて出かける。お昼の外食と買い物の間はそれでもいいが、病院や観劇など2時間以上になるとそれも不安になるので、長時間になる時は後部席を車椅子仕様にして、床にブルーシートを敷きその上にタオルケットを敷いてマルコを閉じ込めておくことにした。予定地に早めに到着し、散歩してオシッコさせてから車に閉じ込めておくのだ。この日まで3回くらい予行演習していたが、今日が一番長く1時半開演の4時前終了である。会場の大社うらら館は遅く行くと駐車場に入れないと聞いていたので12時に駐車場に車を入れる。そしてマルコの散歩をする。


大社うらら館(左端のかまぼこ型)を出て堀川を渡る。背後の鳥居が神門通り。左へ真っ直ぐ行くと出雲大社。散歩もくたびれるのでこの後、大社吉兆館へ行き、足湯に浸かる。タオル代100円だった。50分ほど時間を潰して駐車場に戻り、マルコを車に閉じ込める。曇っていていてよかった。昨日みたいに暑かったら犬も死んじゃうかも。
一世を風靡したボードヴィリアンの二人がコンビ解消して11年。二人とも齢を取り落ちぶれてしまったが未だに犬猿の仲。その二人にTV局から特別番組の為に一度限りのコンビ再結成の話が持ち込まれる。夢よもう一度と願うも絶対に元相方を許せぬクラーク(加藤健一)。二度とない話を断るが、マネージャーの奮闘で相方ルイス(佐藤B作)と再会し稽古をすることになる。
お互いに過去の栄光を取り戻したいのだが犬猿の仲の二人は意地を張り合い、見えを張り合い、稽古も決裂する始末。しかしどうにか収録に漕ぎつけるがクラークが心臓の発作を起こしてコンビ再結成の夢は潰える。二人とも人生最後に賭けた夢を失ってしまう。
ホテルのベッドに横たわるクラークにもうこのホテルに居続けることは不可能なので、芸能人専用の老人ホームに入るしかないと提案される。そこへルイスが見舞いに来る。娘夫婦と幸せに暮らしているはずのルイスは別れを言いに来たのだ。ルイスは一緒に暮らせなくなったので芸能人専用の老人ホームに入るのだと打ち明ける。
この瞬間、私はどっと涙が溢れた。涙で舞台が見えないくらい。

舞台挨拶で加藤健一がTシャツ(2500円)とパンフレット(600円)を買って下さいと訴えたので、帰りに買う。だって同時代の同志だもの。変わらぬ歳で頑張っているのだから。
ところで、佐藤A作と言う役者がいたことをご存じだろうか。若い頃、東京ボードヴィルショーの宣伝ビラを見て、佐藤A作、佐藤B作とはなんてふざけた名前をつける連中だろうと思ったのだ。佐藤A作は多分時の総理大臣佐藤栄作をもじってつけたのだろうと想像していた。二年ぐらいでA作の名前は宣伝ビラからも消えて、佐藤B作だけがずっと残っていて、気がついたら有名になっていたという訳だ。
佐藤A作、どんな人だったのだろう。佐藤B作の名前を見る度にA作はどうしたのだろうと今でも思っている。