曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2023年07月

早いもので妻の一周忌が来た。娘と二人でするつもりでいたら、娘が来れなくなったので私一人でする。
娘は東京でオンラインで参加する。スマホで映した動画を送り、娘はその動画を見ながら和尚さんの読経に合わせて拝む。事情があって来れなくなった者には有難い。世の中便利になったものだが、二歳になる孫が風邪を引いていてひっきりなしに咳をしていて、その咳が聞こえて来るのは和尚さんには了承済み。終ったら娘もスマホから御礼を言う。
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胡蝶蘭は妻の高校時代の友人が送って下さったもの。一人だけの一周忌は寂しいと思われるかもしれないが自分はそうは思わない。華やかなものが好きだった妻のために贈ってくださる友人がいる。看取りから葬儀、一周忌と自分が一人することは周知して貰っているので遠く離れた所から手を合わせてくれていると思う。忘れている人がいてもそれでいい。何かの時に思い出してもらえれば。
仏膳は今朝作った。と言っても、煮しめと胡麻和えと香の物は総菜を買って来た。朝作ったのは味噌汁だけ。それだけでも男にとっては何気に疲れる。
一人でも一周忌はきちんとやる。手抜きしないと決めていて、一週間くらい前から庭掃除や墓掃除などを少しづつやって来た。連日暑いので草抜きなど長時間できないのだ。早朝や夕方やるのだが、朝も7時になるともう暑くて外にはいられない。それくらい暑かった。
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さすがに疲れたので、今日の昼は一人直会(なおらい)で羽根屋で割子そば六段も食う。その後、妻を分骨している妻の母の永代供養墓にお参りに行く。毎日、今日が一番暑いと言っていたが、今日が一番暑かった。こんな時間に表に出ることはなかったのでよけいにそう感じたのかもしれない。
3時過ぎころから遠雷が聞こえていたが、7時過ぎ雷が近づいて来て突如激しい雨になる。にわかに涼しくなる。雨も今の時間は止んだようだ。去年の今頃は妻が息を引き取った頃だと思い出しながらこの記事を書いている。

妻の言葉・再会語録4(通算41)

2020年はコロナ騒動が始まる年である。これまでは私も弁当を買って行き、一緒に昼ご飯を食べていたのだが、もうこの頃は昼食の介助をしていて自分は食べていないことが分かる。

2020.1.26

「目が見えるといいな」

特養に昼食介助に行った時、ふと漏らした言葉。この時はよく見えたのがよかったと言う意味合いに取れた。しばらく前からものが見えなくなっていて、目に関することで喋ったのは初めてだったので、この言葉にどきっとさせられた。

2020.2.2

昼食介助で好物のメンチカツを小さく切っていたら

「どこ、どこにあるの」

テーブルの上の左斜め前で切っているのにわからないようだ。

フォークに差して目の前においてもわからないようだ。どのように見えているのか手をのばしても違う場所をさまよっている。フォークを手の近くに持って行ってもうまくつかめない。にぎらせてやっても口にうまく運ぶことが出来ず唇の下の方に運ぶ。

どこまで見えているのか。

2020.2.5

私に向かって「おとうさん」と、言って

「おとうさんと言うようになったよ。〇〇ちゃん(娘)たちもおとうさんと言う?」

※私のことはこの頃も「おとうさん」と言ってたのに妙なことを言う。

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「早く四つ角(川尻)まがらないかな。まがるとすぐだから」

「ハリーアップ ゴートウ 外城(川尻)。ママちゃん、乗って来なかったね」

※子供の頃、バスに乗って自宅のある外城へ戻る時の記憶。母親はこのバスに乗って戻って来たのだろう。

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日光浴していて

「気持ちいい、ベリー、カンフォタブル」

※特養で昼食前に車椅子散歩していた時のこと。

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昼食介助していて

「おじいちゃん、どこのおじいちゃんですか」

はじめて「お爺ちゃん」と呼ばれる。ショック。

「日本国民ですか」

※何人に見えたのだろう。

 

2020.2.9

担当の職員さんから、とても食が細くなった。本当に食べなくなり、リンゴも残してしまうと言う。(リンゴは以前は8分の12個食べていたのに、その1個を残す)

足をマッサージしていると、半分寝ぼけて

「墓屋さん連れてって」

「どうするの?」

「ママちゃんのお墓を買うの」

こんなことを言うのは初めて。ママちゃんが死んだことは教えていないので、母親が死んだと思う気持ちが芽生えたのだろうか。

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「おうち帰りましょう」「どうするの?」

「お金とって来るの」「お金どうするの」

「卵を買うの。卵と白菜を買うの」

脈絡が飛んで

「目薬さしてください。お願いします。先生が暇な時に」

「野菜買って帰ったら、先生上がってください」

脈絡が飛んで

「早く目薬さしてください。いつも嫌がるのに、今日は我慢する。目こんなに開いている」

 

2020.2.12

「ヒロアキ兄ちゃんと私ならいい子ができるだろうね」

「〇〇(息子)と△△(娘)がいるよ」

「あっ、そうだった。かわいいもんね」

2020.2.19

肩を揉みながら「モンダミン…」とふざけると、揉んでいる手を噛むふりをして

「カンダミンだよ」

※こういう返しをしてくれた時はほっとしたものだ。いかにも妻らしくて。

2020.2.22

「お前死ねよ」

「死んでどうする」

「補償金を貰うんだ。家族どうにか暮らして行くから、保険金何度も貰えるようにするんだ」

※このへんも妻らしくて笑って聞いていた。

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「自分で死ねよ。死ねないんだろう。誰かに殺して貰えよ」

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「今日、私死んでゆくんだ。みんな元気に過ごせよ」

※笑って聞いてはいられなくなるようなことも言ったものだ。

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「焼酎買ってこい、そしたらグーグー寝てやる」

 

7月21日は『出雲演劇鑑賞会』に入って2回目の演劇鑑賞。俳優座の芝居を見るのは40年ぶりぐらいか。私の若い頃は『民芸』とか『俳優座』など有名な劇団は既成演劇として打破されるべきものという風潮があって、私たち反体制的若者は『天井桟敷』とか『赤テント』などの小劇場の芝居に熱狂していたものだ。私は寺山修司や唐十郎が肌に合わなくて、清水邦夫の芝居をよく見ていた。
今日の芝居の作者も演出家も役者も一人も名前を知らない。演劇鑑賞会に入っていなければ絶対に観ることなどない芝居であった。今どきはどんな芝居をやるのだろうと興味半分で余り期待もしないで観た。『雉はじめて鳴く』も地味な題名でイメージも浮かばない。だが、始まって2時間、地味な学園内のドラマを身じろぎもしないで最後まで観てしまった。主人公の高校生はモンスターペアレントの母と二人住まい。父は主人公と妻を捨て実母の介護をしているがどこに居るのかは分からない。母はアルコール中毒になり心を病んでいる。そんな主人公が心のよりどころにしているのは担任の女教師。その女教師も主人公が所属するサッカー部の教師と不倫。主人公に思いを寄せるサッカー部のマネージャーも絡み、主人公と女教師の噂だけが独り歩きする。(救われない主人公が女教師にハグをして貰う。その場面を目撃されて噂が広がり、周囲の皆が振り回される)。救われない不倫の女教師。救われないアル中の母。実母を介護する父も救われない。主人公も救われない。救われない人たちの救われないドラマがこれでもかと繰り広げられる。それが俗世界の中で繰り広げられるから主人公たちはますます救われなくなる。
こんな救われないドラマがどうなるのだろう、どう救われるのだろう。ただその一点に引き付けられて最後まで固唾を呑んで観てしまったである。結局、ラストは主人公を苦しめていたモンスターマザーの脳溢血の急死で話は終わるのだが、俗世界では解決しても主人公たちはもはや救われないところにまで追い詰められている。主人公はラストでハグを求めるが女教師はもうハグをすることができなかった。
そして、そこへ車椅子の老婦人を押す初老の男が登場する。(それまでもその車椅子は何回か登場する。それは主人公の行方不明の父と実母)。今度もそうかと思っていると、実は30年後の世界で。車椅子に乗っているのは元女教師67歳。押しているのは齢をとった元高校生。その日、30年ぶりに再会したことが分かる。女教師は30年待っていたと言い、彼女の方からハグを求める。応える昔の教え子。
いつかは救われるとしてもかくも時間がかかるものなのか。安易な解決はしないだろうと思って観ていたが、いつまでも余韻の残るドラマだった。観客も救われたのである。
『雉はじめて鳴く』の題名について。
雉が鳴くのは恐ろしいことが起きる前兆と言う意味があるらしい。一方では雉が「ケンケン」と鳴くのは互いに呼び合う恋の声でもある。主人公の名は「けん」。劇中、飛び出したり、行方不明になる主人公をみなが「けん、けん」と叫んで探し回る場面が何度もある。
考えられたいい題名なのである。
ラストは無人の舞台に車椅子が一つ。
妻の一周忌のちょうど一週間前にいい芝居を観せてもらった。

この二日ほどみょうちきりんな夢を見た。正確には夢とは言えないかもしれない。そもそも私の場合、夢と言っても映像がないのだ。最近特に映像付きの夢をあまり見ない。では何かと言われると寝ているのに頭の中で妄想のようなものが浮かび上がり勝手に語り掛けるように進んで行くのだ。二日続けて浮かんだ同じ夢(妄想?)を紹介すると以下のようなものだ。
「紫蘇城(漢字が浮かぶ・多分こんな感じの字だったと思う)を作らないといけない」
そしてなぜか城と言っているのに白い蔵が浮かぶ。この妄想で浮かぶのはこの蔵だけ。
ここで補足すると、妄想の中で自分は「紫蘇」が「白」を意味していると意味不明のことを言っているのである。そして自分でもおかしいと思ったのか。字を間違えているかもしれないと思うのだが、それがどんな字なのか浮かんで来ないのだ。そしてもどかしいまま妄想は進む。
「蔵の三割に石を貼り付けると300両かかる」
薄く平らな大きめの板状の石を蔵の下部三分どころまで貼った絵になる。
「蔵の六割に貼ると1000両(確か千両と言ったと思う)かかる」
そして蔵の半分以上に石を貼った絵になる。
ここでまた補足すると、妄想の中で自分は呟くのである。こんな蔵を見たことない。どうしてこんな蔵を作るのだろうと。かくして答えがみつからないままさらに妄想は続くのである。
私は悩む。
「こんなことどこで書けばいいのだろう。辰敬はどこでこんな蔵を作るのだろう。どう書けばいいのだろう」
実は私は辰敬の小説は7月の何日かに10章の本文を書きあげていた。その後は後日談を含めたあとがきを書いていて、そのあとがきもその日に一応書き上げたところだったのである。だからこそ悩むのだ。もう書き上げたのに今更こんな話をどうかけばいいのか。夢(妄想)の中で焦るのである。しばらく焦っていたら意識が戻り。夢(妄想)を見ていたことに気がつき、夢なのだと自分に言い聞かせながらその後は完全に目覚めることはなく、半分起きているのか寝ているのか分からない状態が朝トイレに行きたくなって起きるまで続くのである。
そして、今日もまたご丁寧に同じ夢(妄想)を見たのであるが、ふと気がついたのであった。
「これは辰敬の夢ではない。これは新井白石の夢だ。白石は火事をとても恐れた。火事になると蔵に保管してある自分の草稿が燃えてしまうからだ。大火に遭った時も蔵を必死に守った」
そして夢(妄想)の中で私は安堵するのである。
「ああ、よかった。辰敬のことでなくて。これで書き加えることを考えなくていい」
そして、考えるのである。どうしてこんな夢(妄想)を見たのかと。
この時は、うとうとしながらもかなり意識は覚醒している。そして、はたと原因に気がつくのだ。
二日前の夜。わたしはNHKでカズレーザーの番組を偶然見たのである。それはカズレーザーが最新の科学や知見などについて専門家から意外な話を聞くと言う番組である。私はTVはほとんど見ないし、寝る時間の番組だから最後まで見たことも無ければ、チャンネルを止めたこともない。が、その日だけは20分ぐらい見てしまったのである。テーマは「記憶は眠っている間に作られる」であった。
それによると、起きている時、一生懸命覚えようとしても覚えられなかったことでも朝起きたら覚えていることがあると言う事であった。そんな馬鹿なと思うだろうが、理屈を聞いて納得。
その時覚えられなくても、一生懸命覚えようとしたことを、本人が眠った後でも脳はそれを大切な情報として本人が寝ている間にトレースしていると言うのである。だから起きた時には本人が知らないところで覚えていたと言う結果になるのだ。
そう言われて、記憶ではないが、若い時の体験を思い出した。
締め切りがあるのに原稿が書けなくてうんうん唸ることはよくあった。そんな時、眠いし出来そうもないし、朝起きて頭がすっきりしてからやり直そうと思って少しでもいいから寝るのだが、起きて取り掛かるとなぜか昨夜の悩みが嘘のようにすうーっと書けることがよくあったのである。
これも記憶の話に通じるところがある。ああでもない、こうでもないと考えたことを、寝ている間に脳が整理してくれていて、正しい答えに近づけるようにしていてくれたのかなあと思う。
最初の話に戻ると、TVで扱った記憶の話とは違って、わたしの老化した脳が「記憶」つながりで支離滅裂に妄想しただけのお粗末な話でありましたが、脳が不思議な存在であるということだけは改めて認識した。それは妻の長い介護で何度も体験したことでもあった。

出雲の大雨で皆様からご心配を頂いておりますが私のところは確かに2、3時間激しい雨は降りましたが雨の被害は何一つありません。ニュースで映される出雲市内の映像を見て初めて被害を知るありさまでした。市内で24もの川が溢れたなんて信じられませんでしたが、平田の病院に行く時に通る北山の麓の道が泥水で溢れているのを見て被害の大きさを実感させられました。
家に閉じこもっているしかなく、友なし、家族なしの孤老状態ですが、それはそれでいいとろもあります。それは畑に出なくていい事です。晴れていたら畑には山ほどやることがあり、わたしにとっては貴重な時間を畑に割くことが心痛だったのですが、雨で出られないのだからどんなに作業がたまろうと、雑草が伸びようと仕方ありません。この時とばかり終日PCに向かっていたのですが、もう一つよかったのは普段時間が割けなかった料理に時間を当てることが出来たことでした。
普段は畑やってPCに向かっていると、料理に当てる時間は1時間くらいしかなくて、爺さんの料理なのでロクな物を作ることができません。夕食に作るのはメインディッシュ1品のみ。3日か4日分。またはスープ類1品のみ。たとえばミネストローネを4日分とか。それらを日をずらしながら、合間に焼き魚とか刺身、まぐろカマの照り焼き(イオンに売っている総菜。これが旨い)などを食べる。副菜はこの季節は茄子一辺倒。
膵臓のために食改善始めた頃は脂質の低いものが分からなくて苦労した。肉はササミしか食うものがなく往生した。一時、大豆の肉で目先を変えたが旨いものではないからすぐに飽きが来た。だが2年くらい前から豚ひれと鶏胸は脂質が低いことが分かり、ぐっとレパートリーが増えた。
去年からは油を摂ってもいいことに気がついた。キャノーラ油カロリーハーフで大匙一杯が脂質14g。
それ以前は14と聞いただけで怖気図いていたのだが、考えてみれば大匙一杯で炒め物作っても3日で食うなら一回あたり5グラムにならないことに気がついたのだ。(遅すぎるけど)。
爾来、油が使えるようになり料理の幅がぐんと広がったのである。(天ぷらや唐揚げなどは駄目。第一作れない)
と言う訳で、この二日、爺さんの料理に久しぶりに集中したのです。
一昨日はナスが山ほどできているので、普段は焼きナスし作らないが、「ナスとししとうの味噌炒め」を作る。レシピを見ながらひょいひょいと作る。油は大匙2杯とかいてあったが2杯は流石に多すぎるので1杯弱に抑えて作る。油が少なくても出来ないことはないのだ。余裕があったので家で出来たじゃが芋とナスで味噌汁を作る。浅漬けのもとでナスの浅漬けも作る。10分。ナスばかりだが人に出すものではないからこれでいいのだ。メインディッシュは冷凍庫から干しカレイを引っ張り出してきて焼く。
おかずの残り物が二品あったので結構テーブルは賑わった。
昨日は「長芋いため」と言っても大したことはない。
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こういうものがあるから、肉と野菜を切って炒めてからめるだけで出来上がりである。
ただ私の場合、豚肉は豚ひれしか食えないので、何でも豚ひれで作らなければならない。そこが難点だけど二年前まではササミしか食うものがなかったことを思えば文句は言えない。
冷凍庫にあった豚ひれの残りをスライスして炒め、そこへ玉ねぎ、にんじん、しめじ、長芋を放り込んで最後にたれをからめて一丁あがり。
今日の夕食は「長芋いため」と「ナスとししとうの味噌炒めと」と「蒸し茄子」
またナスかと笑われるかもしれないが、毎日、八百屋ができるほどナスができるのだ。さすがに焼きナスやナスの田楽にも飽きて、ふと思いついたのが蒸しナス。レンジでチンして辛子醤油で食う。あっさりして美味かった。
次は「麻婆ナス」を食いたいのだが、炒めた上にひき肉も使う。鶏胸のひき肉で何とかならんものかと研究中である。










娘がTVのニュースを見ながら、もうすぐ2歳になる息子に「雨ざあざあ」と教えたら、孫も面白がって「雨ざあざあ」と繰り返している動画を送ってくれた。出雲は一日中「雨ざあざあ」。
特に朝がひどかった。8時ごろちょうど線状降水帯が通過する時で、大きな雷も二度轟き二年ぶりの雨だった。
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左)門から玄関
雨がたまって長靴がないと歩けない。
右)門の前
ここにもプールのように水がたまっていた。こんなに水がたまったのは記憶にない。
9時過ぎにはグループホームへ母を迎えに行き、家でゆっくり過ごし、昼ご飯を食べてから戻る予定でいたが、これでは歩けないので急遽中止にする。
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池も溢れていた。線状降水帯は一、二時間で通過したようで、ここ数日の九州や山口県のように次々と線状降水帯が通過することはなかったので10時ごろからは小降りになる。ただ夕方からまた激しくなる予報だったので、今日の「とうろうさん」は中止になる。集落の三叉路の一畑薬師の燈籠で毎年行う集まり。和尚さんがお経をあげて村人も拝む。小雨でもやったことがあるが、こんな大雨の時は出たくないねえと裏のMちゃんと話していたら午後になって中止のお触れが回る。
そのMちゃんには小雨になった時に、玄関の西壁を見てもらう。強い雨が降ると雨が玄関に沁み込むのである。もう10年くらい前から気になっていたのだが大量に沁み込むわけではないので放りっぱなしにしていたのだがそうもゆかなくなり、昔から比べたらこういうことにもとりかかる余裕が出来たので頼んだ次第である。私が西壁の上の方から沁み込んでいるのかと思ったが、Mちゃんはプロである。壁に接した庇の垂木を伝わる滴をたどり、庇のトタンから沁み込んでいるかもしれないと予測する。台風のシーズンまでに暇な時に修理してもらうことにした。
全国放送では大社の方や日御碕辺りで崖崩れがあったようだ。私も出雲市内で水が道路に溢れているニュースを見たが私の家の周囲は平地で田圃が多いからがけ崩れは起きようがない。水も溢れることもない。この地域は長浜コミニュティセンターが緊急避難場所として指定されたことが発表されていたがこの辺りの人はまず誰も行かないだろう。
昨日のうちに腐葉土や廃土を袋4つ分詰めておいた。抜いておいた草も燃えるごみの袋に詰め込んでおいてよかった。雨に濡れたまま放置しておいたら水浸しになって大変なことになる所だった。明日の日曜までは雨は強く、水曜日頃まで続くらしい。これが梅雨末期の雨になってくれればいいのだが。
毎日の水やりが大変で、降らなければ降らないで文句ばかり言っているくせに、一日大雨が降ったら降ったで文句を言っている。

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