曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2023年06月

フィリピンのイロイロの大学生の学費を支援することに決めた。いきさつは娘の一言。昨年妻が死にささやかだがいくばくかのお金を子供たちにも残した。娘はそのお金を大切に使いたいと思っていて、母親が一番喜んでくれるのは何だろうと考え、フィリピンの貧しい子供たちを学校に通わせてあげることだと思ったのである。娘の話を聞いて、私も賛同。具体的に話が決まったら教えてくれと伝えていたのだ。
娘が支援するのはフィリピンのイロイロ州というところで活動する団体。事務局長をしているのは日本人女性。イロイロは娘が今から10年以上も前に海外青年協力隊で派遣されたところ。事務局長をしている女性も同じ時に娘とは違う分野で同じイロイロに派遣され、イロイロにいた時から交流のあった人。協力隊の任務が終った後も現地に残り、学校へ行けない子供たちを支援していたというからすごい女性である。
以下はその人の娘へのメール。抜粋。

「この度は、私どもの教育サポート事業にご参加いただき、誠にありがとうございます!

フィリピンでは高校、大学に進学する夢を持つ子ども達がたくさんいて、LOOBでは毎年100名の支援を目指しているものの、現在その4分1程度しか教育サポート会員がいない状態です。ですので、〇〇ちゃんにご参加頂きまして、本当に有難く感謝の気持ちでいっぱいです!

 

2022年度(教育年度20228月~20237月)は、小学生から大学生まで55人の支援を行うことができました。

特に子どもの成長に合わせて、大学生は10名、中高生は34名、小学生9名となり、毎月のリーダー活動もとても盛り上がってます。

 

教育サポート事業は、1ヵ月1,250円(1年間15,000円)の会費により支えられております。

下記サイトで730日までに会員登録をして頂きますと、8月から1名の子どもを支援することができます!🙏

1011月、12月に支援を受ける子ども達との交流会にご参加いただけます。クリスマスカードも届きますので、お楽しみに~!」

1,250円は高校生支援バージョンまでのようで、大学生支援バージョンになると5,000円になるそうだから、私と娘は月々5,000円支援することになる。これを知って、私は実はほっとしたのである。
もし、小学生から一人の子を支援して、もしその子が大学に行ったら、私は生きているのか、認知症になっているかもしれない。それを心配していたのだが、さすがに大学生から始めればそこまで心配しなくてもよい。しかも、支援は一年単位だから、自分が無理になっても大丈夫なシステムになっている。
妻は大学に行きたかったけれど行けなかったことをとても悔しがっていた。自分の果たせなかった夢を遠いフィリピンの恵まれない若者が果たしてくれると知ったらきっと喜ぶだろう。どんな若者を支援することになるのか楽しみにしている。後日、報告します。

LOOBの活動報告やHPは下記からどうぞ。

会員サイト(新規登録)

https://loobinc.com/membership/

 

●730日まで 教育サポート会員登録(*1ヵ月1,250×12カ月継続をお願いしております)

●8月 現地で子ども達の選抜

●9-10月 支援して頂く子ども1名を会員様にお知らせ

●10-11月 特典 オンライン交流会に参加して頂けます

●12月 特典 クリスマスカードお届け

来年12月   ★特典  オンライン交流会に参加して頂けます
来年6月 事業評価を頂き、継続か否か判断して頂けます*

 

*サポート1年後に会員様の満足度やロオブの活動評価に参加して頂き、継続か否かを決めてもらえます。

(なので教育支援をするのが初めてで、ずっと継続は荷が重いという方も安心!)

何かご不明な点がございましたら、本メールにご連絡下さいね!

それではどうぞよろしくお願いいたします。

 

小林幸恵(NGO LOOBフィリピン事務局長)

info@loobinc.com

LOOBの活動報告は、令和4年事業報告書でぜひご覧ください。

https://www.loobinc.com/doc/22report.pdf

 

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日本では学校へ行くのが当たり前なのに不登校になる子がいる。フィリピンには行きたくても行けない子がいる。月1,250円で学校へ行けるのです。♪一年生になったら~という歌がありました。フィリッピンの貧しい子にも1年生になった喜びを知って貰いたい。


多胡辰敬の子孫と言う方とメールのやり取りをしたのは去年のこと。先祖のことをよく知らないので調べていたらこのブログに出会い、コメントを下さったのがお付き合いの始まりだったのだが、昨日、急な事だけど父子で津和野に来て、今日久手の円光寺に行くので会えないかとのSMSが入る。勿論、大喜びで素っ飛んで行く。我が家からは車を飛ばして30分強。国道9号線の道の駅「ロード銀山」で落ち合う。
御子孫は85歳の18代目と40代の19代目。このお二人が多胡辰敬の子孫にして、津和野藩の家老の末裔かと思うと、歴史と会っているという実感に浸っているような気がする。辰敬の子孫と知らなければ温厚な優しい老父と父思いの息子にしか見えない。普通の親子に見えるのも時の流れであり、でもふとした瞬間に時の流れをつないでいる人たちなんだなあと感じるのも楽しいものであった。こういう人たちと会うことはないから余計にそう思うのだろう。道の駅の中でしばらく談笑して、父子は円光寺へ行かれるので一旦別れる。
私は岩山の下にある叔父の家へ行く。しばらくして父子は円光寺の若い住職を伴って叔父の家に立ち寄られる。この住職は二年前に先代が亡くなった跡を受けて円光寺に入られたばかりで、多胡父子が私の話をしたら、ぜひ会いたいと仰って同道されたよし。私もいつか会いたいと思っていたので望外の久手行きになった。多胡父子、住職、叔父と私とで岩山を眺めながらしばし話す。叔父が矢床(恐らく矢場のことだと思う)の地名が残っていること、移築する前の円光寺があった場所や波根湖のことなどを話してくれる。せっかくお会いできたので聞きたいことなど山ほどあったのだが、急いで津和野に戻らないといけないので今後ともよろしくとお別れする。
お二人は辰敬が自害した山に手を合わせて車で津和野に帰られる。手を合わせる親子の後ろ姿にまた歴史を感じる。その時、思い出したのが私が75年目の恩返しをしている、このブログにも登場した親戚のおばさんの話。このおばさんには岩山のある刺鹿(さつか)に住む友達(87歳)がいて、その人は子供の頃、親から岩山を拝むように言われ、毎日岩山を拝んでいたと言うのだ。叔父にその話をしたら叔父はそんな話は聞いたことがないと言う。でも、昔は拝んでいた人がいたことは事実である。昭和の初め頃にはまだ辰敬を敬う風土が残っていたのだろうと思う。
別れ際に住職に円光寺所蔵の辰敬を描いた掛け軸の話をしたら、文化財で保存が大変なので今は厳重にしまってあって、その代わりレプリカの掛け軸を常時飾ってあると聞く。レプリカならいつでも見ることが出来るのでまたの日に来ることにして、今日は帰りに辰敬の碑を見に立ち寄る。
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円光寺入り口
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円光寺本堂
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お寺の墓地に建てられた田湖家累代之碑。これは明治44年に円光寺25世が建てたもの。田湖となっているのは多胡がどんな字かわからなくて、調べた結果、その資料が間違っていたために田湖になってしまったものらしい。お寺の住職といえば知識人だと思うのだが明治末年頃には名は知られていても正確な苗字すらも分からなかったのである。今は久手の小学校では郷土史をきちんと教えるので小学生でも知っているのに。いい時代になったと思うのだが、私としては郷土史レベルを越えてもっと多くの人に知って欲しい人である。

ウルトラ万次郎の苗を植えたのが5月26日。
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手前に万次郎カボチャを作る万次郎苗(仮称)を植え、その向こう少し離れたところに万次郎苗だけでは花粉が足りないので、授粉させるための受粉専用苗を植えた。向こうに見える敷き藁をしたところ。雨で土が撥ねて葉につかないように藁を敷いた。(右の写真)。
ところが5日後の5月31日に畑を見たら
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ない。受粉専用苗が消えていた。慌てて藁をはぐったらダンゴ虫の大軍が密集していた。(この写真ではダンゴ虫が逃げ散った後)。葉っぱはダンゴ虫に食われてしまっていたのだ。これまでカボチャの苗に敷き藁したことは何度もあるがダンゴ虫が集まって葉っぱを食べたことは一度もなかった。どうやらここは何年も畑として使っていなかったところなのでダンゴ虫がたくさんいたようだ。
一本の苗から100個のカボチャを作る夢はわずか5日にして消滅する。万次郎苗だけでも普通のカボチャのように出来ないことはないが、100個作るためには受粉専用苗の助けがあってこそなのだ。
藁にもすがるおもいで田中種苗に電話し、事情を話して受粉専用苗が手に入らないか相談する。
田中種苗は販売会社に問い合わせしてくれる。三日後返事があり。もう販売会社にも苗はないと言う。
思わず天を仰いだら、田中種苗は他のかぼちゃでも受粉専用苗ほどの力はないが受粉できると言う。そのかわりどんなカボチャでもいいからたくさん植えた方がいいと教えてくれる。
しかし、ここで問題があった。もうカボチャの植え付け時期はとっくに終わっているのだ。仕方ないのでネットで苗を探しミニカボチャの苗を三本申し込むが、届くのは6月12日だと言う。
待ちきれないので苗を探して回るが、どこにももう苗は売っていない。やっと見つけたのが大型農道の「しんしん」。葉っぱが黄色く変色して今にも枯れそうなのが2本だけ残っていた。1本が「ロロン」。もう1本が「ブラックジョー」。
6月3日。ロロンとブラックジョーの苗を植える。
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専用受粉苗を植えた跡にロロンの苗を植え、少し離してブラックジョーの苗を植える。藁を敷くとまたダンゴ虫が来るのでもう藁は敷けない。しかし、ダンゴ虫はうじゃうじゃいる。ネットで調べてダンゴ虫対策を施す。
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ダンゴ虫はコーヒー液の匂いを嫌うと言うのでドリップしたコーヒー液を苗の周りにスプレーする。しかしいくらスプレーしてもうろうろしているので、空き缶を埋めたりガムテープを敷く。
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ブラックジョーの苗にも、スプレーして、空き缶を埋め、ガムテープも敷く。翌朝みたら空き缶の中はダンゴ虫がうようよ。
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ウルトラ万次郎苗の本体様はカバーをしているせいかダンゴ虫は寄り付いていない。12日にミニカボチャの苗が来たら植え足す予定。果たしてどうなるやら。けちがついてしまったのでもう余り期待はしていない。100本は到底無理。30個出来たら御の字。せいぜい10個か。そんな予感がしている。今年は来年のための勉強だ。
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万次郎苗の向こうオレンジのポールが立っている所、右にロロン、左にブラックジョーの苗を植えた。

7章表紙完パケ
ようやく第七章発売に漕ぎつけました。
                   『あらすじ』

恩師加田公典と十数年ぶりの再会を果たした辰敬は公典と都へ戻ると気が狂った公典を毎夜御所を拝みに連れて行く。だがこの奇妙な老人はたちまち噂となり、怪しい男が辰敬の周りをうろつく。捕まえると何と行方知れずだった修験者法月坊だった。法月坊は公典が書き溜めた後柏原帝の記録を奪うと朝廷に献上して褒美にありつこうとしたのだが泉覚坊のいちに横取りされてしまったと白状する。いちは亡き父公典が書き溜めた記録と称して後柏原帝に献上しまんまと官位を頂戴したのである。法月坊はいちは公典が生きていることがばれるのを恐れ公典を亡き者しようとしていると忠告する。
辰敬は公典を守って逃げるが泉覚坊の殺し屋に襲われる。辰敬は殺し屋を撃退するも法月坊と公典は逃げる途中鴨川に落ちて死ぬ。
辰敬は公典の亡骸を背負って泉覚坊に乗り込む。
いちとの十数年ぶりの再会は人の心を失った女との再会だった。公典を父とは認めないいちは弔いを拒否する。
辰敬は一人公典を葬ると誘われるように動乱の北近江へ行く。そこで見たものは御屋形様の仇、京極高清が下剋上の嵐に巻き込まれて没落して行く姿だった。その戦いに巻き込まれた辰敬は窮地に陥るが救ってくれたのが吉童子丸だった。何と吉童子丸も辰敬の後を追うように出雲を飛び出していたのである。出雲にいても会うことが出来なかった二人がついに会うことが出来たのである。吉童子丸は没落した出雲守護京極家の若様とは思えぬほど逞しい若者に成長していた。感激の再会であった。吉童子丸は出雲京極家の無念を晴らすために父の仇である京極高清を追っていた。辰敬と吉童子丸は高清を追う。
その途中、辰敬と吉童子丸は足の不自由な美しい娘冬を救う。冬は高清の娘だった。だが冬は父から愛されたことのない薄幸の娘だった。悲運の若君と薄幸の姫君に愛が芽生えた時、辰敬は二人の未来のために命を賭ける。

残すは8章、9章、10章。8章で長い旅が終り、9章10章で完結。何とか年内発売は出来そうです。

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