曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2022年12月

この秋、素敵な古本屋さんを見つけた。今市の出雲そば店羽根屋本店の近くにある「句読点」と言う小さな古本屋である。今回、訪れたのは三回目。いつも羽根屋でお昼にそばを食べた帰りに立ち寄っている。最初はたまたま小さな古本屋が出来ていることに気がついてぶらりと入った。暮れに娘が孫を連れて帰省するので孫のためにいい絵本があれば買おうと思ったのであるが、レジの横を見たら箱の中に名刺大のカードがいっぱい置いてある。カードには100、200、300などのハンコが捺してあり、from〇〇〇(愛称)for本が好きな人へと書いてある。for出雲高校の学生へとかfor本がすきなお子さんへなどと記したものもある。
若い店主に「これは何ですか」と問うたら、お客さんに教えて貰って始めたシステムだと言う。
数字の意味は100円、200円、300円引きを意味している。その値引き分はあらかじめお客が誰か知らない本が好きな人のために支払っているのだそうだ。1000円の本を買う客は300円券を使えば700円で買えるのである。本好きが本好きのために、小さな子供のために、若い学生のために、あるいは同じジャンルの好きな人のために善意で作る割引券なのである。作る人に利益はない。お金を払ってカードを作るだけである。そのカードを使って本を読んでくれる人がいることが嬉しいだけなのである。
この世知辛い世の中になんとほのぼのとした話だろう。私は嬉しくなってその日は本は買わなかったが1000円払って200円券を5枚作った。一週間後、その店で孫のために絵本を買い、自分で作った200円券を使い、200円引きで買った。
話は続く。2週間ぐらい前だったろうかTVを見ていたら、これと同じシステムの駄菓子屋が長崎にあると言うニュースをやっていた。大人たちが子供たちのためにお金を出して100円券を作っているのである。子供たちは駄菓子屋さんへ来ると買い物に100円券を使うことが出来るのだ。8ヶ月で1700枚も使われたそうだ。ニュースで言ってたが、これはイタリアで始まった古い慣わしで、英語でいうサスペンテッドコーヒーのことだそうだ。スタバでもやっているそうだが意味はまるで違っていて、本来はコーヒーが飲めない人のために裕福な人が温かいコーヒーをふるまってあげると言う事らしい。
そのニュースを見て数日後、古本屋さんへ行き、孫のために二冊目の絵本を買った。もちろんカードを使わせてもらった。なんと500円券があったのである。
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fromはるさんからfor時代小説が好きな人へと記されていたのだ。まるで私の為のカードかと思い、有難く使わせていただいた。カードを使うとそのカードの裏に使った人がメッセージを書いて欲しいと言われて御礼を記す。
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その日は忙しかったので、私も今度カードを作りますとだけ記した。古本屋さんは年末年始の休みに入ったので、年が明けたらカードを作りに行くつもりである。実は前々から心に秘していることがあるのだ。

12月22日(木曜日)
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週末はすごい寒気が来て今度は降るぞとさんざん言われていた。この日も夕方から降ると言っていたのでシャベルと長靴を積んで例によってコメダ珈琲へ行くも雪は降らず。
だが夕方から風が強くなりまるで嵐のように轟々唸りを上げて吹きまくる。
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明日の天気予報を見たら出雲は最低が零下1度。島根県の平野部でも20~40㎝積もると言う。今年一番の寒波だからありうる話である。明日JALは運行停止。JRもサンライズ出雲や特急やくもなども停まる。長距離バスも全部停まる。隠岐汽船も停まる。学校は軒並み休校。
途端に不安になる。何が怖いかと言うと停電である。我が家はオール電化なので停電になったらアウトである。物置に七輪と豆炭はあるがそんなものを家の中で使う訳には行かない。小学生の時、七輪ですき焼きを食っていて一酸化中毒になって倒れたことがあるので七輪は怖い。トラウマになっているのだ。
ジュンテンドー大社店に7時の閉店15分前に飛び込み、「一番安いストーブ下さい」と言って、トヨトミと言う聞いたことのないメーカーのストーブを7255円で買う。ポリタンクも買い、ビュービュー寒風が吹き付ける中、ガソリンスタンドへ行って灯油も1000円分買う。
何時ごろから降るのだろうかと窓から暗い庭を何度ものぞく。
12月23日(金曜日)
昨夜も一晩中荒れ狂っていたのでどのくらい降ったのかと思ったら、
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庭も畑も家の横の道も1㎝積もっているかどうかという程度。最低温度は零下2.3度まで下がったのに。朝の時点で広島は積雪4㎝だったそうだ。広島に負けているとはどういうことかと腹が立つ。こちとら昨夜はストーブの買い出しまでしているのだ。
昨夜の天気予報でも、今日の天気予報でも島根県は出雲市だけが大雪注意報で、あとの市町村は全部大雪警報が出ているのである。明日のお昼までは降ると言っているがもう信じてはいない。
安心を買ったと思えばいい。あれば使い道はある。年末年始には娘が孫を連れて帰省してくれる。北極のように寒い風呂場の暖房に使おうと思っている。

【追記】
12月24日
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起きたら降っていた雨もすぐに止んで、10時前、母のグループホームへ週刊女性とあんぽ柿を1ヶ届けに行く時はごらんの通り。
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大風で金柑がずいぶん落ちた。この程度ですんで近所の年寄りはまた言うだろう。
「大社さんのおかげじゃ」

12月14日に初雪が降る。
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お昼に神立食堂に食べに行く途中からワイパーで払わなければならないほど降り出す。食べ終わって駐車場を出る時は吹き付けられた雪がうっすらと溜まっていたが、雪は40分程度で収まる。降るとは言っていたが肩透かし。松江は去年より13日遅く、平年より一週間遅い初雪だったそうだ。
12月18日
前夜から北海道東北が大雪で西日本も日本海側は降ると言われていて、前夜も雨が降っていたので朝起きたらうっすら程度には積もっているかと思ったら、
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9時に家を出た時、庭と畑の雪はこの程度。但し、今朝は寒かった。この冬一番の寒さ。最高でも松江で2.7℃だったらしい。道路にも氷が張っていた。9時すぎていたので道路は普通に走れたが道路わきにはアイスバーンが残っていた。
今年最後の「風土記談義」があるので荒神谷博物館へ行く。
講義中の11時前、突然、ざあっとものすごい音がして何事かと外を見たら一面の吹雪。天気予報通りこれは大雪になるぞと帰りを心配していたら、雪はすぐに止む。
11時半に講義が終わって外に出たらまた降り出していた。
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古代はすの池がある広場は一面雪が舞って霞んでいた。
この後、ここまで来た時は必ず宍道の「はしもと食堂」で昼飯を食べるので9号線に出る。9号線に出るまでは雪で靄って視界悪し。ライトつけて走るが数分走って到着した時には小降りになっていた。
昼食後は出雲に戻り、イオンの喫茶店でPCを開いていたので夕方までの空模様は不明も、夕食の材料を買って出たら道路は濡れていただけ。雲は垂れ込め、風冷たく、首をすくめる。初雪よりは降ったが騒ぐほどの雪ではなかった。鹿児島では積もっていたのに。
但し、明日は雪曇り、火曜が曇り、水木が曇り雨のマークで金曜日が大雪のマーク。当たるかどうかは分からないがどんより雲が垂れ込め、寒風が吹きすさぶ山陰特有の天候になることは間違いない。
昨夜から下着は半袖から長袖に替えた。なぜか股引とかタイツだけは未だにはいたことがない。どんなに寒くてもズボンの下はパンツ一丁である。下半身は耐えられないほど寒さは感じないのだが上半身はいけない。ちょっとでも寒いと震え上がっている。
畑の作業を全部終わらせておいてよかった。こんな日に畑になんぞ金を積まれても出たくない。ウクライナの人たちは破壊された家で、暖房も水もなくどうやって生きているのだろう。

【追記】
12月19日、朝8時にコメダ珈琲へ行こうと家を出たらうっすらと雪が積もっていた。
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写真は畑と家の横の道。お昼ごろには雪はすっかり消えるが時おり雪が舞う。風は冷たい冷たい。明日は天気は回復するが金曜日は大雪のマークが出ている。大した雪ではなかったが14日からの六日間で三回も降った。また金曜にも降ると言うからこんなに降るのも珍しい。今度の金曜は降りそうな気がする。

10月12日、白内障右眼手術入院前日にニンニクと春キャベツの苗を植え付けてから、10月13日入院、14日手術。15日に退院して、10月22日に玉ねぎ極早生ジェットボールを100本、10月23日に早生ソニック116本植えて、10月27日に入院。左目手術。
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10月30日。29日に退院してすぐに晩生玉ねぎ102本を植える。奥から極早生⇒早生⇒晩生と今年は300本も植える。順番に食べるつもりだがそんなにうまく行けばよいが。
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11月3日。三連空豆を41個も植える。去年と同じ品種。おはぐろを下にして頭がちょっと出る程度に押し込むだけ。
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11月12日。つるありスナック9穴、早どりグリーンピース8穴、すじナインハイパー(すじなしのさやえんどう)8穴を植える。去年は一穴に9個も植えて間引きが面倒くさかったので今年は5個まく。白い種はグリーンピース。自分はスナックエンドウを少し食べるだけ。あとはみな娘や妹たちに送る。
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11月16日。空豆が芽を出す。去年と比べて10日ぐらい早い感じがする。暖かいせいだろう。
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11月21日。空豆は葉も伸び始める。マルチは雑草対策。草取りが嫌なので張ったが、春になって土寄せする時には剥がす予定。
右はすじナインハイパー。こちらも芽が出るのが去年より数日早い気がする。寒さ対策で冬は小さく過ごさせたいのに、こんなに育ったら寒さにやられるのではないかと心配になる。
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12月9日。芽が出ない種が二つ。こんなこともあろうと余った種をポットに植えておいたので植え替える。
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植え替えた苗。41個植えて芽が出なかったのが2個だから歩留まりはいい。
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12月10日の畑。左から玉ねぎ、豆類、ニンニク二畝。その向こうが春キャベツ。
右から空豆が三畝。その向こうが春キャベツ。全部マルチで壮観。近所の人がよほど珍しいものでも作っているのかと思って見に来たので草取りが面倒なだけですと笑う。
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12月10日。来週は雪が降ると言うので今のうちにやっておこうと思い立って豆にネットを張る。支柱を立てている時、支柱についていた土がぱらぱらとゴーグルの上に落ちて来る。手術後畑に出る時は必ずゴーグルをしているので事なきを得た。と言っても目薬はあと数日でなくなる。約二カ月一日4回さし続けた。畑に出る時は用心してもう少しゴーグルは付けようと思っている。これで年内の畑の作業はほぼ終わり。後は追肥の時期を忘れないことだ。毎年やり忘れている。
天気予報ではやっと寒くなるようで、14、15と17、18日には雪だるまが出ていた。山間部は降るだろうが平野部はどうだろう。今年は暖か過ぎたから寒くなって欲しいのだが。タイヤ交換は11月中にすませた。帰郷した頃は雪道が珍しくていい歳をして走り回ったものだが今はびくびくしながら走らせている。

師走に入った12月1日、急遽石見の母の里まで走ることになった。前日、義理の叔母さんが出雲の県立中央病院に一ヶ月近く入院していることがわかり見舞いに行った時、叔父さんがどうしているのか尋ねたら娘と娘婿が交代で世話をしていたが、娘が数日仕事で行けなくなったと言う。そこで今日、私が鮨を持って行くと約束したのである。叔父さんは今日はデイサービスで4時過ぎに戻ると言うので午前中は自宅で真面目に小説書きに励み、午後から【羽根屋】⇒【妻の墓参り】⇒【イオンで買い物】⇒【母のグループホーム】⇒【石見のおじさん】の順で西に向かって動く。
昼飯は羽根屋で出雲そば。
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天気予報通りいきなり寒くなる。出雲市でも最低が4.5℃。最高は10℃に届かず。12月下旬の天気とか。こんな日は釜揚げそばだ。足りないので必ず割子蕎麦の三段を頼むのだが今日は頼む順番を間違えた。今日みたいに寒い日は先に三段を食べてアツアツの釜揚げを後から食うべきだった。
波根屋まで来たら近くのお寺へ墓参り。妻と妻の母がいっしょに眠る永代供養墓に手を合わせる。
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出かける前に畑の周りで小さな菊を一杯摘んで持って行ったが、すでに花の木や綺麗な花が沢山供えてあったので持ってきた花を押し込むように供える。黄色と白いのが私が供えた花。寒々しいお墓が一気に華やかになった。
イオンで鮨折りと明日のお稲荷、パン屋でクリームパンとアンパンとメロンパンを買ってから、グループホームへ立ち寄る。
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面会中止になったので顔を見れなくても出来る限り顔出ししてやろうと思っている。これまではどちらかと言うと妻の方ばかり向いていたので、もう妻のところへ行くこともなくなった分、通ってやろうと思っているのだ。薄手のセーター類が足りないと言われていたので昨日イオンで買ったものと、例によって好物の熟柿を届ける。今日の職員さんは顔を見て行きますかと言ってくれたので離れて少しだけ話をする。セーターを渡すと「まあ、嬉しい」とセーターを大切そうに抱いた。
その後、一路石見へ。20分ぐらいで母の里へ着く。
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母の実家。今年の春、コロナで退院した後、帰りに車で寄り、川岸の向こうから門を眺めたが、母は実家と認知できなかった。前庭まで入ったら分かるだろうか?
4時過ぎに到着。上がって鮨とお稲荷、パンを届けて、小一時間話をして帰る。叔父さん、耳が遠くなっているのでつとめて大声で話す。家の中に上がるのは数年ぶり。
帰りに家の外へ出て、納屋越しに岩山を写す。
27歳だったと思う。「もう嫌だ」「やってられない」と師匠のところを逃げ出し、出来るだけ遠くへ行こうとおじさんのところに転がり込み、数日厄介になった。その頃だったと思う。岩山のお殿様が多胡辰敬だったことを知ったのは。いつか多胡辰敬を書きたいなあと思ったことを昨日のことのように思い出す。
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5時過ぎ。帰りの日本海。確かに突然寒くなったが、冬の日本海の寒さはこんなものではない。

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