曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2022年05月

数日前から天井でひとり運動会を始める奴が現れた。2年前だったか、インチキ臭い害獣退治業者に依頼した話はこのブログでも紹介した。忌避剤は置いてあるし、これで何年かは大丈夫と言っていたのに。確か去年も走っていたのだそのうち音がしなくなったのでそんなに気にしなかったのだが、今年の奴はやけに走り回る。床下からの侵入経路は確かに全部塞いだのでイタチでないことは確かである。儂は屋根からの侵入を塞いでくれと言ったのに大丈夫だからと言いやがって屋根の隙間は塞がなかった。たぶんテンかハクビシンが侵入したと思っている。さて、もう業者に安くない金を払って頼むのも業腹だし、どうしたものかと考えて、以前にも考えてことのある音での撃退を試みてみることにした。
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携帯型のラジオを買って来て、押し入れの上の天袋の青い矢印でしめした所に置き、ボリュームを最大にして24時間鳴らし続けたのである。田舎の家は広い。ここは母が寝室にしていた西の部屋。儂は東の端の部屋にいて途中廊下のドアを閉めておけば何も聞こえない。一日たったらぴたりと運動会はやむ。最初からこれをやっていればインチキ業者に頼まなくてもよかったのだが、とにもかくにも静かになってほっとした。
これは一件落着したのだが、儂にはもうひとつ厄介なものを退治する作業が残っている。それがオタマジャクシ退治だ。畑の池に無数のオタマジャクシが発生したのである。
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去年も発生したが早めに卵に気がついて卵をすくって捨てていたのでそれほど増えなかったのだが、今年は卵をさがすのをさぼったので気がついたら池中オタマジャクシだらけになっていた。(右の写真)ひとすくいでこれくらいとれる。
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(左の写真)あっという間にこれくらい獲れる。朝夕畑に水やりをする時間にちょこっと獲るだけだが朝夕で軽く200匹は獲っている。一週間ぐらい続けているから1000匹以上は軽く獲っている。で、獲った奴はどうしているかと言うと、殺すのは可愛そうなので排水路(右の写真)に流している。この排水路は近くを流れる新内藤川に通じているのでたくましいオタマは生きのびるだろうと思っている。
少しは減ったかなと思ったのだが、今朝、嫌なものをみつけてしまった。
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わかるかな?白く小さい粒々。そう、オタマジャクシの卵です。早くもカエルになった奴が次の卵を産み始めたのだ。オタマジャクシ退治はいつまで続くのだろう。カエルも増えて来るからカエルも捕まえなければならないがカエルは素早いから捕まえるのは大変なのだ。
田舎に戻ると東京にいた時には想像もできなかったことをしている。
そう言えば、今朝は「空き缶空き瓶拾い」の日だった。この辺りの地域全域で8時に集合して地区ごとに空き缶や空き瓶を拾うのであるが、昔は純農村地帯だった我が地区に空き瓶や空き缶など一個も落ちてはいない。これが観光客が通る出雲大社へ行く道だと結構落ちているらしい。集まって来る者、口々に「何も落ちてないよ」。やることがないので地区会館の周りの草抜きして終了。これで市から200円が来る。4月の溝掃除が800円。計1000円頂ける。

5月は収穫と夏野菜の植え付けの季節。
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4月30日              5月11日
ようやくイチゴが実り始めた。
5月11日
この頃には一度にこれくらい獲れる。15日頃が一番沢山獲れて、この1.5倍くらい獲れたが、早くももう下降線。そろそろ終わりそうな気配。イチゴはあっという間だ。青いのはスナップエンドウをゆでたもの。スナップも沢山獲れたので毎晩茹でて食べているが、昨日16日で終了。
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4月30日空豆            4月30日スナップえんどう
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4月30日ロングピース        4月30日すじなしえんどう
空豆は今日17日に第一回の収穫。50個ほど獲って娘に送ってやる。まだ山ほどなっている。
すじなしえんどうももうそろそろ終わり。ロングピースはそろそろ獲ってもいいのだろうが、初めて作ったのでまだ畑にほうりっぱなし。どうやって食っていいのかわからん。誰かに送ろうと思っている。
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5月1日鴨が来る          5月2日ぬけがら
今年も鴨が来たがなぜか1羽だけ。毎年カップルで来る鴨だと思うのだが。別れたのかなと思ったが鴨が別れるのもおかしいから、おそらく死んでしまったのだろうと思う。毎年お馴染みだっただけに哀れで寂しそうに見える。
今年もギンヤンマが羽化したが毎年10個近く抜け殻を見るのに今年はまだ2個しか見てない。
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5月1日なす            5月6日ニンニクの芽
縞むらさき、とろり白なす、ステーキなすを3本ずつ9本植える。
ひょろりと伸びているのがニンニクの芽。近所の奥さんが食べられると言うので楽しみにしているのだがなかなか揃って伸びてくれないので食べるのは諦めた。威勢がいいのでいいニンニクが出来ることを期待している。
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5月9日玉ねぎ           5月16日玉ねぎ
晩生の玉ねぎが枯れ始めた。隣の奥さんの玉ねぎも葉っぱが黄色くなっていると言う。16日にはとうとう枯れたところが干からびて黒くなってしまった。玉ねぎの大きさも半分くらいしかない。坊主もでき始めた。病気なのか天候のせいなのかさっぱりわからん。帰郷して11年、玉ねぎを作って初めての出来事。保存が出来て重宝する野菜なのにがっかりである。
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5月2日なす追加           5月5日サラダ甘長
ナスの第二弾を隣に植える。筑陽の接ぎ木苗5本。実生苗だと1本130円。接ぎ木苗だと230円。百円高いが接ぎ木苗は丈夫だと言うのでけちらないで接ぎ木苗を買う。こちらは普通のナス。
なすの畝の空いたところにサラダ甘長3本とピーマン3本を植える。右の畝の1本と左の畝の2本がサラダ甘長。甘長の向こうがピーマン3本。サラダ甘長にははまっていて食事の時ポリポリ齧るのが好きなのだ。
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5月14日薩摩芋          5月14日じゃがいも
薩摩芋は右がシルクスイート20本。左が安納芋19本。焼き芋屋やる訳でもないのにこんなに作ってどうするのと言われれば、みんな送ってあげるために作っている。
じゃがいもは写真で見るといいように見えるが実は実に出来が悪い。マルチ張る新農法の3年目でなれているはずなのにどうしたことか。じゃが芋に肥料をやる必要はない。芋の栄養だけで十分育つと言う言葉を信じて今年は肥料を入れなかったのがいけなかったのだろうか。実は去年までは必要ないと言われていたが、それでも不安で多少なりとも肥料をやっていたのだ。どうなることやら。
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5月15日田植え
隣家の田植えが終わった。田植えが終る頃我が家の農作業も終わるので、ああ、やっと一区切りついたと思う。今年はトマトもカボチャも作らなかったので楽だった。作ろうにも空豆で場所を取った上に、ナスも薩摩芋例年の倍植えたので、作るスペースがなかったのである。後は収穫してあちこち送るのが老後の楽しみなのである。

明日が母の日なので今朝グループホームの母へカーネーションといつもの週刊誌を届けた。
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今年後期高齢者になる爺さんがいまだにおかあちゃんは気恥ずかしいのだが、もう70年以上「おかあちゃん」と言っているから今更呼び方を変えるわけにも行かない。怒る時も「おかあちゃん」である。
グループホームでもわしが「おかあちゃん」と言うと、母は職員さんに「おかあちゃんだって」と苦笑して見せる。母もいい歳をした倅に「おかあちゃん」と呼ばれるのは照れ臭いのかもしれない。母も父も両親を「お父さん、お母さん」と呼んでいたのに、なぜ儂ら兄妹だけが「おかあちゃん、おとうちゃん」と呼ぶようになったのかわからない。依然面会できないので玄関で職員さんに渡すだけ。
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これは娘が特養の母に送るカーネーション。娘は「おかあさん」と呼ぶ。自宅に送って来たので、この後、特養に届けに行く。儂のカーネーションはイオンで1700円ほど(税込み)で買ったのだが、こちらは随分高そうだ。儂は妻の好物のカットスイカを買って届ける。窓越し面会の予約をしていなかったのでここでも職員さんに渡しただけ。

娘のLINEの報告によると、5月2日に東京からオンライン面会して元気だったそうだ。

「〇〇くーん、一緒におばあちやんと寝よう。オシッコしても怒らないから」

孫が笑ったり、キャーと叫んだりしたので、「可愛い、可愛い」と喜んでいたそうだ。
娘一家が帰郷して面会に行った時、好意で孫だけ特別に抱かせて貰ったことが記憶に残っていたのかもしれない。

娘が8月から仕事に戻ると言ったら

「涙が出るほど嬉しい。怪我しないでね」

と、おかあさんらしいことを言ったそうだ。

久し振りに今はお婆さんになった妻がまだおかあさんだった時の語録。13年も前のことだ。

語録(34)

2009.7.1

「今日、川尻に行かんといかん」「なんで?」

「幽霊に会いに行くの」「幽霊に会ってどうするの?」

「幽霊をやっつけるの」

2009.7.4

「いま薬のませるから」

「ありがとう。感謝よ。お父さん」

「いいよ、薬ぐらいで」

「飲ませてくれないと、私だったらためておくばかりだから」

2009.7.

(おむつ替える時)

「お父さん、これ仕事だと思ってやってるの」「いや」

※義務でやっているように見えたのだろうか。ドキッとして、そう見えたなら申し訳ないと心で謝る。

2009.7.21

「お父さん、手(左手)が冷たい」

「撫でて」と、言うので撫でていたら

「手を持って撫でて」と、言われる。持って撫でたら

「気持ちいい」

2009.7.24

「お父さん、私の代わりにトイレに行って」

「なんで、でそうなの?ウンチ?」

「うん、むずむずするの」

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妻がなにかするのに「そうそう……」と、合いの手を入れたら

「いちいちうるさいね」

2009.8.5

「左足が動かないの。こんなことで歩けるのかな。ギブスしているからいいか」
※これを言われるのが一番つらいのだが、それ以上動かないことを深刻に悩まないので助かっていた。

2009.8.6

「お父さん、仕事、行かないの」「うん」

「やる気、ないのね」

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「濡れてるのにパット替えてくれません」

「人聞きの悪いこと言うな」

「濡れてるのに濡れてないと言います」

2009.8.25

「ヒロアキ兄ちゃん、スタイルいいね」

「おれ、お父さんだよ」

「なに、ここへ来たら、お父さんになったの」

2009.8.28

「なんでもやってもらうからさ、最近、ひとりでやりたくなくなっちゃった」
※やりたくないのではなくて出来ないのだが…

2009.9.3

「お父さん、それ好きねえ(何か食べ物)今度結婚する人に教えてあげるよ」

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「お父さん、子供の作り方忘れたんじゃない。みんな、曽田さんち、そろそろと思ってるんじゃない」

2009.9.7

「だるいの?お父さん、ここで寝てたら、かわってあげるから」
※こういう優しい所は病気の前と変わらない。

2009.9.25

(夜眠れないので足を揉んでやっていたら)

「気持ちいい。正月からありがとう。今日、若宮さんへ行かんといかんよ。大吉、引いてね。去年も大吉じゃなかったけ」

2009.10.3

「今日で川尻もおしまい」

「なんで終わりなの?」

「明日、東京へ帰るから。モモちゃん、いっぱい楽しんでおきなさい」

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「ヒロアキ兄ちゃん、どう思う?」

「おれ、ヒロアキ兄ちゃんじゃないよ」

「ヒデキ兄ちゃん」

「ヒデキ君でもないよ。誰?おれ」

「あっ、名前変えたんだ」じっと見て「なんて名前だっけ」

2009.10.8

五十六会(看護学校五十六期)の写真を見て

「〇ちゃん(娘)、五十六会じゃないのに入っとらすね」

「〇ちゃんが入ってるの?」

「うん、写真にうつってる」

2009.10.25

(夜、パット交換時)

「寒くないようにして」

「?」

「男の子、可愛かったんでしょ」(赤ちゃんのこと)
※何のことか今となってはよくわからない。
※この頃はメモを取るのにくたびれてしまって月に3、4回程度しかメモしていない。

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