曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2022年01月

いい知らせから。
昨日、3回目ワクチン接種の予約が取れた。2月8日。3回目もファイザー。集団接種ではない、個人病院の接種である。儂は去年同様集団接種が先に始まり、個人病院の接種は遅れて始まると思っていた。ところが一昨日の隣保の集金会でMちゃんが「おら、5日に予約を取った」と言うのでビックリ。さては申し込み開始前にずるして頼み込んだのかと思ったら「接種券送って来たから申し込んだだけだ」と言うではないか。家に帰って接種のご案内をよく読んだら、案内を受け取った人は個人病院に申し込んでくださいとある。集団接種は2月7日から受付で2月13日から開始。何と今回は個人病院の接種の方が早かったのである。雑な性格で面倒くさがり屋だから案内をきちんと読んでいなかったのだ。大失態である。慌てて昨日の朝、Mちゃんが予約した病院に電話して8日に取れたと言う訳。聞いたら案内は儂の方がMちゃんより早く受け取っていたので本当ならもっと早く予約できていたのだ。残念無念。でも8日に取れたのだからよしとしよう。
次に悪い知らせ。
右の手首が痛くて往生している。原因は昨日の朝の慣れない金づち使っての釘打ち。
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わがやの西の塀は割り竹の塀になっている。Mちゃんが作ってくれたものだが、時間がたったので防腐処理の塗料を塗ることになった。左の写真は途中まで塗ったところ。ところで年月が経っているので釘が浮いてしまっている。朝、Mちゃんが来て、時間があるならこの釘を打ってほしいと言う。儂は9時から接種の予約電話をするし、この日は隣保の農作業用の共同水道の修理に水道屋がくるので、その立ち合いもしなければならなかった(いま水道係をやっている)ので、いいよと安請け合いしたのが間違いのもとだった。トントンと釘の頭を打って行けばいいだけなのだが、これが固くてなかなか打ち込めない。かなりの力がいる。2、3回打てばいいと思っていたら10回以上打たないと入らない釘もある。なかにはバカになっている釘もあるのだが。一本の割竹は3ヶ所で止めてあるから見ての通り何百本もの釘を打ったことになる。始めてすぐに手首が痛くなったがやめるわけに行かない。休み休みだましだまし、途中でMちゃんの家に上がり込んで茶しながら昼前に終了。途中、水道屋さんとも相談。こっちはもっと古いしろもので、ポンプやタンクの交換まで話題に上がる。費用を考えると、こっちは頭が痛い。
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西の塀は綺麗に塗りなおした。これ全部トンカチで打ったのだから腕が痛くなるはずだ。
昨日の夜から湿布を貼ったのだが、今日は車の運転をしていてもハンドルを回すと腕が痛い、もちろん重い物は持てない。パソコンが重いのだから。夕食に野菜を食べようと思って大根おろしを作ろうと思ったがとんでもない話だった。そこでほうれん草を茹でたのだが、水で冷やしてさて絞ろうと思ったら痛くて力が入らない。仕方ないから左手で絞り鰹節をかけて食ったがやけに水気の多いほうれん草になってしまった。パソコンを打てないほどひどくはないがなんとなく右手の調子がおかしい。包丁もうまく使えない。鍬やジョウロはもちろん持てない。今よく見たら腫れていることに気が付く。早くよくなってくれることを祈るのみ。慣れないことはするものではない。

ついに島根県もマン防を要請する。暮れからあれよあれよと言う間に広がった。こんな田舎の過疎県なのに出雲市では県外者が持ち込んだ飲み屋のクラスター以降、学校や職場、高齢者施設でひろがっているようだ。去年までは島根県と鳥取県が日本で一番安全な県だとたかを食っていたのに。島根県も日本一感染者数が少なく、日本一を誇っていたのはいつのことやら。鳥取県に抜かれ、とうとう秋田県にも抜かれてしまった。ところで思うのだが今頃島根県でマン防やって効果があるのだろうか。ひろがっているのは職場や学校が中心で、市内の小学校や中学校は休校が相次いでいる。今日もイオンには親子連れの小学生がうろうろしていた。家でおとなしくしてろよと言いたくなるのはわしだけではあるまい。オミクロンは伝染力が桁違いだからやらないよりはやった方がいいのかもしれない。アナウンス効果もあるだろうし。だが、こうなることはわかっていたのだから、どうせやるなら早くやってしまえばよかったのにと思うのだが色々あるのだろう。
今日、やっと3回目ワクチンの案内が来た。2月7日から予約。2月15日から接種。大規模会場と個人病院で行うのは前回と同じ。またPCにかじりついて予約かと思うとうんざりするが、今回こそ早くうちたい。今になって思うに、前回はあんなに焦って早くうつ必要はなかったのだ。早くうったわしに抗体はもはや一ミリも残っていないのだから。2月後半に毎年の健康診断を予約している。もしかしたら接種と重なるかもしれない。あるいは健康診断は中止になるかもしれない。困ったもんだ。
妻や母との面会も厳しい状況が続きそうだ。妻とはガラス越し、娘はオンラインができるが、母には毎週女性週刊誌を届けるだけ。顔も見れない。県外の妹たちとは儂が面会した時、儂のスマホをつかってビデオ通話していたがそれもできなくなった。妹たちはZOOMのオンラインが出来ないので電話をするしかない。先日、手紙を書いてやってくれと頼んだ。今はまだ字が読めるから親孝行をするなら手紙もいいかなと思ったのだ。手紙なら何度も読めるし。
こんな状況だが、懲りないわしは土日祝日以外の午前中は市内のコメダ珈琲にせっせと通っている。
ここには超安全な席があるのだ。それが店の隅の窓際。
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この席は窓の上を見たらわかるが去年からいつも開いている。夏頃はもっと大きく開いていたが、冬になって猛吹雪が吹いても開いている。勿論寒気の為である。ここがわしの指定席なのである。冬は風が吹き込むとさすがに寒いがこれほど安全な席はないので座っている。PCに向かって書き物している儂にとってもう一ついいことは、ここは4人席と2人席がワンボックスになっているのだが、この4人席が寒いのであまり客が座らないのだ。座っても長居する客はいない。儂は2人席なのだが実に静かでいいのだ。オミクロンが流行り出して客も少し減ったように感じる。
午後は昼飯を食った後でイオンの2FのFIKAという店に行く。ここは窓があるような店ではないが店自体に仕切りと言うものがない。広い通路をはさんで広い衣料品売り場広がっているからいわばオープンスペースのお店という感じなのである。しかもこの店は殆どが常連で儂みたいにパソコンを開いている客やいつも勉強している女子大生(と思う)や毎日コーヒーを飲んで文庫本を読んでいるお婆さんなど顔なじみばかりなのだ。とても居心地がいい。いつも並んで勉強しているカップルもいる。これはうらやましくもほほえましい。
かくのごとく見えないオミクロンのウィルスを交わしながらしぶとく生きている出雲の今日この頃です。

先週の13日に娘が今年初めてのオンライン面会をした。その結果をラインで送って来た。
あいにく赤ん坊は寝ていたそうだが妻はとても喜んだそうだ。

「ひろひさーって、言ってみなさい。ひろひさー、ひろひさー、『ひろひさおじいちゃん』って言ったら喜ぶよ」
いつも儂の顔を見て首を傾げたり、〇〇おじさんだの〇〇兄ちゃんだの〇〇先生と呼んだりしているくせに、孫が相手だとこんな台詞が溢れんばかりに飛び出してきて、わしが爺さんになったこともちゃんと分かっていることに驚く。
寝ている赤ん坊に
「小さなあんよ見せて」
「〇〇くん、もう歩けるのー?」
などと聞き、
「早くチーママに見せてあげなさい」
とも言う。
娘によるとほぼ毎回必ず「早くチーママに見せてあげなさい」と言っているのだそうだ。
「チーママ」とは儂の母のことである。わしらの子供が生まれた時、母を婆さんよわばりするのを気の毒に思った妻が「チーママ」と言う呼び方にしたのである。
熊本の自分の母親の名前やわしの親父の名前は出てこないが、孫が生まれてからは毎回「チーママ」と言う言葉を聞く気がすると娘は言う。
世間一般では嫁と舅姑とは反りが合わないものであるが、改めて妻は舅や姑とうまくやってくれたと感謝する。と言うか、実は嫁が強くてしっかりし過ぎているので、わしの母などは頭が上がらなかったのである。それでもうまく行ってたのだから感謝である。儂は嫁と舅や姑の軋轢に巻き込まれて苦労することは一度もなかった。

赤ん坊はずっと寝ていたが面会が終わる2分前に目が覚めたそうだ。

抱いて見せてやることができたようだ。

オンライン通話を切ろうとしたら、妻が職員さんに

「あえてうれしかった」と言うのが聞こえたそうだ。
それが心底って感じの声だったので娘はとても嬉しかったそうだ。
なまの面会が出来るのはいつになるのだろう。
今日の島根県の感染者は118人。これまでの最高になってしまった。

 
語録(33)

2009.6.8

「この痛さが分らないんだねえ、折れたもんでないと分からない」
※骨折していると思って足の痛みを訴えられる時が一番辛い。さすってやると「痛い」と叱られる時があったものだ。

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(モモが鳴く)

「モモは自分でうるさくないのかねえ」

2009.6.9

(寝ていて目を覚まし)

「あら、お父さん、もう帰るの」

「もう寝な」

「はい、帰る時、起こしてね」

2009.6.10

(テーブルの空いた席に)

「ここ、〇〇ちゃん、すわるから」

「〇〇ちゃんは沖縄だよ」(娘は沖縄で働いていた)

「じゃ、今朝いたのは誰?」

「誰もいないよ。勘違いだよ」

「いやだ、ユーレイ見たいじゃない」
2009.6.11

「〇〇兄ちゃん」

「おれ、〇〇兄ちゃんじゃないよ」

「〇〇兄ちゃんだよ」

「違うよ」

「だったらダンス行かないよ」

2009.6.14

「〇〇ちゃんはいま沖縄だよ」

「お父さんは〇〇ちゃんのことはよく知ってるのね」

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「まだ起きてたの?」

「そりゃ興奮するわよ。何十年ぶりにパパちゃんと話したんだもの。写真でしか見たことなかったのに」
※たまに幼い時に死んだ父と会った話をする。

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「お父さん、ありがとう。いてくれて、今日、つくづくそう思った」
※突然、こんなことを言われると嬉しいのだが、いつか忘れられてしまうのではないかと心配になることもある。

2009.6.24

「お父さん、おむつしないの」

2009.6.25

TVに)

「みちろうちゃん(熊本の友達の子)、出てるよ。早く見て」

TVに出るわけないだろう」

「大学生だから、どこでも出るの」

幼い頃から可愛がった子。もう30近くになっているはず。

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「チョコレート頂戴、冷蔵庫にあるから」

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「羽田空港、行くの」

「どこ行くの」

「アラスカ方面、釣り道具持った?餌入れ持った?」

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「お父さん、このタンス動かすの。後ろにチョコレート隠してるの」

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「お父さん、生きている感じしてる。何度も死にかかったものね。ほんとうにお父さん生きてるよね。バンバン本書いて」
※死にかかったのは自分なのに妙なことを言う。この頃は文庫の書下ろし時代小説を最低でも年2冊書かなければお声がかからなくなると青息吐息必死で書いていた。妻にも頑張って書いているからなとは言っていたので分かっていたのだろう。結局、どんなに頑張っても年に一冊書くのがやっとだった。

2009.6.28

(夜、パット交換)

「どんな気持ちで替えてるの?汚いと思っているんでしょ」
※確かに在宅介護が始まった時は。この頃は早く終えて眠りたかった。

2009.6.29

(夜、パット交換)

「へんなことしたら大きな声を出すよ」

世間は三連休だが私は土日と祝日は午前中は市内へ出ないことにしている。平日の午前中はコメダ珈琲に行くのだが土日と祝日は混むので私のような長時間滞在者は遠慮しているのだ。コメダも「学生さん勉強に使ってください」と言っているが「土日は遠慮してください」と言っている。土日の午前中は母や妻の面会や畑仕事にあてている。明日の11日頃から天気が悪くなりそうなので三連休は畑の作業にあてる。本当はもう少し休みたかったのだが、豆が大きくなると厄介なので今のうちにネットを張ることにする。
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1月8日              1月10日
幸い三連休は春のような陽気。それだけが救い。一日目は支柱を立てるだけでいやになって、9日10日と二日かけて半分ずつネットを張る。こんなにしっかりしたネットを張るのは2年目だが去年のことをあまり覚えていないので間違えて投げ出したくなる。本当は竹を突き刺して豆を這わせる方式にしたかったのだが、竹なら取り放題のところを案内してあげると言ってた隣のMちゃんも仕事があるから明日連れてってとも頼めない。ずるずる伸びているうちに三連休になってしまったのである。竹を立てるだけだったら本当に楽だったのだが。
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1月9日
空豆の雑草を抜く。右半分が抜いた部分。左半分はどこに空豆があるか分からないくらい雑草が威勢よく育った。たい肥をぶち込み化成肥料と鶏糞をたっぷりやった畑だから雑草も育ちのいいこと。
抜くのに一苦労である。まだ半分も抜いていない。
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1月9日
ネットを買いにホームセンターに行ったらもうじゃが芋を売っている。しかも「お早めに」の文字。
去年の夏の北海道の富良野の夏の渇水で種芋の出荷量が減っていると書いてあるではないか。途端にげんなりする。
種芋が売り切れなんてことになったらどうしよう。よほど買っておこうかと思ったが、男爵とメイクイーンとキタアカリしか売っていなかったので二の足を踏む。男爵は買ってもいいのだが他はお気にの品種があるのでそれを買いたい。品薄になることを頭に入れておいてちょくちょく店を覗かないといけないようだ。ため息が出る。そうこうしているうちにじゃが芋畑の準備をしなければいけない。
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1月10日
思いがけずいいこともあった。例の残留肥料だけで育てているカリフラワー(左)とブロッコリー(右)。カリフラワーは成長がすごくて、ブロッコリーは見劣りがしていたのだが、気が付いたらブロッコリーの実がなっているではないか。残留肥料だけで肥料は一切やっていないのに小さいのが全部の株に出来ている。ちょうどお一人様サイズなので早速今夜スープに放り込んで食う。ちゃんと食べることが出来た。カリフラワーは葉っぱばかり大きくていくら掻き分けても何もできていない。別に食べるのが目的で育てているのではないのでいいのだが、カリフラワーも出来たら嬉しい。まあ、でもこれだけ育ってくれれば土中の残留肥料をたっぷり吸い取ってく余計な養分を吸い上げてくれるだろう。明日から寒くなる。雪のマークも四日連続で出ている。嫌だなあ。

正月2日目も5時半に起きてお寺さんの修正会へ。今朝は参加者は昨日より10人ほど減って21人。今日は午後から妻の正月面会が決まっていたのだが、ふと思い立って母のグループホームへ年賀状を届けてやろうと思い立つ。母の方は暮れに面会中止が決まっていたので玄関で職員さんに年賀状を手渡すだけだが、母はまだ字が読めるので年賀状を手にすれば少しは正月気分になるかなと思ったわけである。幸い天気も穏やか。いつもは車で行くのだが、車でも数分の距離で急ぐわけでもないのでウオーキングを兼ねて歩いて行くことにする。
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左)お寺の前の新内藤川を渡ったら南へ一直線。
右)橋の上から三瓶山をアップで望む。出雲風土記の国引きの話に登場する石見の名峰である。この山を杭にして朝鮮と隠岐の島から国を切り取って引っ張って来たと語られている。
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橋を渡ったらひたすら南へ。
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道は違うが小学校はグループホームよりさらに遠い。小学一年生は雪の日でも冷たい風が吹き付ける中を登校しているのかと思うと健気だなあと思う。
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右端に見える三角屋根が三つ並んだのが母のグループホーム。玄関で年賀状を渡し、今年もよろしくお願いしますと新年の挨拶をする。20分強で到着。歩いて20分のところにグループホームがあるのは田舎でもそうそうあるものではない。恵まれていると思わないといけない。
午後、昨日に続いてPCに向かって2時間ほど小説に取り組み、3時に妻の面会に行く。去年は好物の黒豆や数の子などを差し入れしたのだが、秋になって喉に詰まらせることが起きていたので差し入れはずっと止めていた。それでも正月くらいイチゴならよかろうとスーパーに寄ったら休みだった。

15分パネル越し面会。出雲ではクラスターで20何人感染者が出ていて、今日現在17人がオミクロンと判明しているが軽症と無症状。出所もはっきりしているので正月面会(15分のパネル越し)はするけれど、この先はどうなるか分からないと言われる。

今日の妻はトイレに行きたかったらしく、トイレに連れて行けと「ゴ―トゥ、トイレ」を連発。
「元気だったか」と聞くと
「こんなに元気なのに、元気に見えないのか」と今日はあまり機嫌がよくない。

娘からラインで孫が初めて笑った場面を送って来ていたので、それを見せてやると、スマホの画面に向かって手を振っていた。

「しっかり食べてるか」と聞くと
「おいしいよ、ご飯。お昼はチャーハンを食べた」と妄想。
「ヒロヒサ、はやくベッドへ寝せろよ」と言ってから「私、お前の名前をわすれてないよ」
といつも忘れるくせに今日に限って嬉しがらせる。こんなことを言うのは初めてのような気がする。

またトイレとベッドの話になる。
「ベッドに行ったらおしっこするぞ」
「かんべんしてよ」
「たまってんだよ。私をベッドにうめろ」
「うまいこと言うな」
「いつもうまいこと言ってるよ」

今日は眠かったのかもしれない。来週娘がオンライン面会するのでそちらに期待しよう。赤ん坊が起きていてくれたらいいのだが。
明日修正会の三日目が終わり。お寺の代表世話人会に出たら正月行事はすべて終了。もちのりの雑煮も食い飽きた。早く日常に戻りたい。

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