昨日19日昼過ぎ、妻の外泊を大過なく終え、特養に送り届ける。3月の外泊で風邪を引かせてしまい、特養に戻ってからも約1週間具合が悪く、特養の看護士さんやスタッフの人たちにも迷惑を掛けたので、今回は絶対に風邪を引かせないように細心の注意を払った。特養からの申し送り事項で、水分を摂ろうとしないので、水分が不足しないように注意して欲しいとも言われていたので、お茶、牛乳、ヤクルト、リンゴジュース、オレンジジュース、カルピス、コーラ、ミルクティー、スープ、味噌汁、エンシュア、もちろんノンアルコールビールにノンアルコールのサワーと、思いつく飲料を取りそろえ、手を替え、品を替え、やれ飲め、それ飲め、時にはおだてて何とか5泊6日を過ごす。飲むたびに何cc飲んだかも記録する。だが、いくら頑張っても一番飲んだ日で600㏄強が精一杯であった。
コップで飲むのが下手になり、ストローで飲むのが効率的になった。
飲むだけでなく、食べる方も手が掛かるようになった。
敢えて割りばしを使わせているのだが、はさむのが出来なくなって、いまやどうにかはさめるのはサラダのレタスぐらいなものになってしまった。手先の機能が衰えたのと、視野が狭くなって見えにくくなっているような気がする。
割りばしを使わせて運動機能を維持させたいのだが、儂も相手をするのが疲れてしまい辛くなってしまった。つい、フォークやスプーンに頼るのだが、フォークもうまく刺せないので、儂が刺して妻に持たせる。
好物のカレーも昔は自分ですくっていたが、今はうまくすくえないので、儂がすくってやるのだが、スプーンを口に運ぶまでに半分はこぼしてしまうので途中までは支えてやらないといけない。
体幹も衰えた。車椅子に移乗する時や着替えをするときはベッドの端に座らせるのだが、右手で支えを握らせていても、すぐに体が倒れる。昔は支えに掴まっていなくても座っていられたのだが。
何をするにも手がかかり、時間が掛かるようになった。
それに加えて、今回は両親の体調にも気が休まることなし。
父は再入院してからどんどん具合が悪くなり、外泊中にも病院へ出向き、主治医と面談しなければならず。一方、母はと言えば、よりによって妻が外泊前に風邪を引いてくれる。5日薬を飲めば治るだろうと思っていたが、その5日目に妻が戻って来てもまだ具合が悪い。熱は下がったが、咳をし、喉が痛むと言う。訪問医に電話し追加の薬を出してもらう。結局、外泊の間中に完治せず。91歳にもなるとかくも時間がかかるものなのか。妻の外泊中、うつりはしないかとひやひやのし通しであった。
妹の助っ人に合わせて、妻を外泊させたのであるが、妹がいてくれたおかげでどうにか過ごすことが出来た。
特養を後にした時は心底ほっとした。その解放感がどれだけのものかは数字が示してくれた。
妻が外泊中も、妹が夕食後の食器洗いなどをしてくれるので、毎晩散歩していたのだが、その時間が32分~33分かかっていた。ところが昨夜は同じコースを30分弱で歩いたのであった。歩いていても自分でも身体が軽く、足が進むのを感じ、人の体とは何と正直なものかと思ったのであった。
妻のこのような肉体的な衰えは精神面にも反映して来たようで、最近は妻のおしゃべりがつまらなくなった。儂を親戚や知り合いの誰かと思い込んで、儂が否定しても、それに対する反応が以前ほど強くない。時には反応しないこともある。話をしていても、昔のように鋭い台詞や、妻らしい冗談を聞くことも少なくなったような気がする。どきっとさせられるようなことも、切なくなるようなことも言わなくなった。
聞くのも辛い事も言われたが、今となっては懐かしく思う。そんな昔の言葉を思い出してみる。
2006年10月の語録より
「左手に触るな、痛いんだから」
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「あっ、お父さんと話してたのか。〇〇君(従弟)かと思ってた」
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パット交換時
「起きてたの?」
「おむつ替えて」
替えたら
「ああ、気持ちいい、ありがとう」
2006.10.3
「私は愛一筋、お父さんは文学一筋」
「俺だって愛一筋だよ」
「ありがとう……」
2006.10.4
「お父さん、〇時からお風呂行くよ。その後、パーマ行くよ」
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左足を動かすと
「持ち上げるな、痛い」
2006.10.6
「一生懸命作ったんだよ」
「モモちゃん(犬)、吸ってみる?これ、一生懸命の味だよ」
2006.10.7
「お父さん、今日、正月だよ。私、お雑煮作らないでひましている。お昼、お雑煮にしようか」
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「お父さん、奈良に連れて行って。今年は行くよ」
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「私もお父さんと二人修学旅行に行ってるようなもんだね。ああでもない、こうでもない」
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「最近後悔することばかり。一度荷物まとめて熊本に帰りかけたけど、戻って来た(涙声で)」
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「私も小さい時から本を読むこと好きだったの」
2006.10.8
「お宅の奥さんには言って来たの?」
「俺の奥さんはお前だよ」
「う~ん」
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「恵子さんだっけ、なんて名前か忘れちゃった。あんまり頭のよさそうな名前じゃなかった」
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「誕生日のカードほどつまらんものはない。なんでつまらんことしか書いてないの」
「そうか、お母さんならいいこと書くからね」
「たいしたこと書いてない」
2006.10.9
「うちの下の子、何ていうの」
「〇ちゃんしかいないよ」
「〇ちゃんの下の子、この前、生まれたよ」
2006.10.12
夜パット交換時、寝ぼけて「ああ、さっぱりした」
身体を動かすと「いて、て……」
2006.10.13
「今日あたり、パパちゃんが来るかな」
「パパちゃん、死んだんだろう」
「ううん、それとなく現れるの」
2006.10.14
「いいねえ、お父さんは。鼻がすっと高かったもんね。鼻たかかったのね、昔は。脚本家だからって鼻高かったのね」
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「痛い、足の骨が折れていることを分かっていないんだから。それでも医者かと言いたい」
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「何か年末のごちそう出して」(いつも年末か正月のつもりでいる)
おむつ交換時、寝ぼけて
「おしっこが出る」「いいよ」「いいよじゃないよ」
2006.10.16
「本当に車椅子人間になっちゃったね」
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「出会ったのは運命だったのね」
「よかったか」
「死ぬ時、考える。よくなかったら、ばけて出る」
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「お父さん、布団の中でいっしょにねんねしよう。あったかいから」
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「お父さんの若い時の写真を見たくなっちゃった。26年見てないから。忘れちゃった」
2006.10.26
「今年も一年お世話になったねえ。病気ばかりしてたから」
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「モモの散歩、行って来る」
「正月から散歩か。よかったね、モモちゃん。今年もお父さん散歩行ってくれるよ」
2006.10.28
「健診、悪いところなかったよ」「顔が悪いと書いてなかった?」
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「お父さん、初売りでダイヤの指輪買って」
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おむつ交換時
「こんなかっこうでお風呂行くの恥ずかしいけどしょうがないの。風呂あがってオムツでうろうろしているの私だけ」
2006.10.30
「私も〇〇(息子)の孫を抱きたいよ。可愛いかろうね」
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「お父さんも足切ったらこの痛みわかるよ」
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「目玉焼き作って、お父さんの愛情の詰まった目玉焼き食べたくなったんや」
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「家に帰ったら指揮されること多くて。カボチャをここへ置けとか。私、口に入ればいいのだから」
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「でもね、嬉しかったよ。お父さんがいない時、〇〇(息子)と〇ちゃん(娘)が来て、自分たちが大学へ行けたのはお母さんのおかげだと言ってくれたの」
2006.10.31
「お父さん感謝してるよ。でも言わないからわからないでしょ」


3月31日

4月8日 晩生玉ねぎ大ピンチ!
4月6日