『クライマガコのための遁走曲』の台本をわざわざ送って頂いた。忙しかったのと風邪で手に取るどころではなかったが、やっとページをめくることが出来た。
舞台を観てなくて、脚本だけで語るのは失礼だし、理解も至らぬところがあるのを容赦して貰って、語らせて頂くことにした。
この話は「ツクヨミ団地」「あめのま」「クライマガコのための遁走曲」「ときじくのかぐのこのみ」の4つから成り立っているのだが、それぞれ独立した話に見えて、重層的に重なっていて、4つの話をすべて聴いた時に、作者の問いかけが聞こえて来る仕掛けになっている。
儂はこういう巧みな仕掛けが大好きなのだ。儂のツボにはまったというやつだ。
それと、作者の吉永亜矢さんの真面目さが、儂の真面目さ(自分で言うのも恥ずかしいけれど、儂は根は几帳面で真面目なのだ)とシンクロしたのである。と、言っても多くの人は皆真面目に生きているわけだから、強いて言えば、生きることを真面目に考えている人と言うべきか。
そう言うと、なんだか儂までカッコよく思えて来た。^^)
今回はそこにもう一つ、「つくよみ」「あめのま」「ときじくのかぐのこのみ」と『古事記』などに登場する神の名や、木の実などの名前が表題に使われているのが個人的には嬉しかった。物語は『古事記』とは関係なく、それらの言葉は象徴的に使われているのだが、「深い静けさ」と「限りない拡がり」と「永遠の時」を感じさせてくれる。
粗筋を紹介しようとすると、克明に解析しなくてはならなくて、論文みたいになってしまうので、独断と偏見で儂のツボにはまった台詞や文章のいくつかを紹介することにした。
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二階のひと「わたしなんて最近、膝が痛くて。膝の、膝姐さんが」
一階のひと「膝姐さん?」
二階のひと「だってもうこの歳になったら膝小僧なんてかわいらしいものじゃないでしょ、だから膝姐さん」
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一階のひと「(略)それがいつだとしても、そう思えたらきっと帰って来よう。いまのこのときのここにるこのわたしに。ただいま、おかえりなさい…」
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この世界をつくったあめのまというものがいると聴いたの。あめのまはいつもわたしたちを見ていると。
でも。おとこのこは少し混乱した。でもそんなこと、いったい誰に聴いたのさ。
物知りの庭師に、とおんなのこは答えた。あめのまは、そのたったひとつの目で、なにもかも見ているのですって。
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「そのうえこっちは、なにから逃げてるとお思いかい?」
言い負かし女王はふんぞり返り、丸々と太った人差し指を顔の前に立てた。
「あたしは、あたしから逃げているんだ。どうだい?」
ぼくは口を開き、なるほど、をのみこむために口を閉じた。それは案外のみこみにくいものらしく、喉につかえ、口から出たがっていた。
「覚えておくといい、あんたが議論している相手が誰だかを」
「議論なんて」
「あたしは、クライマガコさ」
クライマガコ。なるほど。僕は心の中で思う存分、言った。なるほど。なるほど。
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「あんたが読んでも読んでもまた誰かが書く。きりがない。そういうことさ。なんだってそんなに書きたがる?」
「まったく、ぼくもそう思います。ぼくだけじゃない、みんな不思議がってるんです。どうしてこんなに書きたい人間がいるのだろう。そもそも人間はなぜ物語を求めるのだろうか、いきていくことに必要がないものを。それこそ古事記の時代から」
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これはクライマガコの部屋だ。ぼくは目だけを動かし、姿を探す。だが本しか見えない。そしてその本たちにはさまざまな形はあっても色がなかった。すべてがいちど泥水に浸かった跡のように砂色で、書名も著者名もないのだ。忘れ去られ、死にかけた本たちに見えた。こんなところで。クライマガコは。ひとりきりで。
だから逃げ出したのか。
おはなし。嗄れた声が聴こえた。声は部屋全体から響いてきた。そうか、この部屋そのものがマガコなのだ。
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「あんたは書く。それがあんたにかけられた呪いさ」
「ほんとうは、どこへ行こうとしているんですか、マガコさん」
「そっちこそどうなんだい?行く先がどこでもいいなら、なにもこのバスでなくてもいいはずだ」
「おまけにぼくは、二度と家に帰らない決意をした人間には見えない。荷物も持ってない。あなたと同じだ。ぼくも、あなたも、迷っているんだ」
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これぜんぶ、きみの本?きみが読んだの。
最初はね。退屈だったから物語を読むことにしたの。庭師に頼んで物語のなる木からひとつ、ふたつ、もらってきたわけ。
へえ。
あとはわからない。たぶん夜中、わたしが眠っているときに本と本が結婚して、子供を生んでるのだと思う。
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たいへん。そうまでして、マガコはどこへ行くつもり。
たぶん、海の向こうの…
バスは海を走れる?
わからない、けど、物語の生まれる場所へ。
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ほかにも選んでいたらきりがない。全部書いていたら、台本を書き写せと言うことになるので、ここらで筆を擱く。こうやって見ると、こういう紹介の仕方も悪くはないかな。ありかなと思う。
最後に、この物語を読み終わって、最初に思い浮かんだことを記す。
普通は批評が最初だが、思い浮かんだのはまったく個人的な感慨。
「儂は歳をとったんだなあ」
ごく自然に呟き、当然のように受け入れていた。
このように無から発想し、キャラクターを創り、世界を創る力は落ちている。
だから、歴史上の人物や事件、多くの資料に頼らないと書けないのかもしれないと。
儂は『クライマガコ』ならぬ『クライマガオ』だ。

哲っちゃんが死んでしまった。
特養の近くの小学校へ野球の試合を見に行く。