曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2018年04月

お寺の前の住職の奥さんが亡くなられて葬式があった。
案内には前住内室とある。なるほど、そういう風に書くものかと、何も知らない私はこんなことに感心するところから始まる。
父が12、3年前まで総代(檀頭)をしていたが、老齢を理由に引退したので、私にも総代を継いでやるように親からも言われていた。だが、私にはやる気がなくて、と言うか、そもそも総代というもの自体がどんなものか分かっていなくて、何も世襲でやることはないだろうと思っていたのだ。人生のほとんどが東京暮らし。田舎の事は何もわからん。それに、なんたって民主主義の子ですから。
何よりも出来ない理由があった。妻の介護をしているのだから出来るわけがない。
7年間、ずっとそれでやって来て、お寺さんの行事にも最初の一年は昔からの付き合いもあるので、なるべく出るようにしていたのだが、2、3回で音を上げてしまった。
やっぱり、辛い。
正月の早朝の集まりなんて、絶対に無理。
父も息子の事情を話してくれて、お寺さんの行事に参加できないのは大目に見てもらっていたのだが、妻が特養に入ったので、在宅介護の時ほどのわがままを言えなくなってしまった。
今回も父の後を継いだ檀頭さんが、何時から集まりがありますからとわざわざ自宅まで訪ねて来られたら、これまでのようには行かない。
親の夕食の用意をして、5時からの集まりに出る。女房はいなくても最近は親の食事の面倒をみなくてはいけなくなっているのだが……。まあ、在宅介護ほど大変ではないからなんとかなる。
それが金曜日の集まり。総代やら地区の世話人やら総勢30人ばかり集まっている。
参ったのは知らない人ばかりだと言う事。
しかも総代だと言うので、上座に座らされる。総代と言うのは5人いて、その中に親父の名もある。総代の筆頭と言うか総代の総代が檀頭で葬儀の頭を務める。
代理でのこのこ出て行って、案の定「あの人だれ?」と思われて冷や汗をかく。
父の息子と分かって、挨拶されても、これまた珍紛漢紛である。
「〇〇の××(屋号)です」と言われても、〇〇(地区)が分からない。
帰宅して、「××屋さんから、よろしく言われたが、〇〇てどこだ?」と、親父に訊いたら、
「うううう……あっちだ」
あっちじゃわからん。もうそれ以上は聞かなかった。
話は葬儀の打ち合わせに戻るが、細かいことは世話人が心得ていてやってくれるので、檀頭以外の平の総代はなにもやることない。何だか申し訳ない気がするが、兎に角西も東も分からないから、ただ話を聞いているだけ。檀家葬でやると言われても、よくわからない。
さらに、細かい打ち合わせをしていると、
「わげさは何色にしますか」と聞く人がある。
さあ、【わげさ】が分からない。
「緑ですか、茶ですか」
話を聞いていて、どうやら袈裟の事らしいと分かる。
帰宅して、すぐ、ネットで調べ【輪袈裟】と判明。親に聞いたら、仏壇の下から出してくれる。こんなことも知らないのだから情けない。
総代や世話人は全員、緑の輪袈裟で統一した。
日曜が葬儀。10時出棺だが、檀頭さんから、30分前には来てくれて言われていたので、9時半に行ったが、まだ受付の準備をしていて、霊きゅう車も一向に来ない。時間を間違えていて、出棺は10時半と分かる。
今日は晴れたけれど、風が強く、冷たい。震えながら待つ。
いよいよ出棺が近づいたら、本堂から檀頭さんが現れる。
「本堂の中で待っていたらいいのに」
そんなこと聞いてないよである。
葬儀は3時半からだが、お手伝いする人たちの手前、総代は1時半に集合してくださいとのこと。
昼飯かきこみ、親の昼飯を用意。
晩飯も用意し、味噌汁だけ作って、再びお寺へ。
境内は大忙し。檀頭さんは打ち合わせに忙しいが、平の総代は何もやることがない。
2時間座っていただけ。
葬儀終了後は、初七日逮夜法要。
直会(なおらい)をよばれて帰る。
結局、何も分からない総代の代理はただ座っているだけで、本当に何もしなかった。
こんなことでいいのかなあと忸怩たるものあり。一日中小さくなっていた。総代なんて恥ずかしい。誰か変わってくれないかなあと思う。

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今日は特養の妻が暮らすユニットのお花見。
参加者は入所者が車椅子のお婆さん7人と妻の計8人。付き添いの家族が私を含めて2人。車椅子には職員さんが一人ずつ付くから大人数になる。お婆さんたちは2台の送迎車に分乗して行くが、妻は長時間の車椅子が負担で、必ず早く横になりたいと言うのが分かっていたので、私が愛車のホンダN-BOX+で送迎する。
3年前、医者通いのために購入したのだが、すぐに訪問医になり、歯医者へ行く時しか使うことがなく、延べ半年の入院があり、一年前に特養に入り、何のために買ったのかと嘆いていた車である。こんな時ぐらい役に立ってもらわないと困る。
こうして見ると、傾き方がだんだん大きくなるのが分かる。
ここはウエルシティと言うホテルの駐車場。お花見はこの正面の道路を挟んだ有原公園でする。
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ここが有原公園。5月下旬の陽気。空は青く、ガラケーのカメラでは分からないが息が詰まるぐらいの桜吹雪を浴びる。職員さんも、こんなに快適な花見は何年ぶりだろうと言うくらい気持ちのいい花見だった。
特養を10時に出発して、お花見して、11時からウエルシティのレストランでバイキングの昼食。カツオのたたきを一杯食べさせ、ノンアルコールビールを注文して飲ませてやる。食事介助しないといけないから、付き添いは食った気がせん。残したら申し訳ないので、妻が残したものを食べて終わり。食べ終わったら、案の定、帰って寝ると言うので、先に帰る。車椅子のお婆さんたちの方が元気でこれからデザートを食べるところであった。でも、天気に恵まれ、楽しいお花見が出来た。お婆さんたちも施設では見せない愛嬌を振りまいていた。

語録(11)

2006.5.6
「私もパパちゃんの贈り物と思って一生懸命生きてるよ」
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100歳に出て来る人を見てると(TVの)あんな上品な年寄りになりたい」
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「モモ(飼い犬)は苦労するのうと言ってるの。お父さんがあんなだから、二人でワンワン泣いてるの」
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TV見て)「お父さん、ああいう風にしてよ。邦子、泣け、怒れと。そうしたら、私、ボロボロになれる」
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「この間、夢の中で、お母さん(自分のこと)も死んだよ」
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(表を通る廃品回収の車に)
「走りません、動きません。私を引き取ってください」

【この言葉を聞いた時は、スゴイ台詞だなあと思った。どんな脚本家でも作家でも絶対に書けない台詞である。俺はだめじゃんと正直シャッポを脱いだ】
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「名前がいつ出るか、いつ出るか(TVを)見てるの。お父さん、期待しているからね。えらくなるの。無理しなくていいからね」
2006.5.9
「今日一日食べさせてもらった。この幸せを誰に言おうか」
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「いまお父さんについて行こうと思う。お父さんの考えていることを知りたいと思う。この頃、よく話しかけるでしょう」
2006.5.10
欠伸をしたので、真似をしたら
「なに真似してんだ。バカたれ」
2006.5.13
「お父さん、のろいね。みんな、そう言ってるよ」
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指を下へ振って
3階へつれてって」
「ここはつつじが丘の家だよ。マンションじゃないよ」
「分かっています。お願いだから、連れて行ってください」
「病気はするもんじゃない。飲みたいものも飲めない。なんば私が悪いことしたとね」
※熊本弁になる。
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TVを見ていて
「お父さん、『かたし』てどういう字を書くの」
「少年老い易く学成り難しの難しじゃないか」
「お父さん老い易く、小説なり難しだね」

【この台詞は語録でも一、二を争う秀逸な台詞だと今でも覚えている。普通の人でも咄嗟には出て来ない。儂の大好きな台詞だ。女房に「言われちまったなあ」と苦笑いした。こう言うことをひょいと言うから油断がならない。だから今でもどんなことでもいいから、支離滅裂だろうがなんだろうがいっぱいおしゃべりすることにしている】

2006.5.23
車椅子でトイレ誘導する。
「夢の中では誰もふいてくれないの」
2006.5.24
「お父さん、たれ目だから、年取ったらエロ爺に見えるかも」
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TVで握手のシーンを見て
「お父さんも握手しよう。ありがとう。あったかい手」
2006.5.25
「お風呂連れてって。3階のお風呂。自分でも行けるんだけど、ちょっと甘えて」
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「朝のご飯作ると疲れるでしょ。私も一時間やるとぐったり。〇〇(息子)が出て行くとホッとするの」
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「誰も知らないけど、モモは(飼い犬)ひょいと起きて、『あのね、お母さん』てしゃべれるんだよね」
2006.5.28
「お父さん、やさしいね、優し過ぎるよ。私には冷たくしていいよ。邦ちゃん、邦ちゃんと言ってるみたい。邦子でいいのよ。にこにこするのは嫌いなの。パパちゃんみたいにつんと澄ましていた方が好きなの」
2006.5.29
便失禁して
「ありがとうね。これから年取ったら、こんなことばかりなのに」

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