曽田博久のblog

若い頃はアニメや特撮番組の脚本を執筆。ゲームシナリオ執筆を経て、文庫書下ろし時代小説を執筆するも妻の病気で介護に専念せざるを得ず、出雲に帰郷。介護のかたわら若い頃から書きたかった郷土の戦国武将の物語をこつこつ執筆。このブログの目的はその小説を少しずつ掲載してゆくことですが、ブログに載せるのか、ホームページを作って載せるのか、素人なのでまだどうしたら一番いいのか分かりません。そこでしばらくは自分のブログのスキルを上げるためと本ブログを認知して頂くために、私が描こうとする武将の逸話や、出雲の新旧の風土記、介護や畑の農作業日記、脚本家時代の話や私の師匠であった脚本家とのアンビリーバブルなトンデモ弟子生活などをご紹介してゆきたいと思います。しばらくは愛想のない文字だけのブログが続くと思いますが、よろしくお付き合いください。

2017年11月

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←わけぎ








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←万能ねぎ

わけぎと万能ねぎが10月末から食べられるようになった。
この二つがあると本当に助かる。
味噌汁の具にも、湯豆腐の薬味にもなる。
前の畑に出てひょいと獲ってくればいい。一番いいのは獲っても獲っても次々と生えて来ることだ。無尽蔵と言っていい。ほかの野菜は収穫したら終わりだ。
TVで関東の方は長雨で野菜が生育不良。
レタスなどが馬鹿高値になっていると放映していたが、こちらは至って順調に生育している。
天候が良かった分、大根、かぶ、小松菜、レタス、白菜が害虫どもにぼろぼろに食われてしまったが、もうオンブバッタの姿は見ないし、葉っぱが大きくなったら食われた跡もあまり気にならなくなった。





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左 白菜

右 レタス
















白菜とレタスを真上から撮影。白菜は丸くなり始めた。レタスは完全に丸くなっているが、まだまだ小さい。この2、3倍の大きさになったら食べよう。11月中には食べられるだろう。わが家は白菜の漬物は作らない。ほとんど鍋でしか食べない。私にはそれ以外の白菜料理のレパートリーがないのだ。今更面倒くさくて覚えようと言う気にならない。年寄りにはレタスが柔らかくていいことが分かり、レタス鍋、レタスの味噌汁、レタスのサラダ……。レタス一辺倒である。白菜を減らして、もっとレタスを作ればよかったと反省している。
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←かぶ
初めて作った品種なので、どれくらいの大きさになるのか分からない。まだまだだろう。




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←おでん大根
これからグンと伸びて、グンと太る
はず。





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←次郎丸ほうれん草

もう食べられる。
帰郷して7年目にして、初めてほうれん草が育つ。やっぱり教科書通りにやらないとだめなことを思い知らされる。
今年は意識して石灰もしっかりと撒いたし……。
ただその分、手間がかかったことも事実。
課題は食べ方である。私には三通りしかない。①味噌汁の具②茹でて鰹節をかける③茹でて胡麻和えの素で胡麻和えを作る。
年寄りに食べさせないといけないので油こいものや、肉類が入るものは避けてしまう。
入れ歯だと、こんなものも食べられないのかと唖然とさせられることが多々ある。
救いは家で出来たものだと喜んでくれることだ。

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左がわが家の柿。たった1個しか出来なかった。右が隣の畑の柿。大豊作。今年は柿の生り年で、どこの柿も、種類を問わず鈴なりである。なぜわが家だけ1個しか出来なかったのかさっぱ訳がわからない。隣の柿も食べきれないので勝手に取って食べていいことになっているのだが、あちこちから柿を貰うのでまだ取りに行っていない。
写真は富有柿だが、合わせ柿もたくさんもらった。合わせ柿は渋抜きした柿である。
私が20代後半頃までは、わが家は五右衛門風呂だった。祖父がその鉄の釜に藁を入れ、そこへ渋柿を放り込み、蓋をして渋抜きをした。今は簡単だ。ビニールの袋に渋柿とドライアイスを放り込み、口を縛っておいたら渋抜きが出来る。
でも秋の風物詩はやっぱり吊るし柿だ。帰郷して早速親戚まで遠征し、渋柿を貰ってきて、皮を剥き、軒下に吊るしたが、たちまちカビが生えてしまった。その頃から異常気象で秋が生温く、昔のように冷たい風が吹かないので上手に吊るし柿を作ることが出来なくなってしまったのだ。それ以来、吊るし柿は諦めている。
私が幼い頃、離れは曾祖母の隠居所であった。腰の曲がった、ウズラのように小さな曾祖母が腰かける縁側の軒下に、すだれのようにぶら下がっていた吊るし柿を思い出す。甘くて美味しい宝石のように見えた。
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左はさつま芋畑のあとにマリーゴールドを植えた写真。マリーゴールドを買い足していたら結構目の保養にはなる。冬になったら枯れるがそれまでの間にセンチュウをどれくらい退治してくれるものやら。過大な期待はしていないが、少しは効果があってほしい。
右の写真は坊ちゃんかぼちゃの畑のあとに枯れたホテイアオイと糠を放り込み、鋤込んでいるところ。糠はコイン精米所へ行けば取り放題。3月にじゃが芋を予定している。池一面を覆うホテイアオイを処分するために始めたのだが、正直どれほど効果があるのかわからない。11月一杯はこんなことをのんびりやっている。

前回の『一畑薬師』関連のブログ。
民放のニュースで、昨日11月8日は『いい歯の日』だと放送していた。
同じ日、NHKの松江局の地方ニュースで11月8日は目の薬師の『一畑薬師』では『目の日』だと放送していた。なぜ11月8日が『目の日』なのかの説明はなかった。全国から使用済みのメガネが送られてきて、メガネ供養をする。その光景を流していた。
驚いたのはそのメガネがインドの貧しい人たちに寄贈されることだった。それはいいことなのだが、全国から集まったメガネが200本と聞いて、その少なさに唖然とする。いいことなのだからもっと宣伝すればいいのに。
つまらんことだが、遠近両用メガネを貰った人は戸惑うのではなかろうか。私は結構な金を出して遠近両用を作ったが、3ヶ月ぐらいでやめてしまった。近眼だけで全然不自由はしていない。遠近両用を使いこなしている人がいたら、私は尊敬する。

毎年11月3日は第3隣保の『一畑参り』と決まっている。我が町内は5組に分かれ、我が組は3つの隣保で構成され、わが家は第3隣保に所属する。島根半島の山中にある『一畑薬師』へお参りし、御札をもらって来る。私は帰郷して6年になるが、妻の在宅介護があるので一度も参加しなかった。今回から参加できるようになったのであるが、実は一畑さんへ行くのはこの歳になって初めてである。車で一時間もかからない所で、いつでも行けると思っているうちに今日になってしまったと言う次第。
隣保13軒中12人が参加。マイクロバスで向かう。
宍道湖に近い所にあると思い込んでいたら、マイクロバスは山に向かって行く。九十九折りの山道を上り、200mほどの山の頂に『一畑薬師』がある。昔は宍道湖北岸を松江温泉駅に向かって走る一畑電車の支線が麓まであったらしいが、今は廃線になっている。
山頂近くには一畑パークと言う遊園地もあったらしいが、それも今や跡形もない。
同行した同じ年の仲間が小学生の時に遠足に来たと話していた。
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臨済宗の古刹で裏へ回って少し行くと日本海が一望できるそうだ。そもそも本尊の薬師如来は日本海から引き上げたと言い伝えられている。引き上げた漁師の盲目の母親が目が見えるようになったことから、目の薬師として信仰を集めたそうだ。
私たちは団体で本堂に上がり、祈祷を受ける。その他は、西宮、神戸、尾道、広島、米子からの個人。ほとんどが「眼病平癒」を願う。一件は「水子供養」と僧侶が言うのでドキッとする。若い夫婦だったが、小さい子を二人連れていて、四人で手を合わせていたので少しホッとする。
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僧侶が檀家は13軒しかないが、信者は全国から集まると言っていた。
こんな大きなお寺なのに、檀家が13軒なんて目が点になる。

←駐車場側からの参道

この反対側に名物の1300段の石段がある。先日TVのニュースで日本一過酷なマラソンレースと紹介していた。
10㌔ほどのマラソンなのだが、ゴール前が1300段の階段なので、その過酷なこと言語を絶する。
その階段を見たかったのだが、団体行動なので見に行くことが出来ず。
次の機会にしよう。
昔は土産物屋の座敷で、昼食を食べていたが、もう土産物屋が世話をしてくれなくなったので、饅頭などを買って帰る。
昼食は我が組の寄り合いの「ふれあい会館」で、取り寄せておいた弁当を食べて散会する。




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←境内から宍道湖を望む。
宍道湖の南岸がうっすらと見える。

祈祷の最後は、薬師如来の真言を唱える。
「おんころころ せんだり
まとうぎ そわか」
3回唱えた。
この「おんころころ」では、面白い話がある。
裏のMちゃんは2、30年前に、奥出雲から移り住んだ。第3隣保では毎月集金会と言うものをやっている。山陰新報の新聞代や、部落水道(農業用)の共益費1000円と隣保の会費などの集金を行うのだ。その集まりを始める時、隣保の長老が初めに「おんころころ」と薬師如来の真言を唱えるのだ。
初めて聞いたMちゃん、仰天する。「おらあ、こげな会に出るのは嫌だわ」と、言ったそうだ。その「おんころころ」も長老が亡くなってからは沙汰止みとなった。
今では、そのMちゃん、隣保で葬式が終わり、隣保のお手伝いが引き上げる時、隣保のみんなを代表して、声高らかに「般若心経」を唱えている。
ところで、この一畑参りも集金会も、第2隣保や第1隣保ではもうやっていない。新聞代なんて銀行振り込みにすればいいことだし、水道代も会費も一年分まとめて払えばすむことだ。
「明日一畑参りだ」と第2隣保の人に言ったら、「まだそげなことをしとるかね。うちらはいつやめたかわからんくらい前にやめた」と呆れていた。私は新参者だからやめようなんて言えない。誰もやめようとは言いそうもないのでまだまだ続くのだろうなあと思っている。

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