
今回の表紙のアイデアは私のものです。どうしてもこの絵にしてもらいたくて絵描きさんに注文した。
17歳の辰敬が身に付けているのは割褌(わりふんどし)と言う。普通の褌は腰で結ぶが、鎧の下に着ける割褌は長めの肌帯で、股下を通し、ずれないように腰でひもを回して抑えると、前は胸、後は背中まで引き上げ、首の後ろで緒を結ぶ。これなら鎧を着けたままでも、首で結んだ緒を緩めれば排泄が出来る。その上から鎧直垂(よろいひたたれ)を着て、袴を付けるのだが、その袴も足を開けば、左右に割れ、排泄が出来るように仕立ててある。昔の人も工夫していたのだ。
時代小説や映画、TVでも割褌にふれたものや映像で見た覚えがないので、四章では初陣と言う事もあって割褌をきちんと書き、表紙に描こうと決めていたのである。ところが割褌の絵がいくらネットで調べても見つからない。仕方ないので絵描きさんに何とか調べて描いてくれと頼んだら、出身大学の図書館に行き割褌の絵を見つけてくれたのである。
【四章あらすじ】
御屋形様が死に吉童子丸もいなくなった京極屋敷で、邪魔者扱いされる孤独な辰敬にも次々と事件が起きる。
雑色の次郎丸は辰敬のご先祖が多胡博打と呼ばれる博打名人と知ると、賭場に行く前に辰敬を拝み始める。閉口した辰敬はいんちきお守りを書いて渡し拝むのをやめさせる。
深夜、屋敷の見回りをしていた時には大内兵に追われて逃げ込んで来た石動丸と遭遇する。石動丸は河原から抜け出し武士になるとうそぶいた。石動丸はいちの情報と交換に匿ってもらうと、いちがいい女になっていると辰敬を動揺させる言葉を残して去る。
頼りの多聞はと言えば謎の女と暮らしていたが、京極屋敷の調度を持ち出して金に換えていることがばれる。多聞は生き別れの子に会いたいと願う女の為に伊豆へ行く旅費を作っていたのだ。多聞を堕落したと思い込んでいた辰敬は、多聞が一つ屋根の下に暮らしながら女には指一本触れなかったと知って恥じる。多聞は女と伊豆へ旅立った。
辰敬はいちを忘れようと一心に武芸に打ち込み学問に励もうとするが世の中は一気にきな臭くなる。
将軍足利義尹(よしただ)の暗殺未遂事件が勃発した。その事件に絡んで暗殺者の一味の中に凄まじい飛礫の使い手がいたことが知れる。辰敬はその飛礫の使い手こそ石動丸に違いないと思った。武士になると宣言した石動丸が着実に己が目的に向かって進んでいることを知る。
永正8年。辰敬は17歳になった。
義尹暗殺に失敗した前将軍足利義澄と前管領細川澄元はついに将軍足利義尹と管領細川高国打倒の旗を挙げる。義尹を支える大内義興は安芸や石見、備後などの中国勢に上洛を促した。尼子勢も上洛し辰敬も出陣することになる。辰敬は京極屋敷に別れを告げ初陣に臨む。多胡家家臣との再会を懐かしむ間もなく、辰敬は初陣の心得を叩き込まれる。曰く手柄を挙げようなどとは考えてはならぬ。初陣とは戦場とはどういうものか体験するだけでよい。曰く槍は突くものではない。ひたすら殴りつけ叩きつけるものである。剣も斬るものではない。鎧は斬れない。ひたすら突け。戦場では庄兵衛たちから絶対に離れてはいけない。云々。
いよいよ初陣が迫った時、次郎丸が辰敬を尋ねて来る。次郎丸は辰敬から貰ったお守りを返しに来たのである。このお守りを貰ってから博打で負けたことのない次郎丸はこのインチキお守りを霊験あらたかなお守りと信じて疑わず、辰敬のためにわざわざ届けに来たのである。辰敬にとっては迷惑極まりない贈り物だが次郎丸の善意には胸が熱くなる。その次郎丸がいちに伝えることはないかと問うた時、胸の奥底にしまいこんでいたいちへの思いが一気に噴き出す。同じ長屋暮らしの次郎丸は辰敬のいちへの思いに気がついていたのだ。
死を覚悟した戦いを前にした辰敬はいちへ辞世の歌を作って次郎丸に託す。好きとも言えずに別れたいちに贈る別れの歌だった。
ついに決戦の日が来た。現将軍方の圧勝だったが、暴走した馬から落ちた辰敬は敗残兵となった石動丸と遭遇する。負け戦を認めず辰敬の首を狙って斬りかかる石動丸。辰敬は武士になることに命を賭けた石動丸の敵ではなかった。死を覚悟した時、間一髪飛び込んで来たのが従軍僧に扮していた多聞だった。伊豆へ去ったはずの多聞がなぜ都に戻っていたのか。辰敬は気を失って倒れる。
辰敬は三日三晩悪夢にうなされた。それほど初陣は苛酷だったのである。
出雲へ帰国する尼子勢の中に辰敬の姿もあった。いちが嫁いだ土倉泉覚坊の前を通った時、馬上の辰敬はもう永遠に会うことがないであろういちに心の中で胸が張り裂けんばかりに叫んだ。
(さらば、いち。素晴らしいおなご。だんだん。我は田舎に戻り、武士になるけん。平気で人殺しをする武士になるけん。首を掻き切る武士になるけん)
涙が噴き出した。
現在十章(最終章)を執筆中。これからはペースを上げて、来年中には最終章まで発表したいと思っています。
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