白内障手術の経過。
10月13日、8時までに食事をすませ、9時に島根医大トリアージ検査センターへ行く。8時半に着いてしまって30分待つも一番でPCR検査を受ける。


トリアージ検査センター 島根医大
結果が出るまで、島根医大で入院手続きをすませて待機。一時間待って携帯に陰性の通知があったので指定のB棟8階へ。すぐに835号室へ入院。医大の眼科の白内障手術は前日入院。翌日手術して退院が原則。但し、私の場合は一人もんで片目で帰って食事の支度など大変そうなのでもう一泊して2泊3日にしてもらった。


835号室南側の窓 昼食
すぐに昼。魚のカピタ、煮物、酢の物、ご飯。私は脂質の高いものは食べないことにしているのでカピタの衣を剥いで、中の白身魚だけを食う。看護士から明日の手術のあらましを聞き、食後に1日4回の目薬(これは11日から続けている)を差したら他にすることはない。


夕食
パソコンを持ち込んだが書き物をする気にならず、妻の葬儀の写真を整理する。ささやかな家族葬をしたが、妻への感謝を込めてアルバムだけはきちんとした物を作りたいと思って、写真屋さんに頼んで写真を撮ってもらっていた。それが400枚以上あり、その中から選ばないといけなかったのだが、忙しくて時間がとれなかった。こういう時でないと出来ないので、11時頃から始め、昼食を挟んで延々4時過ぎまでかかる。100枚ちょっとあり、後は写真屋と相談。もう少し減らさないといけないだろう。
夕食はエビフライとイカリングに煮物と冬瓜スープ。脂質が駄目な人に今度はフライときた。これまた衣を剥いで食ったが、食った気がしなかった。夕食後、明日手術をする主治医が来て明日の手術の説明をしてくれる。前日入院のよかった点はここで先生と話を出来たことか。明日一番目が9時からで、私は2番目で9時半から。術前に30分置きに4回目薬するので朝が早くなる。多分、それで前日入院になるのではなかろうか。
9月14日。
9時半ごろ看護士が迎えに来て車椅子で手術室へ。目を動かすなと言われていたが、頭を固定されるのでまず頭が動くことはない。眩しい明かりを一生懸命見ている。小さなランプなのだろうか三つの光が眩しい。朝から薬を入れているので全然痛くない。注射も痛みなし、始まったら何やら視界をさざ波のようなものが流れて行く。そして何やら水のようなものがびちゃびちゃと流れて行く。すると三つの光が見えなくなって視界が暗くなる。その前後だったか「レンズを入れる」と言う声がして、やがて視界が明るくなり、三つの光が見えて来るが、今度はその三つの光の先端がくっきりと見える。ただ白く光って見えていただけだったのだが、その先端は何か繊維のようなものが束になって光っているように見えた。良く見えるようになったのかなと思う。それで手術は終わる。ほんの30分ほど。後は翌朝まで眼帯。

この日は一日を持て余す。片目で一日過ごした経験はない。目は痛くはないがやはりどこか重ぐるしい感じはする。歩いていてもなにげにふらふらする。ベッドに同意書が落ちていたので手に取ってみたら裏にまだ2枚紙が留めてあって、手術の詳しい説明があった。それを読むと水晶体に器具を挿入して水晶体の濁りを取り除き(超音波水晶体摘出術)、水晶体の袋に眼内レンズを挿入するとちゃんと書いてあるではないか。また、やってしまった。私の悪い癖である。説明書とか取り説とか絶対に読まないものだから、こんなことになるのだ。これを読んで手術を受けていれば状況がすべて分かっていたのに。
10月15日
一晩寝たら右眼の違和感は綺麗に消える。朝、先生が来て眼帯を取ってくれる。散瞳して確認する。異常なしで退院だが、散瞳して瞳孔が開いているので右眼が眩しくて、目がよくなったのどうか分からない。10時に車で帰る。イオンで昼と夜の買い物をする。

退院の心得を読んだら、1ヶ月は農作業は慎めとある。左目は28日に受けるから、11月の28日まで農作業は出来なくなる。どうするんだ。玉ねぎも空豆もえんどうも植えられない。20日には早生の玉ねぎを植えようと思っていたのに。
ゴーグルを引っ張り出して来る。これは電動のこぎりを使うときの目を守るゴーグルである。
帰宅したら12 日に植えた春波キャベツの苗がしなびていたので、ゴーグルして畑に出て水をやる。
コンビニ買い物に行く時もゴーグルをする。外出しないと生きていけないので、ゴーグルで目を守りながらなるべく埃ぽいところには行かないし、風が強い時には畑にも出ないようにするしかない。
試しに、多胡辰敬の家訓が載っている文庫本を開いてみる。手術前は読みづらくて往生していたのだがなにげに読めるではないか。片目手術してここまでみえるようになったのなら、左を手術すればきっともっとよく見えるようになるだろう。文庫本が読みにくくて困っていたのだ。
10月13日、8時までに食事をすませ、9時に島根医大トリアージ検査センターへ行く。8時半に着いてしまって30分待つも一番でPCR検査を受ける。


トリアージ検査センター 島根医大
結果が出るまで、島根医大で入院手続きをすませて待機。一時間待って携帯に陰性の通知があったので指定のB棟8階へ。すぐに835号室へ入院。医大の眼科の白内障手術は前日入院。翌日手術して退院が原則。但し、私の場合は一人もんで片目で帰って食事の支度など大変そうなのでもう一泊して2泊3日にしてもらった。


835号室南側の窓 昼食
すぐに昼。魚のカピタ、煮物、酢の物、ご飯。私は脂質の高いものは食べないことにしているのでカピタの衣を剥いで、中の白身魚だけを食う。看護士から明日の手術のあらましを聞き、食後に1日4回の目薬(これは11日から続けている)を差したら他にすることはない。


夕食
パソコンを持ち込んだが書き物をする気にならず、妻の葬儀の写真を整理する。ささやかな家族葬をしたが、妻への感謝を込めてアルバムだけはきちんとした物を作りたいと思って、写真屋さんに頼んで写真を撮ってもらっていた。それが400枚以上あり、その中から選ばないといけなかったのだが、忙しくて時間がとれなかった。こういう時でないと出来ないので、11時頃から始め、昼食を挟んで延々4時過ぎまでかかる。100枚ちょっとあり、後は写真屋と相談。もう少し減らさないといけないだろう。
夕食はエビフライとイカリングに煮物と冬瓜スープ。脂質が駄目な人に今度はフライときた。これまた衣を剥いで食ったが、食った気がしなかった。夕食後、明日手術をする主治医が来て明日の手術の説明をしてくれる。前日入院のよかった点はここで先生と話を出来たことか。明日一番目が9時からで、私は2番目で9時半から。術前に30分置きに4回目薬するので朝が早くなる。多分、それで前日入院になるのではなかろうか。
9月14日。
9時半ごろ看護士が迎えに来て車椅子で手術室へ。目を動かすなと言われていたが、頭を固定されるのでまず頭が動くことはない。眩しい明かりを一生懸命見ている。小さなランプなのだろうか三つの光が眩しい。朝から薬を入れているので全然痛くない。注射も痛みなし、始まったら何やら視界をさざ波のようなものが流れて行く。そして何やら水のようなものがびちゃびちゃと流れて行く。すると三つの光が見えなくなって視界が暗くなる。その前後だったか「レンズを入れる」と言う声がして、やがて視界が明るくなり、三つの光が見えて来るが、今度はその三つの光の先端がくっきりと見える。ただ白く光って見えていただけだったのだが、その先端は何か繊維のようなものが束になって光っているように見えた。良く見えるようになったのかなと思う。それで手術は終わる。ほんの30分ほど。後は翌朝まで眼帯。

この日は一日を持て余す。片目で一日過ごした経験はない。目は痛くはないがやはりどこか重ぐるしい感じはする。歩いていてもなにげにふらふらする。ベッドに同意書が落ちていたので手に取ってみたら裏にまだ2枚紙が留めてあって、手術の詳しい説明があった。それを読むと水晶体に器具を挿入して水晶体の濁りを取り除き(超音波水晶体摘出術)、水晶体の袋に眼内レンズを挿入するとちゃんと書いてあるではないか。また、やってしまった。私の悪い癖である。説明書とか取り説とか絶対に読まないものだから、こんなことになるのだ。これを読んで手術を受けていれば状況がすべて分かっていたのに。
10月15日
一晩寝たら右眼の違和感は綺麗に消える。朝、先生が来て眼帯を取ってくれる。散瞳して確認する。異常なしで退院だが、散瞳して瞳孔が開いているので右眼が眩しくて、目がよくなったのどうか分からない。10時に車で帰る。イオンで昼と夜の買い物をする。

退院の心得を読んだら、1ヶ月は農作業は慎めとある。左目は28日に受けるから、11月の28日まで農作業は出来なくなる。どうするんだ。玉ねぎも空豆もえんどうも植えられない。20日には早生の玉ねぎを植えようと思っていたのに。
ゴーグルを引っ張り出して来る。これは電動のこぎりを使うときの目を守るゴーグルである。
帰宅したら12 日に植えた春波キャベツの苗がしなびていたので、ゴーグルして畑に出て水をやる。
コンビニ買い物に行く時もゴーグルをする。外出しないと生きていけないので、ゴーグルで目を守りながらなるべく埃ぽいところには行かないし、風が強い時には畑にも出ないようにするしかない。
試しに、多胡辰敬の家訓が載っている文庫本を開いてみる。手術前は読みづらくて往生していたのだがなにげに読めるではないか。片目手術してここまでみえるようになったのなら、左を手術すればきっともっとよく見えるようになるだろう。文庫本が読みにくくて困っていたのだ。
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