年明け早々、病気の話が続き申し訳ないと思っている。もっと楽しい話や前向きの話題を提供できれば良いのだが、我が家はそれどころではなかった。行き掛かり上、インフルエンザの話を続けざるを得ないので、ここまでの顛末をご報告いたします。
表題の通り、いかにインフルエンザが恐ろしいものか、特に高齢者の場合はいかに注意を要するか、警鐘を鳴らす意味でも経過を記します。
1月16日にわが家全員がインフルエンザと診断され、5日経って、ウイルスは消えたはずなのだが、その後、父の具合が良くなかったことまでが前回の話。
1月24日にケアマネージャーと話をしていたら、ケアマネージャーがすぐに訪問医に電話して、点滴をして貰えと言う。儂はそれほど逼迫した状況とは思わず。去年の9月に入院した時は、一滴も水分が摂れなかったが、今回は夜に(すとろーくん)のコップ一杯の水分は摂っているし、少量だが三食エンシュアを飲み、一日で一缶半は呑み、最低限の栄養は確保しているはずだ。だが、ケアマネージャーはそんな量では絶対に足りない、一刻も早く点滴してもらってくださいと電話の向こうから必死な声で訴える。
その切迫した声に押され、夜、訪問医を呼んで点滴をしてもらう。その後、病院に戻った医者から電話があり、採決した血を検査した結果、数値が思わしくない。急性腎不全を起こしているかもしれないので、すぐに行って、もうすこし優しい点滴に変えますと言う。
先生、10時ごろ来て、点滴を変える。救急に行くかと言う話も出たが、点滴したので明日朝病院へ行ってもよいだろうと先生は言う。儂も夜中に救急車が来ると隣近所が出て来て騒ぎになるのが躊躇われ、翌朝、連れて行くことに。
1月25日、病院に行き、父はベッドに寝て診察を受ける。採血や検査をされ、先生に呼ばれたら、開口一番「腎不全を起こしています。とても数値が悪いです」。白血球は1万5千もあり、カリウムの濃度が6を超えている。「これはいつ心臓麻痺が起きても不思議ありません。今日明日にも心臓麻痺を起こす可能性があります」と言われる。すうっと全身から血が引いて行くのが分かった。まさか生死にかかわるとは。いきなりそんなことを言われて茫然自失する。何よりもこたえたのは、この時にはインフルエンザをうつしたのは儂と確定していたからだ。デイサービスではインフルエンザは発生していなかったのだ。自分が親を殺してしまうのかと思うと平静ではいられない。
その後、先生はCTでおしっこが出ていない状況を説明する。高齢だから透析も出来ない。バルーンカテーテルでおしっこを排出する治療をする。即入院。
正確にはどれくらいの時間が経ったか分からないが、1300ccも排出されていた。
帰宅するも、金曜の夜から月曜の朝まで、簡単スマホが鳴るたびにどきっとする。
妹も用があるので土曜に戻る予定だったが、月曜まで延期する。
妹からこんなことになるなら、もっと優しくしてやれば良かったのにと言われて、また胸が痛む。歩行器につかまって歩くのがやっとの父を隣のダイニングに連れて行き、飲みたがらないエンシュアを無理矢理飲ませていたのだ。儂の悪い性格が出てしまったのである。儂は自分に厳しい分、他人にも厳しくなってしまうのだ。歩けなくなって、寝たきりにさせてはいけないと言う強迫観念にも駆られていたのである。そうなったら自分が大変だから。食事も流動食やきざみになったら自分が大変だから。すべて自分の都合だった。忸怩たるものあり。
月曜の朝、9時、病院から電話があり、先生が出て来た時は観念した。
「血液検査の結果、数値は元へ戻りました。腎不全も解消しました」
思わずへなへなと腰が崩れそうになる。ただ、軽い肺炎の疑いがあるのでそちらの治療をすると治療方針を説明される。
ただ、面会に行けない。インフルエンザが猛威をふるっているので、入院患者へのお見舞いは止められているのだ。顔を見に行くことも、洗濯物を獲りに行くことも出来ない。
1月31日は、大腸癌の執刀医の診察があるので面談に行く。CTを見せられて再発はないことを確認。この日もまだ見舞いは出来ず。腫瘍マーカーが高くなったのはインフルエンザのせいであろうと言われる。よくあることらしい。
病院からは何も言ってこないので、順調に治療は進んでいるものと少し安心する。
2月4日になって、入院患者への面会禁止が解かれる。
2月5日、相談員への相談を兼ねて、見舞いに行く。12日ぶりに顔を見る。青白くやつれたと思う。驚いたのはまだバルーンカテーテルを付けていたこと。ベッドサイドに腰かけてリハビリを受けていた。療法士によると昨日よりは長く座れるようになった由。やっとリハビリが始まったことを知るが、ベッドサイドに腰かけるのがやっとの状態で、今後歩けるようになるのかどうか不安を覚える。
その後、相談員と面談するも、やっとリハビリが始まったばかりで、退院する時、どんな状態か予測がつかないので、様子を見ながら、退院後を考えることにする。介護度の見直しももう少し後にする。相談員によると、バルーンカテーテルをつけたまま退院して自宅に戻る人もいるとのこと。これを付けていると動くたびに持ってやらないといけないから介護する人は大変だと言う。少し良くなったかと思うと、次の問題が出て来て、正直気持が塞ぐ。
2月6日、とにもかくにもリハビリが始まり、退院もまだ先になりそうなので、今のうちに妻を外泊させることにする。水曜日は特養に顔を出す日で、今日は歯医者の診察もある。特養へ行き、いつものように一緒に昼飯を食べ、診察に立ち会い、10日から15日までの外泊を伝える。
その足で、洗濯物を持って父の病院へ。
病室へ入ったら、点滴をして、酸素をしている。一体何があったのだろうと思っていたら、先生が来て、朝誤嚥があったらしく、肺炎を起こしているようだ。熱も9度何分あったと言う。また、目の前が暗くなる。誤嚥性肺炎は高齢者の死因のトップにランクされるような病名ではないか。父はこれまで誤嚥を起こしたことは一度もない。弱っていることを実感させられる。先生は手術の予定が入っているので、術後にCTの結果を教えてくれることに。儂は夕食の準備があるのでイオンへ。夕方、先生から電話。左の肺が肺炎を起こしているので抗生物質を投与するよし。心臓麻痺を起こすかもしれないと言った先生が、重篤とは言わなかったことに救いを求める。
気が休まる暇がない。本当にインフルエンザは恐ろしい。身近に高齢者がいる人は用心の上にも用心をしてください。