今日、妻の外泊が終わり、特養に送る。娘夫婦は2日にサンライズ出雲で帰京したので、やっと日常に戻る。出雲特有の天候の急変はあったが、おおむねいい天気であった。
8年ぶりの初詣。


昔でいうところの村の荒神様。1日に娘夫婦が温泉に行っている間に、娘たちが連れて来たワンコを連れて近くを散歩する。立ち寄ったついでにお参りして、帰郷してから初めて初詣をしたことに気が付く。これまで出雲大社に初詣に行けなかった。今年も出かけようと言う気持ちすら起きなかった。荒神様も悪くない。お手軽でいい。そういえば、この秋の祭りの担当は我が地区である。儂は今年は町内委員が回って来た。お祭りでは何か役があるのだろうか。そんなことも知らない。
散歩初め。
去年の9月23日から夕食後30分強の散歩を始めた。脂肪肝を指摘され、運動した方がいいと言われたからである。去年は風邪を引いて5日休んだ他は、用があって3日休んだだけであった。台風の日も歩いた。年末年始はさすがに忙しくて5日間休み、今日から歩き始めたという訳。
始めた当初は2、3週間で飽きるだろうと思っていたら、何と食事を終えると身体が散歩を要求するではないか。足が玄関に向かう。思うに散歩中毒に罹ったような状態と言うべきか。テンションが上がって、アドレナリンが出まくっているような気がするのである。何十年、ゴルフもやらず、スポーツと名の付くものは何もして来なかったので、肉体が欲求していたとしか思えない。
川沿いの道を「夫婦橋」まで往復30分から始めて、その先の「かじやまえ橋」往復が35分。やがて、さらにその先の「あらかや大橋」往復が、同じく35分で歩けるようになった。今や一番遠い「あらかや大橋」往復コースで、早い時で34分、遅い時で36分。歩いていて、今日は34分か、35分か、36分か、だいたいわかるようになった。34分の理由も分かっている。たいていその日は冷たい西風が吹いている。寒いから早く帰りたくなり、足が速くなるのだ。これから寒くなる。1月2月を乗り越えることができたらいいのだが。こんな時間に冷たい川沿いを散歩している酔狂な男は儂しかいない。だからこそ頑張る。人がやらないことにはやたらファイトが湧く。^^)
妻の特養暮らしは安定したので、外泊と顔出しはルーティーン化した。
問題は母である。父は奇跡の復活(?)を遂げた。
昨秋、脱水で入院し、帰宅して入浴後倒れて意識を失った時は、いよいよダメかと思ったが、その後、杖をやめて、歩行器に変えたところ、歩行器につかまって歩くようになってから、足腰がしっかりして来た。歩行器が二足歩行の練習になったのである。今では歩行器につかまることを忘れて、短い距離なら歩くことも出来る。
実はこの1月に介護認定の見直しをしてもらう予定でいた。昨秋の悪い時の状態だったら、要介護3ぐらいではないかと(素人考えで)思ったのだが、今の様子では要介護2にもならないだろう。見直しは急遽中止にする。今年一年何とか要介護1で過ごして欲しい。97歳で要介護1なら、お国にも迷惑はかけていないだろう。瀬戸内寂聴には負けているが。
問題は母だ。朝食後のテーブルに朝と昼(デイサービスに持って行く分)の薬を出して置いたら、何のためらいもなく昼食後の薬を飲んでしまう。一包化してあり、大きな字で朝食後、昼食後と書いてあるのに。
その数日後、今度は朝食後の薬を飲んだばかりなのに、デイサービスに持って行く薬をあっという間に飲んでしまう。
思わず「何してんだ」と叫ぶも、後の祭り。その母が迎えが来て出かける時に
「お昼の薬ちょうだい」と言ったので、「そんなもん飲まんでもいい」と怒鳴る。
今年は91歳になる。これも要介護1である。人生いろいろ、要介護1もいろいろ。
儂はと言えば、暮れの集金会で2019年の隣保の町内委員が回って来た。順番だから断る訳には行かない。ましてやこれまで妻の介護があって色々な役を免除してもらっていたから。この上には自治委員がいて、二人が正副で隣保を切り盛りする。その次の年は順繰りに儂は自治委員に昇格する。要するに二年間は大役を仰せつかるのだ。
今から頭が痛い。
それでも、書くことは頭が大丈夫な間は続ける。今年は電子書籍が出せればいいなと思っている。数年ぶりに多胡辰敬の小説に戻り、2年かければ完成させられるのではないかと思っている。
なにやかにやと忙しい方が性に合っている。そういう星の下に生まれたのであろう。畑もある。月半ばには玉ねぎに肥料をやらないと。