12月7日は特養のミニ・クリスマス会。


妻が暮らすユニットとお隣のユニットの合同クリスマス会があった。1ユニットが10部屋。こちらのユニットにお隣さんがやって来て、参加できた入居者は10数人。トナカイに扮して、お寿司、鶏の唐揚げ、焼肉などを並べてくれる。
妻は唐揚げ3個、寿司4個、ノンアルコールビールを少し飲み、締めにショートケーキをぺろりと平らげる。
食べ過ぎかなと思うが、今日は特別。
家族も召し上がれとすすめられるが、儂がぱくぱく食ったのでは誰のクリスマス会かわからなくなる。遠慮しながらも頂く。二人で缶ビール一本をあけることが出来ず。
一人で食べられる人は少ないから、職員さんはあっちを食べさせ、こっちを食べさせ、すると急に立ち上がる人がいて、慌てて駆け寄る。いつもながら大変だ。
12月9日は日曜日。
土日のどちらかは必ず特養に行くことにしているので、この日、特養へ顔を出す。
7日から急に寒くなり、8日はぐんと冷えて、白いものがちらり。9日も寒く、あられがぱらっと落ちる。

散歩できないので施設内を車椅子散歩する。途中で休んで、麻痺している方の手をマッサージしてやっていたら、妻もお返しにマッサージしてくれる。
ここまではなかなかうるわしい光景なのであるが、急に妻曰く。
「島根と聞いたら、ド田舎と思う」
島根県人の皆さま、御免なさい。
そして、12月11日が大クリスマス会。


全ユニット参加の特養全体のクリスマスである。ロビーでバイキング形式で行われる。もちろん握りずしもある。生野菜やスープなども。里芋を潰してあんかけにした団子がとても美味しかった。


一度に全員を集める訳には行かないので、ユニットごとに時間差をつけて集まる。
そうしないと少ない人数で大勢の食事介助が出来ない。ユニットとホールを行ったり来たり大変だ。食べた後には服薬もある。儂は今日もおよばれしたが、儂が絶対に一番沢山食べている。気が引ける事この上なし。
行事はさらに続く。
12 月14日は忘年会。2時半から4時まで。これもホールで行われる。


ユニットごとにテーブルに集まり、お菓子とジュース。妻は特別にノンアルコールビールを出してもらう。早速、カラオケ。トップバッターの入所男性は失語症で普段は言葉が出ないのだが、カラオケだけは歌えるのだそうだ。その歌が「北国の春」。二番に入っても一番を歌い続ける。ほろっとさせられるが、♪帰ろかな~と歌ったら、妻が「帰らなくていい」と合いの手を入れる。儂は思わず下を向く。
ビンゴは4つもリーチがかかったのに揃わず。車椅子で眠ったままの人もいたが、すこしでも楽しい雰囲気を味合わせてあげたい親心であろう。
2025年には団塊世代が75歳になり、今でも人手不足なのに、圧倒的に介護職が不足する。現場に通うことで、切実さが身に迫る。我々も自覚して年を取らないと。酒は飲まないけれど、甘いものは控えないと。
12年前の語録
「ご飯食べるの」
俺「食べたよ」
「またそんなこと言う。好きな事させてくれない」
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「〇〇兄ちゃん(従兄)、だぶだぶのおむつしてやる。漏れるようにしてやる。朝、起きたらびしょ濡れで、〇〇姉ちゃん(従姉)がお湯でふいてくれる」
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「お風呂に入るの。ゆっくりと一人で入るの。頭を洗うの」
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「私は最近ずっと本を読んでいたい。遅くまでずっと読んでいたい。お父さんが買って来たものなら何でもいい。ミステリーでもいい。でもね、時代劇なら一番いい。武家物」
2006.9.2
「今日はお父さん今年初めての優しくしてね」
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「あんた、楽観主義ね。あんた、長生きするね。頑張れと思ってるよ」
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「わたし歩いて行くから。後から車椅子持ってついてきて」
2006.9.3
トイレで便テキする
「難儀ね、こんなこと毎晩」「なれたよ」「なれたくない。こんなこと」
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オムツする時
「早く隠して。こんなとこ、〇〇姉ちゃん(従姉)に見られたら怒られるから」
2006.9.4
「今日から〇〇(娘)の授業始まったよ」
「毎日、〇〇ちゃんのこと言って、ばかみたい」
2006.9.6
親王誕生のニュースを見て
「夕食の時、継承の話をしようと思うんだ。〇〇(息子)が曽田家を継ぐんだと自覚するように」
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「パパちゃん、近頃現れないね」
「死んじゃったでしょう」
「熊本に戻っているのにあらわれない」
2006.9.20
「何してんの」
「俺のご飯をつくってるの」
「ごめんね、私がなにもしてやらんから。子供に食べさせたりしてやってたから」
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「お父さん、鼻高いね」
「ありがとう。お前だけだよ」
「低いと思ってたの」
「うん」
「ごほうびちょうだい」
2006.9.21
着替えさせていて
「痛いけど、お父さん、いい男だから許してあげる」
2006.9.22
「近頃、パパちゃん、こらさんね」
「子供の時、死んだんじゃないの」
「生き返ったの。どうしてそんな意地悪言うの」
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「寒いぞ」
「いいよ、いっしょに寝るから」
「いい考えだね」
「いっしょに寝るのは寒くないから」
2006.9.23
「私、学校の先生になるよ。欠員できたら。お父さんに相談して行くよ」
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「下の子の顔を見てないから忘れちゃった。お父さんに似てる?だったら安心した」
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TVを見て
「年取ったらあんなに汚くなるの」
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「あたしもああいう生活でいいよ。お父さん死んだら、おいしい野菜を作るよ」
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「モモ死んだら、毎日墓参りしてあげるから。モモ、早く死になさい」
「あんた、ヒロヒサ?……名前忘れてるなんてびっくり、やっぱりボケてる」
「お父さんが死んだら一週間ぐらい泣いている。そこに座って思い出して。台所で立って泣いて」
2006.9.30
「今度生まれる子が女の子だったら沙織にする。〇〇(息子)たちも字が判るから、何にする、何にすると騒ぐよ」
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「だんだんわかってきた。ここ住めばいいとこ」
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「納豆ちょうだい」
「買って来てない」
「私、昨日買って来たの。冷蔵庫に入っているから」
※近頃はこういう話はめっきりしなくなった。なぜだろうと考えて思うに、
TVを観なくなったことが大きいようだ。TVを観て、多少でも理解できれば話題になるのだが。他者や周囲への反応や興味が薄れているのかもしれない。
施設に入った影響も大きいかもしれない。だからこそ外泊が必要なのだと改めて思う。