一番やってはいけないことをやってしまった。
妻が外泊中に病気になってしまったのである。風邪を引いてしまった。大失敗。
11月15日~17日まで、息子夫婦がやっと休みが取れて帰省。妻の外泊は19日~24日。
息子夫婦は二人ともペーパードライバーなので、いつも儂がアッシー君。3歳の男の子がいるので、チャイルドシートを用意して待つ。丁度七五三で、出雲は17日から旧暦の神在月、神迎え祭がある。
妻も孫に会うのを楽しみにしているので、三日間特養に通う。16、17日は息子家族も含め一緒に昼ご飯を食べる。
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だが、最終日の17日には、孫が「ばあばあには会わない」と泣いて拒否する。
特養の雰囲気になじめなかったのと、消毒薬のような匂いが嫌だったようだ。喘息で煙や刺激臭が苦手らしい。最終日だから気持ちよくお別れしたかったから、妻を思うと胸が痛むも喘息の孫も可哀想。
お嫁さんがなんとかなだめてくれて、妻の車椅子を押してくれる。(左の写真)
帰省中も夜中に三時間ほど咳をして眠れなかったそうだ。帰省する前の夜も眠れなかったらしい。そういう話を聞くと、長男も喘息だったので、幼い頃は妻が真夜中でも病院に連れて行ったことを思い出す。
お嫁さんも孫も無理して戻ってくれているので、儂も出来るだけのことはしてやりたくて、孫を連れだして、池でメダカや藻エビ獲りをする。ヤゴまで獲れる。バッタも見つけた。
畑に儂と一緒に「スナップエンドウ」の種も蒔く。息子が田舎をよく見せてやりたいと言うので近所の散歩もした。
神迎え祭前日の16日には稲佐の浜に行く。丁度準備のための作業をショベルカーが始めたところで、まだ閑散として静かな浜辺であった。天気に恵まれた三日間で、一回だけ泣かれたが笑顔で帰京した。疲れが出て喘息が出なければよいがと見送る。
一日休めば、妻の外泊も大丈夫だろうとスケジュールを組んだのであるが、妻を特養に迎えに行き、連れて戻った19日の夜から喉が痛み、咳が出る。
喉スプレーをしても良くならないので、20日の夕方病院へ。立派な風邪でした。
本当ならここで目の前が真っ暗になる所だが、幸いにも妹が18日から助っ人に来てくれていた。この妹は福岡から車で来るので、何か胸騒ぎがした時は必ず予定を前倒しして早く来てくれる。今回もなぜか胸騒ぎがしたそうで、(まさか儂の風邪とは思わなかったであろうが)無理して来てくれたおかげで救われた。
但、妻の世話までは出来ないので、これだけは儂がしないといけない。妻だけではない、老いた親や妹にも風邪をうつしてはいけないから、一日中マスクを二枚重ねして
過ごす。病院でインフルエンザの検査をされた時は、もしインフルだったらどうしようと蒼ざめたものだ。
朝7時に起きるのが一番辛いが、親の面倒を妹が見てくれるので、どうにか切り抜けることが出来た。
儂が風邪を引くのは早春と晩秋と決まっている。早春はもう暖かいと薄着になるのが早すぎて風邪を引く。晩秋はまだ大丈夫と薄着を続けて風邪を引く。来年からはマジで考えないと。
今日24日に妻を送り届けてホッとしたところである。
帰省客の準備を入れると10日間以上、風邪もあって、何もできなかったので、不義理が山のようにたまる。読まなければいけないものが三つ。古文書及び郷土史関連で会わなければいけない人もいる。もう二カ月近く待ってもらっている。畑もイチゴに肥料をやらないといけない。えんどうの種も蒔かないといけない。どれから手をつけたらいいのか。
早く調子を取り戻さないと。風邪だけはぶり返さないように。