哲っちゃんが死んでしまった。11月2日に病院で亡くなったそうだ。
本名斎藤哲也と言っても誰も知らないだろう。元競輪選手で、スポーツニッポンの競輪欄で競輪のコラムを書いていた。コラムと言っても、当たらない穴予想だ。正確には競輪の予想屋さんがコラムを書いていたと言うべきか。
享年59歳。病名は悪性リンパ腫。
(👈11月6日のスポーツニッポン)
哲ちゃんはこの病と19年間戦っていたのだ。
彼は競輪学校の卒業チャンピオンになったほどの優秀な競輪選手だった。記念競輪で優勝したこともある。だが、40歳の時、悪性リンパ腫が発症。闘病生活に入る。普通の人なら、そこで人生を諦めるところだ。本人も二度と自転車には乗れないと思ったそうだが、そこからが、この人はすごかった。
数年間の闘病生活を経て、何と競輪選手として復活してしまったのだ。競輪選手が病気でなくても、数年間休んでまた復活するなんて普通はあり得ないことだ。それくらい、競輪とは過酷なスポーツである。ガンを克服して復活するなんて、漫画でも考えられない話なのである。しかし、やはり昔の力はなく、2003年に引退し、2005年からスポーツニッポンで競輪予想のコラムを始めたそうだ。

(👈10月19日のスポーツニッポン)
儂がこの人のことを知ったのは、2011年に出雲に戻って、愛読紙がスポーツニッポンに変わってからだから、7年前になる。
『斎藤哲也の小銭で穴ゲット』と言う、予想欄があって、一読するや、腹を抱えて笑ってしまった。笑った理由は二つ。一つは余りにも文章がおもしろかったこと。もう一つは余りにも予想が突拍子もなかったこと。穴も穴も超大穴狙いで、そんなの来るわけないじゃん!と言うような予想だったのである。小銭100円で一万円を超える配当を狙うのだから、ありえへんような予想にならざるを得ないのだが、タラレバばかりだから当たらん、当たらん。儂は2、3回付き合ったけれど、それ以降は一度も買っていない。ただ、コラムが面白いから読んでいるだけだった。
だが、ある時、この人が、悪性リンパ腫で競輪を廃業、病と戦いながら競輪予想をしていることを知った。何だ!この明るさは!何だ!この底抜けのお茶目なおっさんは!そして、何と言っても一番驚いたのは、文章の面白さだった!いつ死ぬかもしれないのに、長生きできないことは約束されているのに、こんな文章を書く人がいることにたまげた。腹の底から笑わせる。
文章だけではない。風貌も行動も桁違いだった。写真ではよくわからないだろうがツルツル頭にサングラス、ちょび髭の風貌はヤクザも裸足で逃げ出す。黒の背広に黒のボルサリーノ。ポケットチーフは女性のパンティ。
おちゃめもここまで徹底したら尊敬の二文字しかない。
儂はすっかりファンになってしまった。大勢のファンがいたのもむべなるかな。
どんな辛いことがあっても、悲しいことがあっても、こういう男がいたら確かに救われる。短い競輪の予想で人を救うのだから、宗教家や人生相談は真っ青であろう。
いつかこういう日が来るとは思っていたけれど、不死身の哲ちゃんと思っていたけれど……数日、コラムがないのでどうしたのかなと思っていたら、訃報が掲載された。
実に寂しい。さよなら哲ちゃん。出雲の7年間、このコラムを読む時、どれだけ楽しく、どれだけ励まされたか。ありがとう。
ところで、追悼文に、高配当的中で人気コラムになったと書いてあったから、儂が愛読者になる前は当たっていた時期があったようだ。哲ちゃんの名誉の為に記しておく。