新井白石晩年の小説をついに書き上げた。
2014年の12月から構想を練り、約3年かかって、400字詰めで712枚。よくぞ書きも書いたり。正直自信がなくて、自分でも無理ではないかと思っていた。出版の当てもなく、無駄に終わるかもしれないのに、よく書いたなあと我ながら驚いている。
無謀な挑戦で成算は全くなかった。何しろ対象は知の巨人である。余りにも偉大過ぎる学者であり、詩人でもある。私など到底足元にも及ばぬ。しかも古漢の知識教養は無きに等しい。蟻が象の身体をはい回って、象の全容を知ろうとするようなものである。だが、無性に書きたくて。その理由は後述しますが、ひたすら頑張ればなんとかなるのではないかと言う希望的観測と苦労は報われると言う素朴な信念を支えにガンバッタ。途中、この調子で一体何年かかるのだろうと進度の遅さと残された時間の少なさに暗澹としたものだが、あきらめずにコツコツ書いていたら、塵も積もればでいつのまにか枚数が増え、とうとう書き切ってしまったというのが実感。
妻が特養に入ったのが大きい。執筆時間が10倍ぐらい増えた感じがする。
在宅介護の時は本当に書けなかった。ショートステイに行っている間に集中的に書き、在宅の時は資料調べや、プロットを練るようにしていた。と言うか、そう言うことしかできなかった。

問題は書き上げたのはいいのだが、こんな地味な時代小説を出版してくれるところはないだろうなと言うことだ。最大の問題は言うまでもなく完成度だけど。電子書籍があるではないかという人もあるが、電子書籍では時代小説は売れないのだそうだ。そりゃあそうだ。時代小説ファンは年齢層が高いから。

では、どうしてこんなに地味で、人気もない人を主人公に小説を書く気になったのだろう。それは、間違いなく私がへそ曲がりだからだ。昔から損と分かっていても、損な方へ、損な方へと向かって行く。
正当に評価されない人を見ると無性に愛おしくなる。
六代将軍家宣(いえのぶ)と政治顧問新井白石はまさにそういう二人だ。
五代将軍綱吉と八代将軍吉宗の有名どころビッグ2の将軍に挟まれた家宣は気の毒なくらい無視された将軍である。
(七代将軍家継は家宣の子で、在位三年7歳で死んだ幼将軍である)
白石は歴史の教科書で、「正徳の治」を主導したと数行で終わり、その改革を吉宗の「享保の改革」並みに扱われることはない。自伝「折り焚く柴の記」が有名だが、今時、読む人がいるのだろうか。
綱吉に子がなく、甲府藩主だった家宣は思いがけず将軍になった人であるが、それまでの十数年間、白石を師儒と仰ぎ、ひたすら学問に励んだ人である。この地位の人でこれほど学問をした人は少ない。白石を家庭教師に儒学、歴史、国学、地理など、ありとあらゆることを学び、己を磨いた。
青天の霹靂、将軍になるや、白石を政治顧問に、これまで積み重ねて来た学問を政(まつりごと)に生かそうと、改革に取り組む。清新で情熱にあふれた新しい時代が始まるはずだったが、家宣は呆気なく死ぬ。白石は家宣の遺言で幼将軍を支え、改革を続行しようとするが、守旧派の抵抗に合う。
理想を目指した改革政治は、家宣家継合わせて七年ほどに過ぎなかった。
家継が死ぬと守旧派の反撃に合い、白石は追放同然に失脚する。
改革を受け入れない守旧派からは蛇蝎の如く嫌われていたので、悪口雑言をこれでもかと浴びせられた。旧政権が批判されるのはいつの世も同じで、吉宗は白石の改革をことごとく引っ繰り返し、元に戻してしまう。
その時、白石は59歳。家宣から賜った邸からも追い出される。

小説では、失脚して2年後の61歳から、69歳で死ぬまでの8年間を描いた。
白石が政治顧問として華々しく活躍した時代を描いた小説はいくつかある。だが、失脚して以降の息を潜めて生きた時代を描いた小説はない!と、思う。
どうして、そんな老いた白石に惹かれたかと言うと、「失脚」しただけでも試練なのに、白石はその上さらに、これでもかと「老い」と「病」と「家族の不幸」に苦しめられる。普通なら打ちのめされ、絶望して朽ち果てるところであろう。だが、老いた白石は、政治顧問として活躍し、歴史に名を残した一瞬とは全く違う姿を見せる。
2男2女があったが、長女は自分のせいで行き遅れとなっていた。その長女の結婚に心を砕き、残る子たちの結婚にも必死になる。だが、次男は死に、やっと結婚した長男の初孫も生まれてすぐに死ぬ。追い打ちを掛けるのは持病の数々。老いも進む。だが、この老人は折れなかった。なぜならこの老人には「書く」ことがあったから。失脚した身では、書いても公刊できないにもかかわらず、彼には「書かねばならない」ことがあった。命を削っても。そして、それを可能にしたのが、彼を支えた家族であり、数少ない友人だったのである。会ったこともない、文通だけの友が白石を支えたのだ。生きる勇気と書く意欲を与えたのである。
どうです?素晴らしい人生だと思いませんか?
私はこれを書きたかったのです。成功したかどうかはわからないけれど。
これから一カ月かけて手を入れて、決定稿にしようと思っている。