恥ずかしいけれど、今夜のおかずを紹介。サンマの塩焼き(いま塩を振るのを忘れていたことに気が付く)とかぼちゃ煮とサラダ蕪のサラダ。サンマを食べていて、何かヘンだなあと思っていたのだ。大失敗。サンマに塩を振るのを忘れたのは初めての事である。

カボチャは挽肉と一緒に煮ている。年寄りに動物性たんぱく質を摂らせる為に私が考えたおかずだ。挽肉だけだと飽きるので、ツナと煮ることもある。煮るのはいつも母の役目。ボケ防止のためだ。その横の白っぽいのがサラダ蕪と実はツナのサラダである。これはネットで見つけたレシピ。サラダ蕪を銀杏切りして塩して、後は油を切ったツナと混ぜ、醤油、出汁、マヨネーズ、塩コショウで味付けする。これもボケ防止のために母がサラダ蕪を塩もみするところまでやり、後の味付けは私がする。
サラダ蕪と南瓜と大根はわが家の畑で獲れたものである。
サラダ蕪は柔らかく、文字通りサラダになることが分かった。普通の蕪としても食べられるから応用範囲が広がる。来年も作ることに決めている。


左がサラダ蕪。右が今秋初めて育てた品種のレタス(エムラップ231)。もう少し大きくなってから食べようと思っていたら、葉の先が茶色くなっていたので慌てて収穫する。小ぶりなのが不満である。多分、育て方が悪かったのだと思う。土壌が良くなかったのか、追肥のやり方が悪かったのか分からない。もう少し大きくなると思うのだが。毎年作っている品種のシスコは去年は結構大きくなったので、シスコの育ち具合と比較してみよう。
早生の白菜も去年より育ちが遅いような気がしている。

これは『一畑講』の飾り道具。
隣保13軒が一ケ月持ち回りで、家に祀る。一月祀ったら次の家へ回す。
12月に入ったら、裏のMちゃんが持って来る。
「ひろちゃんはどうせ飾らないだろうけど、月末には次に回してね」
すっかり忘れていた。
勿論、帰郷してこの方祀ったことがない。実は箱の蓋を開けたこともなく、次へ回していた。
言い訳するわけではないが、介護をしていると、こういうことが煩わしくて、どうしてもやる気にならないのだ。
しかし、ブログを始めたことでもあるし、いいネタになるかもと思い、今回、初めて飾りつけをしてみようと思い立った。月末まで飾っていると、歳末で大変だから一週間ぐらい飾ってみようと思ったのだが、開けてみたら、一番上に掛け軸がある。
たちまち、やる気が失せる。わが家の床の間にはいま般若心経の軸が掛かっている。これを片づけて一畑講の軸を出すのが面倒くさくなってしまったのだ。ごめんなさい一畑講である。
Mちゃんはちゃんと祀っていると言っていたが、他の家はどうしているのだろう。想像だが、我が隣保は皆祀っていると思う。不信心なのは私だけだと思っている。
そのMちゃんが、寒くなったので夏に切り残した高野槙の剪定をすると言う。
「ひろちゃん、足長バチ、退治してくれたろうね」と言うので、「何言ってんの、足長ばちなんて、みんな死んじゃってるよ」
「ほんとに、ほんとだろうね」と、本気で怖がっている。よほどこの夏に刺されたのが懲りているのだ。あんまり心配するので、私も不安になり、ネットで調べ、翌日報告する。
「ほんとに、ほんとだろうね」と、本気で怖がっている。よほどこの夏に刺されたのが懲りているのだ。あんまり心配するので、私も不安になり、ネットで調べ、翌日報告する。
「働きバチはねえ、皆、冬が来たら死ぬんだよ。女王バチだけがどこかで冬眠するんだって」女王バチが冬眠することは私も初めて知った。
Mちゃん、安心して、今日から剪定してくれる。枝が山のように出る。年末までにトラックで処理場まで運んで貰わないといけない。畑周り、庭周り、手をつけ出したらきりがないくらいやることがある。
今日の昼は特養にも顔を出し、一緒に昼飯を食う。
しかも、この忙しい12月になぜか講演会がいくつもある。今日の『古代山陰道ウォーク』は断腸の思いで不参加。石見の江津市でも『人麻呂さんの通った道』の講演があったがそれも断腸の思いで不参加。
タイヤ交換にも行かないといけない。忙しい12月になる。