『伊予、阿波、讃岐、四国東北部 出雲の神々と忌部氏ゆかりの地めぐりの旅』
朝7:40荒神谷博物館出発。館長である藤岡大拙先生同行、参加人員44名の旅。

👈順序は前後するが、大三島から今治へ向かう「しまなみ海道」
松江尾道道路→しまなみ海道→大三島の大山祇(おおやまづみ)神社へ。
ここの博物館は刀剣と甲冑で有名な所で、以前から一度は行って見たかったところ。

👈大山祇神社
博物館で太刀を見ていたら、兵庫鎖の実物がある。太刀を腰に下げる紐のこと。
新井白石は『日本軍器考』と言う本を書いていて、この兵庫鎖が分からず、苦労する。
水戸の『彰考館』総裁の安積澹泊に手紙で問い合わせ、ようやく昔の太刀をぶら下げる紐であることが分かり、流石は水戸の安積澹泊と感激したと言うエピソードがある。
私はその経緯を読んだが、実物を見たことがなく、想像していただけだったので、実物を目に出来てちょっと嬉しかった。
大三島で昼食。
お土産屋で涼しそうな夏向きのズボンを売っていたので、妻への土産に買う。

大三島→しまなみ海道→今治→松山・道後温泉に向かう。
道後温泉はおよそ40年ぶり。まだ駆け出しのライターになったばかりの頃、秘密戦隊ゴレンジャーのシナリオハンティングに来た時以来の事。あの時はタイアップの一つが「サンフラワー号」。東京から高知まで船。高知から松山へ出て、松山がタイアップ地。夜船に乗り、一晩かかって高知に着く。3本のうち1本担当するのが大御所の上原正三さん。売れっ子で忙しい上原さんが、シナハンの為だけにのんびり船に乗って行くわけには行かないので、駆けだしで時間はたっぷりある私が船のシナハンをすることになったのだ。「なんで、スーパーヒーローが船に乗って高知経由で松山まで行くんだ」とボヤキながら船に乗った。上原さんは翌日飛行機で来て、シナハン。夜は部屋に籠って「かんばれロボコン」の脚本執筆。
翌日の帰京の飛行機の中でもひたすら脚本を書き続けていた。売れっ子のライターとはこんな風に仕事をするものかと圧倒され、半ば呆れたものだ。
↓道後温泉を湯神社のある高台から見下ろす

道後温泉は今回の旅の目的である「大穴持命(おおあなもちのみこと=大国主命)と宿奈比古那命(すくなひこなのみこと)の国土平定の足跡をたどる」地である。
伊予国の風土記の逸文に、宿奈比古那命が倒れた時に大穴持命が大分の速見の湯(別府)の湯を地下トンネルで引っ張って来て、その湯に宿奈比古那命を浸したら、元気になったのが、今の道後温泉の始まりとあるそうだ。


大己貴命(おおあなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)を祭る湯神社。
👈湯釜
道後温泉にあったものを移したもの。
暑くて汗みどろになる。
30度ぐらいあったらしい。
少しづつお仲間が出来る。
皆、勉強しておられる。
ここの展望台から、遠く瀬戸内海の「ダッシュ島」が見えた。