昨日は最悪の一日だった。
リハビリ病院から受け入れを断られ、漂流妻になってしまったのだ。
県立中央病院の相談員が頑張ってくれて、今日の夕方、何とか漂流先を見つけてくれたようなので、ようやく立ち直ったところである。

受け入れてもらえるものとばかり思い込んでいたので思わず耳を疑った。「どうすればいいのだ」と茫然自失。相手の言葉が耳に入らない。途端にめまいがして、吐き気までした。一瞬、めまいが再発(1年半前めまいで1週間入院、未だに薬を飲んでいる)したかと思った。話が終わったら、立っていられなくなって、廊下の長椅子に横たわった。それくらいショックだった。
リハビリを受けられず、もし妻が寝たきりになってしまったら、自宅で年取った父母と生活を共にするなんて不可能に近い。横になったまま混乱する頭で今後のことを考えていたら、個室から「う~あ~」とおばあさんの声が聞こえて来た。すると隣の部屋の我が漂流妻が、
「あの患者さんを黙らせてください」と叫び出した。
おばあさんは「う~あ~」
漂流妻は「うるさいんですけど」「う~あ~」「静かにしろ」「う~あ~」
個室前通路は時ならぬ騒ぎに。

ケアマネージャーも前回受け入れて、なぜ今回はダメなのか驚いていた。
リハ病院側の言い分は「治る見込みのない者は受け入れられない」「そういうお達しが出ている」「リハビリは1日2時間やることになっているが、痛みを訴えるので十分なリハビリが出来ない」
私にしてみれば、痛みは訴えるだろうけれど、前回だってやってくれたのだから、出来るだけでもいいからやって欲しい。完全に治ることなどは期待はしていない。出来るところまででいいのだ。
しかし、この考えはどうやら医療費の無駄遣いと決めつけられているようだ。確かに妻は手がかかる。リハビリする側にしてみれば、労ばかり多くて、効果の少ない患者だ。完全に治らない患者には金をかけるなと言うことか。これって、生きていてもしょうがない人間は殺してもいいと大勢を殺した男と根は同じような気がする。

好き好んで病人になった訳ではない。病人が一番つらい思いをしているのに救ってやれない。これからの医療現場ではこのような事が押し進められて行くのだろうなと実感した昨日であった。