師匠が昔は映画の脚本が完成したら、撮影所の所長以下お偉方がずらりと居並ぶ前で、脚本家がシナリオを読み上げる慣わしがあったと言う。確か5社(東映、東宝、松竹、大映、日活)全部その慣習があったと言ったように思う。師匠もそうだが、どの脚本家もそれが嫌で嫌で、皆、やめて欲しかったらしい。やがてその慣わしは無くなったそうだが、このエピソードはまだ本読みがあった時代の話。
本読みの日が来た時、師匠はただの一枚も書いていなかった。思うにたぶん他の仕事で忙しかったのだろう。
師匠はどうしたか。弟子に白紙の原稿用紙二百数十枚(200字詰め)を用意させて綴じると、その白紙の原稿用紙を手に居並ぶお偉方の前に立ち、いかにも完成原稿を読むがごとく、白紙の原稿用紙を一枚一枚めくりながら、映画一本分のシナリオを即興で作ったのだそうだ。
プログラムピクチャーであるから、主役も共演者も決まっていただろうし、弟子もいてある程度のストーリーは出来ていただろう。本読みの日は迫っていたのだから、覚悟も出来ていただろうが、それにしてでもである。人間業とは思えなかった。
師匠に失望しかけていた私は、本当はやっぱりこの人はすごい人なんだと見なおしたのであった。
どこの映画会社の何と言う作品だったか、どうして聞かなかったのだろう。今となっては残念なことである。