去年、島根医大の看護学科の学生さんが、「自宅で認知症の妻を介護する高齢男性」をテーマにした卒論を書くと言うので取材協力をした。その後、礼状とともに卒論のダイジェストが送られて来た。読むと5人の協力者の内、60代は私ひとりで、後の4人は80代だった。「おおっ」と思わず声が出た。
80を過ぎて自宅介護をしている男がいるなんて思ってもいなかったのだ。介護される方もする方も、それくらいの年齢だと、介護施設の世話になっているものだとばかり思い込んでいたのだ。ちょっと考えれば、入れたくとも入れられない人はいくらもいるのに。出雲の老健だって順番待ちがあってすぐには入れない。何年介護をしているのだと不明を恥じる。
読み進むと、「困難を訴える」辛く、切ない声が続く。
私は50代の後半から始めた10年選手だが、この人たちは長い人で5年の介護歴、早い人で70代後半から介護を始めたことになる。この年から始めるのははっきり言って酷だと思う。私だって始めた時はこんなことを一生続けるのかと目の前が真っ暗になったのだから。
だが、この八十翁たちは、最後は「責任」を口にし、「妻を大切にしたい」と言い、「心が通うと嬉しい」と言う。
そう言わなければ自分を支えていられないのかもしれないけれど、
「ちきしょう、なんていじらしい爺さんなんだ。なんて素敵な爺さんなんだ」
と私は呟いていた。そして、同じ出雲のどこかにいる八十翁たちに、
「素敵なあなたの周りには、素敵な人たちが集まりますよ」とエールを送った。
人と人とのつながりとはそういうものではないだろうか。