10時に大田市立病院へ母を迎えに行く。10日に入院する時は保健所の車で入院したが退院する時まで保健所は世話をしてくれない。本来なら施設が迎えに行くのだろうが、昨日、施設から電話があって人手が足りないので申し訳ないが迎えをしてもらえないかと依頼があったのだ。一昨日は母の壊れたメガネが出て来たので修理してくれと施設から頼まれ眼鏡屋へ行ったばかりであった。またかと思ったが人手が足りなくて困っているのに協力しないわけには行かない。快く引き受ける。引き受けたもう一つの理由は帰りの車で久しぶりに母と一緒になれることもあった。長い間、週刊誌を届けた後、玄関のガラス戸越しにスマホで短時間しか話していなかったから、車内の40分ほどは面会しているのと同じである。退院してもまた玄関ガラス戸越しに顔を合せる程度のことしかできないのは分かっている。このチャンスを逃したらしばらくは面会らしい面会は出来ない。
母は結局一度も発熱することなく、食事もしっかり食べていたそうで元気に退院する。帰りは大田から出雲までは山陰高速道が通じたので高速を使うとあっという間に出雲に戻れるのだが、病院から母の生家までは車で10分強。施設に戻ったら生家に行くことなどもう二度とないと思うと、生家を一目見せてやりたくなり9号線で帰ることにする。


左の写真は母の生家へ行く途中の多胡辰敬の岩山城の遠望。生家の手前に高速道が出来ていて母はどこか分からなかったようだ。生家の前に停車しても初めは信じなかったが、やがて思い出したのはいいのだけれど誰がここへ引っ張って来たのかと問う。自分が生まれ育った生家の周囲の景色が変わり過ぎていたからだろう。確かに門の前の石垣の上に聳えていたタブの巨木は枯れてしまい、門の前にあった竹林もなくなってしまうと昔の面影はどこにもない。特に入りたいとも言わなかったので引き返す。もう二度と来れない、多分、見納めになると思ったのだが、昔を懐かしがられても辛くなるのでこれでいいのかもしれない。帰りにお墓のあるお寺の側を通ったのでお参りするかと聞いたらここからでいいと車の中で手を合わせる。
9号線に戻って出雲へ。何百回以上も走った道なのにこんな道は初めてだと言うが、波根の海岸を見たら「あの岩は覚えている。子供の頃から見ていたから」と思い出し「はねくっておおだ」と言う。
これはこの土地の人の言葉遊びである。地名が「波根(はね)」「久手(くて)」「大田(おおだ)」(山陰線も「波根駅」⇒「久手駅」⇒「石見大田駅」)と続くのを、「波根久手大田(はねくっておおだ)」即ち「跳ねくって大田へゆく」と言う意味にダブらせたのである。儂らも子供の頃は夏休みに帰郷すると「はねくっておおだ」と言って笑っていた。
ずっと9号線が分からなかったが、田儀を過ぎて日本海が広がると感激する。少し風はあったがいい天気でよかった。(右の写真)道の駅「きらら」ここも何度も来たところなのに思い出せない。「孫を連れて泳ぎに来たこともあるよ」と教えたら「あらそうかね」と苦笑いしていた。あまり海がきれいなので写真を撮る。
遠回りして小一時間ドライブして施設に戻る。
「ここはどこか?どうしてこんな所に来るのか?」と問い、「こんなところで暮らすのか」と心外そうな顔をされる。最後に心が痛むが、玄関に入って職員さんの顔をみたら「あらあっ」と歓声をあげたのでほっと胸をなでおろす。
早く日常に戻って欲しい。出雲は今日も感染者は100人を越えた。
母は結局一度も発熱することなく、食事もしっかり食べていたそうで元気に退院する。帰りは大田から出雲までは山陰高速道が通じたので高速を使うとあっという間に出雲に戻れるのだが、病院から母の生家までは車で10分強。施設に戻ったら生家に行くことなどもう二度とないと思うと、生家を一目見せてやりたくなり9号線で帰ることにする。


左の写真は母の生家へ行く途中の多胡辰敬の岩山城の遠望。生家の手前に高速道が出来ていて母はどこか分からなかったようだ。生家の前に停車しても初めは信じなかったが、やがて思い出したのはいいのだけれど誰がここへ引っ張って来たのかと問う。自分が生まれ育った生家の周囲の景色が変わり過ぎていたからだろう。確かに門の前の石垣の上に聳えていたタブの巨木は枯れてしまい、門の前にあった竹林もなくなってしまうと昔の面影はどこにもない。特に入りたいとも言わなかったので引き返す。もう二度と来れない、多分、見納めになると思ったのだが、昔を懐かしがられても辛くなるのでこれでいいのかもしれない。帰りにお墓のあるお寺の側を通ったのでお参りするかと聞いたらここからでいいと車の中で手を合わせる。
9号線に戻って出雲へ。何百回以上も走った道なのにこんな道は初めてだと言うが、波根の海岸を見たら「あの岩は覚えている。子供の頃から見ていたから」と思い出し「はねくっておおだ」と言う。
これはこの土地の人の言葉遊びである。地名が「波根(はね)」「久手(くて)」「大田(おおだ)」(山陰線も「波根駅」⇒「久手駅」⇒「石見大田駅」)と続くのを、「波根久手大田(はねくっておおだ)」即ち「跳ねくって大田へゆく」と言う意味にダブらせたのである。儂らも子供の頃は夏休みに帰郷すると「はねくっておおだ」と言って笑っていた。
ずっと9号線が分からなかったが、田儀を過ぎて日本海が広がると感激する。少し風はあったがいい天気でよかった。(右の写真)道の駅「きらら」ここも何度も来たところなのに思い出せない。「孫を連れて泳ぎに来たこともあるよ」と教えたら「あらそうかね」と苦笑いしていた。あまり海がきれいなので写真を撮る。
遠回りして小一時間ドライブして施設に戻る。
「ここはどこか?どうしてこんな所に来るのか?」と問い、「こんなところで暮らすのか」と心外そうな顔をされる。最後に心が痛むが、玄関に入って職員さんの顔をみたら「あらあっ」と歓声をあげたのでほっと胸をなでおろす。
早く日常に戻って欲しい。出雲は今日も感染者は100人を越えた。
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