第五章 出雲の武士(8)
「何じゃと」
「有田の戦いをこの目で見たいのです」
正国は顔をしかめた。
「戦見物など聞いたことないわ。物見遊山と違うぞ」
「無論軽い気持ちで行くのではありません。包囲されながらも毛利・吉川の戦いぶり天晴と言えませぬか。五倍の兵力にも負けず渡り合っております。どうして毛利はかくもしぶとく精強なのかこの目で確かめてみたいのです」
正国は冷ややかに見下した。
「そんなことをしてどうなると言うのだ」
「私は尼子の将来を考えているのです」
兄は怪訝な顔で見返した。
「今は小さくとも毛利が力をつけて来たら侮れなくなると思いませんか。だからこそ今の内から毛利を見ておきたいのです。兄上、私には毛利元就と言う男がただ者とは思えないのです。兄の興元は優れた武将でしたが、元就は兄を越える武将になるのではないかと思うのです」
「口ばかり達者になりおって」
苦々しい顔でため息をついた。
「三郎助を連れて行け」
「ありがとうございます」
「危ない処には近づくなよ」
ぶすっと呟いた。
「負けるに決まっちょるに」
中野から国境を越えた吉川領大朝までは南へおよそ四里、大朝から有田まではさらに南へ三里強。辰敬と三郎助は大朝の手前で大きく迂回し、樵に案内を頼むと紅葉に染まった中国山地を越え、安芸国に入ったのは十月半ばを過ぎていた。二人とも猟師に姿を替えていた。芸北は低い山々や丘の間に刈り取りの終わった田が広がる高原地帯だった。
二人は有田の地を一望出来る山の中腹に潜んだ。有田城はその拓けた地の西端の低い山の上にあり、十重二十重に取り囲まれていた。無数の旗指物が揺れ今にも押しつぶされそうだった。包囲されて半月以上になる。ここまで持ちこたえているのが奇跡と思われたが、その理由はすぐに分かった。
包囲軍の城攻めが始まると、周辺の山や丘の陰から毛利や吉川の兵が現れ包囲軍を攻撃した。城の東側には又打川が流れその向こうは湿地が広がっている。その湿地の中からも毛利兵が現れ川を越えて襲い掛かった。包囲軍は柵を構えていたが、毛利兵たちは少数の部隊に分かれて攻撃した。武田方が柵を出て反撃すると、たちまち毛利方は蹴散らされるが、それでもひるまず態勢を立て直して反撃する。
これが早朝や深夜にも繰り返された。数では敵わぬ毛利方の兵力が削ぎ落されるように減って行くのは遠目にも分かる。にもかかわらず毛利方は執拗に包囲軍に挑んだ。
しつこい攻撃に城攻めが捗らぬ包囲軍の苛立ちが、見物する辰敬達にも明らかに見て取れた。
二十二日の早朝。鬨の声に辰敬達は跳ね起きた。二百ほどの兵が又打川を越えて攻め寄せたのである。昨日までの少数の兵で多方面から攻める作戦とはあきらかに気配が違っていた。毛利・吉川軍は総勢千人。かなりの犠牲が出ているから二百は連合軍の虎の子ともいうべき中核と言ってよい。
辰敬達は固唾を呑んで見守った。
柵を挟んで激しい戦いが繰り広げられていたが兵力の劣る毛利方が崩れた。毛利兵は川を越え湿地に逃げ込んだ。それを見て武田方の重臣熊谷元直が柵を打って出るや毛利兵を追走、一気に川を越え湿地に雪崩れ込んだ。すると茂みから毛利方の伏兵がわらわらと現れ熊谷勢に襲い掛かった。不意を突かれた熊谷勢は湿地に足を取られて大混乱に陥り、熊谷元直は呆気なく討ち取られてしまった。それまでの武田方を苛立たせていた小さな戦いは、湿地の一番深い所へ武田方をおびき出すための罠だったのである。
無様な敗北に武田元繁は激怒し、重臣達が止めるのも聞かず、自ら全軍を率いると又打川に乗り入れた。すかさず対岸から元繁めがけて無数の矢が射かけられ、一本が元繁の喉を貫いた。元繁は水しぶきを上げて落馬、総大将も首を取られてしまった。
武田勢は混乱し有田城の包囲を解いて自領へ引き上げた。この戦いは後の世に西の桶狭間と称されるほどの衝撃を与え、陰陽に毛利元就の名を一挙に轟かせた。
帰りの辰敬と三郎助は無言だった。
自分が戦って負けたわけではないのに、辰敬は地べたに叩きつけられたような敗北感に打ちのめされていた。心をかき乱すのは妬ましさだった。一番認めたくない感情の嵐に辰敬は情けないほど翻弄された。自分にない物の全てを持っている年下の若者の出現に、妬みしかない己を認めるのが疎ましかった。
だが、余勢城へ帰りついた時には現実に向き合う若者に戻っていた。毛利元就とは否応なく生涯に亘って向き合うことになるだろう。その時、自分は元就に何を持って向き合うのか。果たしてそのような武器が自分にはあるのだろうかと。
閏十月。
都から大内義興動くの報が届いた。帰る帰ると言いながら、いつになったら帰国するのかと思われていた義興がついに腰を上げたのだ。将軍足利義稙のわがままに愛想をつかしたのである。
義稙は中風に苦しんでいた。その中風が悪化し、かねてより義稙は有馬温泉に湯治に行きたがっていた。だが周囲は将軍が都を離れることを諫めた。権力の中枢が不在となればどんな不穏な事態を招くや知れぬ。そうでなくとももはや安定した政権とは言えない。にもかかわらず我慢が聞かない義稙は周囲の猛反対を振り切り、強引に有馬温泉に行ってしまったのである。
その二日後に義興は堺へ向かった。
余勢城もその噂で持ちきりだった。今度こそ必ず戻って来る。船団を仕立てて戻るとなると来春は無理でも夏には帰国するだろう。十年も不在だった西の太守が戻ってくれば陰陽の勢力図に大きな揺り戻しが来るのは必定である。大内方は勢いづく。石見でも前守護山名系の国人や支援する尼子方は、辛い戦いを強いられることを覚悟しなければならないだろう。
そういう情勢の中で尼子氏にとっては喉に刺さった魚の骨のような存在があった。阿用城である。経久の長男政久が戦死してから四年、長い休戦状態の間、阿用城は最早昔の勢いは失い、小魚の骨程度の存在になっているが、このまま放置しておいてよい城ではない。経久にとっては長男の仇、必ず滅ぼさなければならない城であり、経久がそのことを忘れたことは片時もなかった。彼我の情勢により対外進出を優先して来たが今こそ内を固める時、義興帰国の前に目障りな城を一掃しようと決意したのである。義興帰国に勇を得て勢いを取り戻すことを恐れたのも理由の一つだ。抵抗籠城が長引けば各地の反尼子勢力を力づけることにもなる。
だが、季節はすでに冬に向かっていた。今から兵を動員するには無理がある。田植えを前にした春にも戦いは出来ぬ。経久は来年秋早々に阿用城を攻め、政久の命日までに落とす決意を固めた。
この四年間、尼子方は兵を退いたが、阿用城を望む丘に構えた本陣と政久が死んだ向城には部隊を残し、城に通じる道には関所を置き間道には見回りを置いた。
阿用城は磨石山の東に続く山中から細々と物資を運び込むしかなかった。
尼子方は年内に関所の数を増やし間道の監視も厳しくした。磨石山の東の山中の見回りも強化したので、阿用城への兵糧の運び込みは次第に難しくなって行った。
年末から年始にかけて、堺には都から天皇の勅使や有力な公家たち、将軍の使いなどが入れ替わり立ち替わりやって来て、義興に都に戻るように説得したが、義興は帰国の覚悟が固いことを繰り返し、逆に将軍に帰国許可を出すことを要請した。
その永正十五年の春の終わりに杵築大社が十年の歳月を掛けて落成した。経久は来年四月に遷宮を行うことを決め、新しい大社に政久の仇を取ったことを一番に報告するべく決意を新たにした。
八月に入ってすぐ大内義興は管領代を辞した。管領は細川高国だったが、義興は幕府の職制にはない管領代と言う異例の職を拝命し、細川高国と共に政に預かっていた。その職を返上したのである。なかなか帰国を許可しない将軍への催促であった。義興も焦れていた。すでに帰国の船団は揃っていたが、義興ほどの立場になると、国人武将たちが義興に対して無許可で帰国したようなことは出来ない。将軍の意に背くことは謀反とみなされるからであった。
八月二十七日、ようやく将軍は帰国を許可したが義興はその二日前に堺を出帆していた。義興の復帰を諦めた将軍が帰国を許可するとの内々の情報を得た義興は、正式な許可が出るのも待てなかったのである。
義興が堺を出帆したことは早馬でその日のうちに富田にもたらされた。
経久は直ちに阿用城攻めを命じた。総大将は次男国久。三男興久も加わるまさに弔い合戦の陣容であった。経久は政久の命日までに城を落とすことを厳命し、籠城勢の降伏は認めず一人残らず皆殺しにせよと命じた。
戦いを前に阿用の田の稲はすべて刈り取られ、八月の末には磨石山の麓は尼子の軍勢が十重二十重に取り囲んだ。五年前と同様に磨石山を望む麓の小山に本陣が敷かれた。辰敬は此度も正国に従い政久が落命した向城に陣取った。
九月一日、法螺貝が鳴り響き陣太鼓が打ち鳴らされると、尼子の大軍は磨石山の山腹に津波のように押し寄せた。大地が震え向城の櫓も震えるほどに山も揺れた。
向城からも鬨の声を上げて打って出た。その中に槍を構えた辰敬がいた。戦いの火ぶたが切って落とされるまでは、頭の中は多聞のことで一杯だった。
(戦場で出会ったらどうしよう。多聞さんは何と言うだろう。俺は何と言えばよいのか。刃を交えることになるのか。あの多聞さんと……。)
だが、谷を駆け下り阿用城の山腹に取り付いた時は、降り注ぐ矢や落ちて来る岩から身を守るだけで精一杯で多聞のことは頭の中から吹っ飛んでいた。阿用城攻めは二度目だが、何も見えず何も聞こえず何も考えられなかった。それほど反撃は激しかった。城兵は脱落が相次ぎ弱兵ばかりと侮っていた気分は木っ端微塵に打ち砕かれた。城を枕に死を覚悟した者達の士気は高かった。五年の間に空堀は増え一段と深くなり柵も櫓も強化されていた。
山腹は尼子兵の血に染まり呻き声が覆った。だが、犠牲をものともしない数の力の前に、死体で埋まった空堀は乗り越えられ、柵は引き倒され、籠城兵はじりじりと山の頂へ追い上げられて行き、辰敬達はついに阿用城の尾根の北端を守る出丸を占拠した。
ここまで七日を要した。山腹にへばりつき上ばかり見ていた辰敬は多聞に会うことは一度もなかった。一度似た人影にドキッと心の臓が鳴ったことがあった。多聞の鎧姿は見たことはないが、短軀で樽のような分厚い胸は鎧に包まれていても分かるつもりでいた。息を止めて見たその姿には、尼子兵を圧する猛々しさと重量感はなかった。
桜井勢は本丸に籠城した。
尼子国久は本陣を払い、阿用城の北の向城に移り、興久は磨石山の南の尾根に陣を移した。最早戦いの帰趨は決まったも同然であった。出丸には戦勝気分が蔓延していた。一人辰敬を除いて。
総攻撃の前夜は新月だった。暗夜、本丸の篝火が赤々と櫓や柵を浮かび上がらせていた。
出丸も静まり返り篝火の爆ぜる音しか聞こえなかった。離れた本丸を見つめる辰敬は本丸からも多聞が同じようにこちらを見つめているような気がしてならなかった。そう思っただけで胸が圧し潰されそうだった。多聞がすでに死んでいるとは考えなかった。そんな武士ではない。
(あの中に多聞さんがいる。今度こそ会うことになる。これまで会わなかったのは運が良かっただけだ。)
いよいよその時が明朝に迫っているこの期に及んで、覚悟も出来ていない自分をどうしていいのかもわからず気が狂いそうだった。このまま永遠に時が止まらないものかと思わずにはいられなかった。
眠れぬ夜が過ぎて行く。
かすかなざわめきが耳をぞわっと嫌な感じで嬲った。耳鳴りかそれとも幻聴か。頭が重い。辰敬は疲労と寝不足のせいだと思ったが、すぐにそれは人の声の集まりと分かった。怒声と喚声が闇を突き破り、刀と刀が打ち合う激しい音も加わった。谷を越えて聞こえて来る。
「夜討ちだ。本陣に敵襲」
出丸が騒然となった時、辰敬は出丸を飛び出していた。
向城の篝火に駆け回る兵士たちの影が浮かび、雄叫びと激しい剣戟の音が暗い谷間を震わせていた。
桜井方が向城の本陣を急襲したのだ。瞬時に辰敬は夜討ちを率いているのは多聞と悟った。恐らく多聞はこの戦いが始まった時から国久一人の命を狙っていたのだろう。阿用城には籠らず、磨石山の東に広がる山中深くに襲撃部隊を率いて潜み、国久を襲う機会をうかがっていたに違いない。多聞の姿が見えなかったはずだ。そして、決戦前夜の新月の夜、早や戦勝気分の漂う向城に斬り込んで来たのだ。多聞でなければ出来ないことだ。
出丸から喚声を上げ救援部隊が地響きを立てて谷を下った。幾つもの松明が暗い谷間を下って行くのを見た時、辰敬も救援部隊と一緒に谷を滑り落ちていた。
「若」
三郎助の声は聞こえなかった。
あれほど戦場では多聞と会いたくないと思っていたのに、身体は向城に突進していた。自分でも不思議だった。自分で自分の体と思えなかった。何かが辰敬を駆り立て突き動かしていた。谷を転がり落ち向城の斜面をしゃにむによじ登った。
向城には無残な光景が繰り広げられていた。追い詰められた一人の桜井兵に、数十人の尼子兵が襲い掛かり膾のように切り刻んだ。
さして広くない向城の内の何ヵ所かで、絶望的な抵抗を試みる兵士が一人また一人と血祭にあげられて行く。その阿鼻叫喚の火の粉が舞い上がる向こうに、近習に守られて床几に坐す国久の微動だにしない姿がちらりと視界を過ったが、辰敬は狂ったように駆け続けた。鎧を被ったこって牛のような武士を探して。
(多聞さん、多聞さん)
心が叫んでいた。ほとんど悲鳴だった。
辰敬は向城を突っ切って裏手に出た。どこにも多聞の姿はなかった。篝火は倒れ燃え燻る炎の中には敵味方の死体が幾つか横たわっているだけであった。恐らく斬り込んだのは二、三十人ほどの部隊か。全員死ぬ覚悟で。多聞は国久と刺し違える覚悟で。
(いったい多聞さんはどこに)
引き返そうとした時、がしっと足首を掴まれた。はっと振り返ると壊れた柵の隙間から血まみれの手が伸びていた。振り払おうとしたが、猛禽の爪のように食い込んだ指は離れず、体勢を崩した辰敬は壊れた柵ごと堀切の下に転落した。
ガシャッと鎧と鎧がぶつかる音がした。辰敬の下には固い鎧があったが、分厚く逞しい胸の上に乗っていることがすぐに分かった。その胴丸がひゅうっと鞴のような息を吐いた。辰敬は飛び離れると暗闇の中で覆い被さるように鎧武者を覗き込んだ。鎧はべっとりと血に濡れていた。
「多聞さんか、多聞さんか」
またひゅうっと胸が鳴った時、松明の明かりが射し込まれた。炎が炎よりも赤い悪鬼の形相を浮かび上がらせた。辰敬は凍り付いた。兜はなかった。ざんばら髪の頭は割れ夥しい血糊が髪にも顔にも貼りついていた。初めは多聞とは分からなかった。それほど想像を絶する凄まじい変わりようだった。片目も抉られていた。刀傷は数え切れなかった。胴丸にも槍が貫いた穴があり、胸が鳴るたびに血糊が噴き出した。
松明が降りて来た。かざしているのは三郎助だった。三郎助は目を背けた。
辰敬は顔を覆う蓬のような髪をそっとかき分けた。もう一方の細い目が現れた。いつも眠っているような目。見えているのか見えていないのか分からないような目がそこにあった。
「多聞さん、辰敬じゃ」
細い目の隙間が微かに光った。
ううっと言葉にならない声が漏れるとごほっと血を吐いた。
「多聞さん、しっかり。何じゃ、何を言いたいんじゃ」
思わず顔を近づけると生温い血の臭いがかすれた声を押し出した。
「……かいしゃくを」
「何じゃと」
全身が凍り付いた。言葉を失い、我を失い、それが長い時間だったのか、ほんの一瞬だったのかも分からなかった。
「……頼む……介錯を……」
強い声だった。
辰敬は思わず三郎助を振り返った。三郎助は何も言わなかった。表情一つ変えない顔は怒っているように見えた。辰敬が振り返ったことを。松明に赤々と浮かぶ三郎助は憤怒と炎の化身、不動明王だった。
「……御屋形様のもとへ」
乞い願う声であった。辰敬の身も心も震えた。多聞の最期の願いが分からぬ辰敬ではないが……。
「お前の手で行きたいのじゃ……それが本望じゃ……」
血の声を振り絞って多聞が叱った。
「……尼子の端武者が儂の首を獲ってもよいのか」
細い片目がかっと見開かれた時、せめても辰敬に出来たことは、この世で最後の血の色に染まった視野一杯に己が顔を映して見せる事だった。そして……。
「御免」
腰刀を抜くやぐさりと首に突き立てた。
本当は何か叫ばずにはいられなかった。胸が張り裂けんばかりの声を力にせずば、到底なしえない行為だったが、辰敬を押しとどめたのは多聞にそのような無様な声は聞かせたくないと言う思いだったのであった。ただ一人多聞を敬い、愛した武士の顔で多聞を送りたかったのだ。
噴き出す血はもはや勢いさえ失っていた。
七年前、人の妻になった娘が暮らす土倉の前を通って都を後にした時、辰敬は首を斬る武士になると決別の言葉を吐いた。それは十七歳の自分への決別でもあったが、七年の歳月が過ぎこのような形で首を斬る武士になるとは。
夜明けとともに総攻撃が行われ阿用城は落ちた。
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