6日の水曜日に娘が妻とオンライン面会してくれた時の話が面白かったので紹介する。娘はスマホで妻は職員さんにタブレットを見せてもらう形式。ちょうど赤ん坊がギャン泣きしていて映像でも見ることが出来たので、妻は「可愛い、可愛い」とめろめろになり、「おばあちゃんが泣き止ませてあげる」と歌い出したのが妻の出身校である熊本県立濟々黌高校の校歌。この校歌は明治45年に創立30周年を記念して制定されたというから学校も古いが校歌も相当に古い。4番まであるのだが、妻は3番まで歌ったと言うので長いけど3番まで紹介する。
1          
碧落仰げば偉なる哉   
渦巻く煙幾百丈
世界一てふ大火山
我らの意気を示さずや
銀杏城東龍山の
翠を占むる濟々黌
滾々尽きぬ白川に
宏壮偉大の影うつす
2
往昔懐へば遠き哉
同心の友集まりて
道を講ずる一茅舎
金石透す赤誠の
心筑紫の杜鵑
声は雲井に聞こえてや
恩命一下我黌の
無比の光栄銘せよや

終始一貫渝らざる
教えは知れよ三綱領
「清明」「仁愛」「剛健」の
三徳之れがもとゝとなる
ふりさけ見れば碧万里
暾出でんず大海原
宇宙の偉観清新の
景趣はやがて我理想

卒業生でもない者には、意味不明の語句や読めない語句があるだろうが、実は自分も読みが分らない漢字がある。妻はまだ病に倒れる前から昔を懐かしんではよくこの校歌(濟々黌では黌歌と言う。母校は母黌と言う)を歌っていた。だが、その時も一番までで、興が乗ったら二番まで、それも途中までが多く、三番を歌った記憶は儂にはない。だから三番まで歌ったと聞いてびっくりしたのだ。
孫が可愛かったのだろう。嬉しかったのだろう。妻が喜んでくれたことが嬉しかったが、儂は三番まで覚えていてくれたことが嬉しかった。脳に重いダメージを受けているはずなのに失われていないものがあることに感動する。
大学と言う所に行かなかった妻の青春は濟々黌で終わっている。妻の人生で一番楽しかった時、自分でもいつもそう言っていた。一番輝いていた時の思い出が黌歌という歌になって蘇って来るのだろう。妻が病気であることを忘れさせてくれる一瞬に立ち会えると希望をもって前に進もうと言う気持ちになる。最後に妻は「大学に行くためには本を読ませなさい」と言ったそうな。
赤ん坊はその後すやすや寝たそうだ。
赤ん坊は大きくなって母から聞かされるだろう。
「おばあちゃんはね、子守歌に濟々黌の黌歌を三番まで歌ったんだよ」と。

12年前の妻の語録。三番まで歌いきれるとは知らなくて、一番を歌っただけでもすごいなあと褒めていた。
語録(31)

2009.1.3

「モモちゃん、幸せだよ。お前に顔を拭いてくれるタオルくれる人いないだろう」

(仕上げに拭いてやると)

「もういいよ、うるさい」

2009.1.4

(風邪をひいていたので)

「正月早々えらい目にあったな。身体もだるかったろう」

「家の仕事、何もしたくなかった」

2009.1.6

(はみがき仕上げをやったら)

「しつこ過ぎる」

「しつこいのはお父さんの性分なの」

「はみがきで殺されたなんて知らないぞ」

2009.1.8

(料理する俺を見ながら)

「こういう目で待ってるよ」

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「何でも自分で作るのね」

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「ヒデキお兄ちゃんの作ったおにしめなんか美味しいだろうな」

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「モモ、お母さん、お茶もらうんだよ」

2009.1.9

「お父さん、夕食がんばってね。がんばって食べようね」

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「アキちゃんはね、お父さんみたいに鼻高くないよ。あんまりよく見たらいかんけどね」

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(ご飯の途中キスしたら)

「モモ、見たか。お父さん、こんなに優しいのだぞ」

2009.1.10

「お父さん、昼寝しよう。いっしょに寝てあげるから昼寝しよう」

2009.1.11

「私を立たして。モモを後ろから追い出す」

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「左足が痛い」

「揉んでやるよ」

「忙しいからいいよ。そっちだって」

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「ヒロアキ兄ちゃん、ピーナッツちょうだい」

「俺、ヒロアキ兄ちゃんじゃないよ」

「ごめん、ここ、ヒロアキ兄ちゃんのとこだったから」

2009.1.12

「急に寒くなった。学校から帰る時そう思った」

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「今日はいっぱい歩いたからすぐ眠れそう」

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「飛行機を土井先生の横にとめてもらうの。みな驚くよ。川尻始まって以来だって。飛行場あるのに、みな、土井先生の横に止めるようになったら、土井先生、困るよ」
※土井先生は近くのお医者さん。今はもうない。

2009.1.21

「お父さん、いつもかっこよく立ってられていいね」

2009.1.22

「お父さん、目の下にくまがあるね」

※邦子はクマ一つなく、しわも一つない顔になった。

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「ヒロアキ兄ちゃん、今日手術するから付き合ってね」

2009.1.25

「(夕食)まだできていません。すみません」

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「お父さんが死んだらお父さんと呼ぶよ。戻って来てね」

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「お父さん、いつも死ぬ死ぬと言うの、すごくいやなの」
※夢の中の話か何かだと思う。

2009.1.29

(着替えか何かをしていて)

「荒すぎるよ」

「ごめんごめん」

「お前も今度そうしてやる」

2009.1.30

(パット交換時、暗いところで)

「お父さんね」

「誰だと思った?」

「誰かと思った」

2009.1.31

「お父さん、げた箱の中からアンパンとって」

2009.2.6

「お父さん、あそこまで立てない」

(カステラのある所まで)

2009.2.8

「ヒロアキ兄ちゃん」

「ヒロアキ兄ちゃんじゃないって」

「うん、お父さんと言えばお父さんなんだけど……」

2009.2.9(夜)

「おむつ替えて、ずぶ濡れ」

開けてみたら全然濡れていない。俺の顔を見て

「なんか違うみたい」

2009.2.10

「私ね、普通の人とちょっと違うの。みかんが大好きなの」

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「ヒロアキ兄ちゃんにいろいろやってもらって、感謝感謝感謝」

2009.2.11

「ごはん遅くなってごめんなさい。私も疲れてるの」

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「お父さん、自分の鼻見える?」

「ちょっと目をつむったらこの辺が。お前は?」

「見えない、ふ、ふ、ふ」

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「お父さん、最近、すっかり週刊誌買わなくなったねえ」

⇒「おつとめ行かなくなったねえ」

⇒「稽古しなくなったねえ」

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「お父さん、愛しているからしっかりお茶入れてね」

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「モモ、かわいいねこ。可愛いけど返すの」

「えっ、どこへ」

「向こうの三軒の家の……お父さんがいやだなと思っている家へ」

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「寒くはないけどお金はない」

2009.2.12

「そんなにしないで、人形じゃないんだから。蹴飛ばすことだってできるんだぞ」

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俺「(邦子が)戻って来てから5年になる」

「戻って来たって、それまでどこに行ってたの」

「入院してたの」

「ずっと入院してたの?」

「いや9ヶ月」

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「私と一緒にいると仕事が増えるね。私がヒロアキ兄ちゃんを頼るから」

2009.2.14

「モモ、死ね、いっぺん」

2009.2.26

(深夜)「お父さん、起こして」

「起きてどうするの」

「あいさつするの」

「誰に」

「お客さんに」