「荒野の素浪人」の脚本が出来上がったので、運転手付きのクラウンで成城の三船プロへ届けに行った。三船プロへ行くのは初めてだった。
「荒野の素浪人」は三船敏郎主人公のTV時代劇で、旅をしながら悪人を退治する人気ドラマだった。
三船敏郎は戦後日本映画を代表する大スターで、説明する必要もないと思われるが、今の若い人は知らなかったりするから一応説明しておく。三船美佳のお父さんと言えばわかってもらえるだろうか。二番目の奥さんの娘。昔の有名人を説明するのに、二世タレントのお父さんとかお母さんと言わないと分かって貰えないのは哀しいものがあります。
プロデューサーが不在だったので、窓口で脚本を渡しただけであった。戻って、
「先生、三船プロて面白いところですねえ」と、私が言うと、
「何が?」
「いやあ、掃除のおじさんが時代劇の衣装を着ているんですよ」
「バカヤロー、お前!それは三船だ」
「えええっ」驚いたのなんのって。
「三船はなあ、掃除が大好きなんだ。撮影の合間に暇が出来たら、ロビーに出て来て掃除をしているんだ。お前は三船が分からなかったのか」
呆れられてしまった。
そう言われて、思い出してみると、確かに荒野の素浪人と同じ衣装であった。箒を握って私の方を睨んでいた顔もTVで見る素浪人と同じ顔であった。恐らく天下の大スターが目の前にいるのに、挨拶もしなかった若造を無礼な奴だと思っていたに違いない。
でも、その時は本当に掃除のおじさんにしか見えなかったのです。三船敏郎が掃除をしているなんて誰が思いますか。
その後、二、三度三船プロへ行ったが、三船敏郎に会うことはなかった。今度はちゃんと挨拶しなければと思っていたのに。
