妻は脳出血で重い障害が残った。子供の頃の事は覚えているし、昔の歌謡曲はカラオケマシーンのごとく歌えるのだが、現状認識は著しく低下してしまった。すると、どういうことになるかと言うと、奇妙な会話が交わされることになる。
先日、昼食後のリンゴを剥いてやっていると、
「お前、よくこんな私で浮気しないでいられるな」
「はははは……」思わず笑ってしまった。久しぶりの名言のクリティカルヒットだ。
「そんなに世話が好きか」
自分が世話をされていることは分かっているようなのだが、なぜそういう状態になったかは分かっていない。麻痺した側の足が痛むのも骨折のせいだと思っている。
ただ困るのは、私に向かっては何を言ってもいいのだが、他人にとんでもないことを言ってしまうのだ。
その日、訪問医が来て、看護師さんに血圧を測ってもらっている時に、
「あなた、先生と出来ているでしょう」だって。
勘弁して欲しい。
その昔、歯医者に行った時は、先生にガリガリやられた後に、
「先生、今度は私がやってあげます」
「奥さん、それだけは勘弁してください」
と、笑った先生がまじまじと私の顔を覗き込み、
「面白い奥さんですねえ」
確かに陽気で元気な妻だったのです。
私はふと思った。
「この女房の協力があったら、わし、介護漫才の台本が書けるのではないか」と。