電話を切ると、師匠が振り返り、
「…と、言う訳で、給料は払えん。年は越せるか」
会話の内容は返済を待って欲しいと言うものであったから、お金に忙しい人なんだと思ってはいたが、その時は深刻に考えていなくて、
「いいですよ。有馬記念で儲けた金がありますから」と、イキがってしまった。
弟子入りする前に、2000円の全財産を有馬記念に投じていた。忘れもしない。
スピードシンボリの単勝1000円、スピードシンボリとアカネテンリュウの1点(まだ枠連しかない時代)に1000円。見事的中して、財布には1万数千円はあった。
弟子になって、働いたのも数日であるから、金をくれなんてケチな事は言えない。いい勉強になったと思えばいいのだからと、妙な男気を見せてしまったのである。
ところが、年が明け、アパートを借りて、一人暮らしを始めたのに、1月も2月も払ってくれない。その頃になって、ようやく事情が分かって来た。
いつかは知らないが、離婚して豪邸を処分したらしい。だから巨匠にしてはそぐわない2DKのマンションに住んでいるのかと。しかし、身の回りの世話をする若い女性と同居し、運転手が毎日クラウンで通って来る。
聞けば運転手は私と同年齢で豪邸時代から働いていて、この一年は無給だと言う。
ここにも無給がいたのかと私は仰天した。
「あいつが無給で頑張ってくれているから、お前も頑張ってくれ。金が入ったら払うから」
だが、お金が入っても、私と運転手まで回って来たことはなかった。運転手のNさんもとってもいい奴で、言いたいこともあるだろうに、ぼやけば悪口になることが分かっていたから、二人とも口には出さず、お互いに顔を見合わせては苦笑いするだけであった。
じゃあ、どうしてやめなかったのかと言われると、他にも理由があるが、現実問題としてやめても行き場がなかったのである。大学時代は工学部にいて、ある日突然全く畑違いの場所に来た私には映画関係のつてはなく、シナリオ学校を出てもどうすればライターになれるのか見当もつかなかったのである。だから弟子と言う言葉に飛びついたのだ。
私は腹をくくった。
(ま、いいか。これくらいの苦労をしてみるのも。なんとかなるだろう)
